2020年12月9日にクリニック経営オンラインセミナーが開催され、『ゼロフェニックスコンサルティングジャパン株式会社』代表取締役の川畑優氏が登壇し、「競争激化時代のクリニックにおける市場の捉え方・考え方」について講義が行われました。その内容をご紹介します。
この講義の狙いは、
- 開業前と開業後の全体の体系図を俯瞰(ふかん)すること
- 開業前にフォーカス(企業ドメイン・経営心理の確立、経営環境の把握)
- 経営環境の把握に必要な分析フローの一例
- 事業ドメイン確立に役立ていただきたいケーススタディ
にあります。特に開業前に経営者として医師・クリニック院長がどのような視点を持つべきかは、非常に重要なポイントです。ぜひ参考にしてください。
まず、川畑氏が引用するのは、マイケル・E・ポーターの「医療戦略の本質とは患者にとっての医療の価値を向上させること」という言葉です。この医療の価値とは「患者の疾患のアウトカム(結果)の質を向上させること」を指しています。
また、疾患のアウトカムを向上させるためには、
- 病態を中心とする業務の再編(業務プロセスの見直し)
- 「強み」の拡大(経験や学習力を高める)
- 連携(コミュニケーションの促進による各専門職の知識融合)
が重要なポイントであると指摘しています。
創意工夫により、競争優位となる組織の無形資産を築き、ぶれない医療戦略を日常業務に落とし込むことが重要であり、この理念に基づく組織文化が醸成されれば、医療価値を高め、患者の満足度(ロイヤルティ)は自ずと向上する――と考えられるのです。
この考えの下に、川畑氏は開業前にフォーカスして「まず経営戦略の全体像を考えることが重要だ」と指摘しました。
市場の捉え方・考え方
川畑氏が示す経営戦略の全体像は以下のようになります。「企業の使命」とあるところは「自院の使命」と置き換えてご覧ください。
全体像は、
- 企業(自院)の使命
- 企業ドメイン・経営心理の確立
- 経営環境の把握
この3つの柱から成り、「企業ドメイン」とは、企業が持続的な成長を可能とする特有の事業の領域のことを指します。
「企業ドメインの確立」には以下のポイントがあります。
- サービスの内容を決める
- 顧客・競合・自院の分析
- 取り巻く環境の整理(国・都)
- 事業収支計画
- 事業計画に落とし込む
川畑氏によれば、実際に医師に聞いてみると、「1.サービスの内容を決める」「2.顧客・競合・自院の分析」については具体的に回答できるが、「5.事業計画に落とし込む」「4.事業収支計画」「3.取り巻く環境の整理(国・都)」の順番で具体性が希薄になっている印象を受ける、とのこと。つまり経営の実際について具体的なイメージを持てていない医師が多いというわけです。
「経営心理の確立」では以下の2つのポイントがあります。
- 中長期のあるべき姿(構想)
- 理念の明文化
川畑氏によれば②の明文化ができていないことが意外にあるそうです。思っているだけではだめで文書にしてはっきりさせることが重要なのです。従業員が判断に迷ったり、経営者である理事長自身が進むべき道からそれたりすることのないようにします。「3」の「経営環境の把握」についてはかなり不足している印象がある、とのこと。自分なりの見立てをしっかり持つことが重要になるのです。
開業前 経営戦略体系図の紹介
続いて、クリニック開業前にフォーカスし、以下の「企業が必要に応じて活用する経営戦略の体系図」が示されました。
自院の強み・弱みについてはある程度明確に評価できているが、「外部環境」については危機や脅威についても一つ、あるいは二つしか挙がってこない、とのこと。そのため、川畑氏はこの部分により絞り込んだ議論が必要としました。
経営環境の把握フロー図の紹介
では、開業前にはどのような環境分析が必要でしょうか。以下をご覧ください。一般的な「経営環境の把握フロー図」になります。この図はあくまでも一般的なものなので、自院の状況に合わせて変えて使ってほしいとのことです。
重要なのは上掲図の中の「ニーズ・シーズ整理」です。「ニーズ(needs)」とは需要です。クリニックの場合には、見込まれる「患者さんの数」です。「シーズ(seeds)」とは独自の技術など、いわば「強み」を指します。「種(seed)」から来ているマーケティング用語で、当方の「シーズ」が消費者に強くアピールするものであれば、新たな市場を作り出すことができます。つまり、どれだけ特異性があるのか、そのような意味で「シーズ」という言葉は使われます。
経営環境の把握においては、「ニーズ」と「シーズ」についての的確な分析が欠かせません。本セミナーではそれぞれについて以下のような考え方が挙げられました。
ニーズ分析の考え方
まず「開業するエリアの人口推移」です。将来の人口推移予測は精度の高いものであると指摘。どのくらいの期間クリニックを営業するのかはぞれぞれ計画されているでしょうが、かなり先まで人口推移の予測がされているので、患者の母集団を知るためには参考になるはずです。特に都市部の場合は東京に隣接する神奈川、埼玉、千葉から流出する人口、夜間の人口も行政が試算していますので、これを参考にするとよい、とのこと。
シーズ分析の考え方
「主要診断群分類」(Major Diagnostic Category:略称MDC)の整理が必要になってくるだろう、と指摘。これによって自院を開業するエリアの医事・医療圏にどんな医療サービスがどの程度行われているのかを把握することができます。診療群分類包括評価(DPC)、全部で2,462分類ありますが、これを用いれば運営されている医療機関の指標になります。
例えば、病床を持つ基幹病院から退院して近隣のクリニックに通院して経過観察という流れがありますが、つまり地域の基幹病院から地域の専門領域ごとに診療所の需要があるわけです。母集団と開業する専門診療がマッチするかどうかを理解することが可能になります。
自院で対応できるか、患者数が多ければこれからの経験を生かして社会貢献できる可能性が大いにあるでしょう。しかし、先行するクリニック、つまり競合他社が多く存在する可能性もあります。同じことをしていると埋もれてしまう恐れがあるので、基本的なサービスに加えて独自性が求められることになります。
この後、川畑氏は以下のような分析の実例について説明を行いました。
「ニーズ分析・シーズ分析」の実際:岩手県のクライアント分析を行った例
ニーズ分析
- 診療圏人口推移および流出・流入人口推移(JAMP地域医療情報システムのデータを参照)
- 夜間人口の流入・流出の推移(行政にデータがなかったので国保のデータから独自作成)
などのデータを基に、医療費の推移(診療科別)と開業予定エリア診療所数を整理して、医療市場のポテンシャルを試算。その上で開業見込みを整理しました。
シーズ分析.1
- 現状と将来の各必要量から自院の診療科が持続可能かを判断できる
- 余剰・不足病床数から無床診療所の機能区分の方向性が把握できる
- 開設予定の診療科と不足している機能区分を参考にしながら、連携が図れる活動の必要性が整理できる
都道府県レベルの「2025年の医療需要と病床の必要量」をさまざまな視点で分析し、まとめたデータがあります。それが「地域医療構想」です。「病床機能別の必要病床推計」(図表12)では、「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」で分類されていますが、盛岡構想区域では「回復期」で2025年の将来「1,861」の病床が必要とされるのに、2020年には病床数は「900」にとどまっています。つまり、ここが狙い目なわけです。
また、盛岡構想区域の慢性期・在宅医療等の医療需要の比較(図表13)を見ると、在宅医療で2025年には医療需要が「5,591.4」にまで高まり、2013年の医療需要「4,187.9」との差は「1,403.5」もあります。ここもまた狙い目です。
このように、開業するエリアの医療サービスが過剰なのか、それとも不足しているのかを知ることができます。
シーズ分析.2
- 現状、開業予定エリアの診療サービスの提供料を整理
- 予定診療科がエリアに多いのか、少ないのか、競合の程度を把握
1.競合少のケース | ニーズがないのか? それともチャンスなのか? |
2.競合多のケース | ニーズ分析によるポテンシャルから参入余地があるのか? |
ここでは、上記の主要診断群分類(MDC)が活用されています。医院開設予定の岩手県盛岡二次医療圏にある医療機関の患者数をピックアップしてMDCを用いて指標付けし、さらに外来と入院についても紐付けした労作です。これをグラフ化すると右下のようになります。
青のラインがMDC分類を行った結果です。最多となったMDC6は消化器系の疾患です。肝臓、胆嚢、膵臓の疾患についての診療件数が多い結果となりました。また、内分泌・栄養・代謝に関する疾患に分類されるMDC10は、比較的数が少ない結果になっています。
この時、『ゼロフェニックスコンサルティングジャパン株式会社』の関ったクライアントは、MDC5に分類される循環器系疾患を専門とするクリニックだったのです。そのため、この結果を「強み」と捉え、地域医療連携に片手間ではなく本格的に取り組み、MDC5、MDC10を診療できる専門医を置いて集患を行いました。結果うまくいったとのこと。
シーズ分析.3
- 現状、診療所の医療商圏は約1-2km ※都市部
- 競合が少ない場合は、地域の死因別、疾患別のデータを深掘り調査する。競合が多い場合はアイデアが必要
アイデア例
- 非接触のサービス構築
- 新たな治療の提供
- 理念を共有した連携
川畑氏によれば、「通常、クリニックレベルなら医療商圏は約1~2km。200床病院の場合には約4~5kmになると分析結果に出ています」とのこと。自院を中心に2kmの円を描いて、その中にある同じ領域のクリニックをピックアップすることが重要になります。競合するクリニックがどの程度あって、将来必要量で不足しているのか、充足しているのかエリアを絞って分析する必要があるのです。
また、競合が少ない場合には何か理由があることが考えられます。そのため地域の死因別、疾患別のデータを深掘りするなどの追加の調査が必要です。競合が多かった場合には、それでもそのエリアで集患を行うためにプラスアルファの工夫が必要になります。
例えば「非接触のサービスの構築」です。川畑氏によれば、ネットを用いたオンラインサービスを構築することで、通常約1~2kmの医療商圏を16kmに拡大できる可能性があるとのこと。クリニックを開院するのであれば、最初からオンラインサービスを備えているようにしたいですね。
開業に不安になった時にまず行うべきこと
また川畑氏は、本講で開業前の医師の不安の解消法(?)についても触れました。
「開業前には『需要があるのか』『やっていけるのか』という不安があるかと思いますが、そのときには月または年単位での視点が必要になってきます。どれぐらいのめどが必要なのかという物差しがあった方がいい」
とのことで、川畑氏のおっしゃる「めど」とはずばり売上のことです。これの試算を行っておけば物差しができて、不安も軽減されるのです。具体的には以下のように行います。
- 2km圏内が医療商圏内。まずその人口を明らかにする
- 『厚生労働省』の国民医療費の概況データを活用して診療圏の医療費を整理する
- 診療圏内の地域医療の割合と自院の診療科目の割合を抽出する
- 上記から「医療費の市場」を試算することができる
『ゼロフェニックスコンサルティングジャパン株式会社』で東京都港区・内科の案件があったとのことで、この例を紹介しました。
港区で内科を開業することを考えると以下のようになります。
- 人口は「16万165人」
- 医療費の平均「33.3万円」なので診療圏では「5,333.3億円」
- 地域医療の割合は「20.7%」、そのうち内科の割合は「47.8%」
- 医療市場のポテンシャルは「約527.7億円」
次に競合クリニックの数をカウントします。港区の例の場合、周辺エリアの医院数を調べると、内科系診療所数は369。ということは、「約527.7億円 ÷ 369」で、医療費を等分しても「約1.43億円/年」、月ベースでは「約1,191万円/月」。
この「約1,191万円/月」が売上ポテンシャルであり、この開院案件の物差しになるわけです。つまり、潜在的にこれだけの売上ポテンシャルがあるのだから、それを実現するためにどのような施策が必要かを考えるのです。
まとめ
川畑氏の今回の講義は以下のようなまとめになります。
- 開業する都道府県の地域医療構想から全体の将来需要を把握する
- 自院の医療サービスと地域で提供されている医療サービスの内容を主要診断群分類(MDC)で比較し、需要を整理する
- 開業する立地の周辺クリニック数と医業収益のポテンシャルを試算し、収支バランスをシミュレーションする
これから開業をする医師の皆さんは、今回ご紹介した『ゼロフェニックスコンサルティングジャパン株式会社』の川畑代表取締役のセミナー内容をぜひ参考にしてください。
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2021年2月時点の情報を元に作成しています。