在宅医療の社会的ニーズはかつてないほど高まっています。
「患者さんや家族からのニーズがある」「紹介や依頼があった」「収益構造を変えていきたい」などを理由に在宅医療の提供を考える開業医の先生も多くいることでしょう。
ただ、「在宅を始めるなら24時間対応にすべきか?」「外来中心でも多忙な中で、訪問診療や往診までできるのか?」といった疑問や不安は多いのではないでしょうか。
ここでは、在宅医療の現状や課題、患者満足度の高い在宅医療に必要なものなど、医師が在宅医療をはじめる前に知っておきたいことをご紹介します。
近年の在宅医療を取り巻く現状について
2025年には75歳以上の人口が全体の18%となり、2065年には、高齢化率(総人口に占める高齢人口・65歳以上の割合)が38%の高水準になると推計されています。(参考:厚生労働省 中医協 総 - 1 - 1 3 . 8 . 2 5「在宅(その1)在宅医療について」)
こうした高齢化の進行に加え、国が進める地域医療構想における病床の機能分化や連携の推進により在宅医療の需要はますます増えていくことが予想されています。
厚生労働省「平成30年高齢期における社会保障に関する意識調査」によれば「最期を迎えたい場所」に「自宅」を希望する人は30%前後と決して少なくありません。また、介護を必要とする場合でも生活したい場所に「自宅」を希望する人は多くいます。
今後、切れ目のない在宅医療と介護が一体的に提供されるためには「他職種との連携強化」「24時間体制」が望ましいとされていますが、医療計画において、訪問診療を行う診療所・病院数の現状の数が目標値に達していない都道府県も存在しており、さまざまな課題が挙げられています。
在宅医療が直面している課題とは
今後、在宅医療の需要が増えるなか、手厚い在宅医療を提供できる体制が十分に整っていないのはなぜでしょうか。
クリニックの機能が家庭医機能にあるのであれば、その一翼を担う在宅医療を手厚くするためには、「365日24時間対応」はもちろん、「専門外の医療行為や疾患に対する対応」、「緊急時の医療連携」は必要不可欠です。
つまり、在宅医療をはじめようとすると「365日24時間対応」、「専門外の医療行為や疾患に対する対応」、「緊急時の医療連携」をどのようにするか、そして一般診療所であれば外来診療と訪問診療の両立を考えなければいけません。
厚生労働省の「平成26年(2014)医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」によると、訪問診療を実施する診療所の総数は20,597施設で、その約半数が在宅療養支援診療所(在支診)となっています。
国は診療報酬において高点数で手厚い配分をしている在支診を増やしていきたい考えがありますが、医師にとっては「24時間365日患者からの連絡に対応しなければならない」ことへのハードルが高いためか、届け出数はそれほど増えていません。(参考:札医通信 2019.3.20 No.619号「一般診療所が在宅医療を始めるためのハードル」政策委員(西区支部) 百 石 雅 哉)
これまで外来診療をメインで行っていた一般診療所などが、在宅医療を専門にしている在支診と同じレベルで訪問診療を行うのは難しく、一般診療所と在支診の役割分担と連携についてはこれからの大きな課題といってよいでしょう。
在宅医療の現場をめぐる課題とは
平成30年3月、株式会社日本能率協会総合研究所(厚生労働省 医政局 委託事業)「在宅医療連携モデル構築のための実態調査 報告書」によると在宅医療を推進する上での課題について、「在宅医療に携わる医療従事者(マンパワー)の確保」が最も多く、次いで「急変時等に対応するための後方支援体制の整備」が挙げられています。
CLIUSクリニック開業マガジン編集部は今回、在宅医療を実施する医師に独自のアンケートを実施。その中でもまさに「在宅医療に携わる医療従事者(マンパワー)の確保」を課題と感じている声をいただきました。
「愛知県においては、まだまだ在宅診療専門のクリニックが少なく、外来として機能しているクリニックが在宅医療を兼用していることが多いです。そのため、外科やマイナー科の診療を行える医師が少ない印象です」(愛知県、30代、皮膚科医)
また、在宅医療を継続する上での課題には「訪問診療する時間が確保できない」が最も多く「医師や医療・介護スタッフ不足」等も課題として挙げられています。
調査結果からは、多くの診療所や病院が医療従事者不足に陥っていることがうかがえ、医療従事者不足が「24 時間対応」や「診療時間外の対応」、「バックベッド機能としての緊急時の受入れ」などへの対応に困難を及ぼしているものと考えられます。
患者側が抱える在宅医療の不安や要望とは
長崎県島原市が行った「在宅医療・介護連携に関する市民アンケート調査 報告書」によれば、市民が在宅医療に対して不安に思っていることは「費用について」が最も多く、知りたいことなどの要望の中では「サービスや制度内容の情報提供について」の回答が多くありました。(参考:平成 30年 9 月 島 原 市「在宅医療・介護連携に関する市民アンケート調査業務 報 告 書」)
(1) 費用についての不安
この調査では「在宅医療・介護に対して、経済的な費用に対する不安が大きい」「年金が少ないのが心配」「今後の医療・介護で、経済的な負担が増えた場合の対応に不安を感じる」など在宅医療に係る費用について不安を抱えている人が多くいることが分かります。
株式会社QLifeが在宅医療を受けている患者の家族500名に実施した「在宅医療費に関する患者家族の意識調査」においても、在宅医療に関わる費用について76.4%が「負担に感じる」と回答しています。
ただ、71.6%が「今後も(費用が)増えると思う」と回答しながら、70.2%は「入院よりも在宅の方が良い」と回答しており、在宅ニーズの高まりが感じられます。
一方で、これまで在宅医療の費用について「高いと言われたことはない」と話す医師も。以下のように説明を徹底することで、納得してもらう工夫をしているようです。
「費用に関して説明した書面を用意し、とくに初回訪問時に書面を用いた説明および同意取得を行う。口頭だけではなく、書面として残しておくことが後々のトラブル予防として重要だと思います」(愛知県、30代、皮膚科医)
(2) サービスや制度内容の情報提供についての要望
先述した長崎県島原市のアンケートでは「在宅医療・介護についての情報を詳しく知らせてほしい」「訪問診療や看護などの、在宅ケアサービスについての情報が知りたい」といった、サービスや制度内容の情報提供についての要望が多くありました。(参考:平成 30年 9 月 島 原 市「在宅医療・介護連携に関する市民アンケート調査業務 報 告 書」)
全国在宅医療会議ワーキンググループにおける議論のなかでも「国民への在宅医療に関する普及・啓発」について、取り組みは十分でないといった考えを示しており、在宅医療に関する普及啓発が在宅医療の重要課題となっています。(参考:厚生労働省第 5 回 全 国 在 宅 医 療 会 議 平成31年2月 2 7 日 資料1-1、第 7 回全国在宅医療会議 W G 平成30年9月 2 6 日 資料2-1改変「国民への在宅医療に関する普及・啓発」に関する 全国在宅医療会議ワーキング・グループにおける議論)
また、CLIUSクリニック開業マガジン編集部が実施したアンケートでも、在宅医の方から“在宅医療に関する情報提供”が課題となっていることが分かる声をいただきました。
「在宅看取りを希望された患者さんのご家族の中には、病院信仰の方も多いため、そのコミュニケーションにどうしても時間がかります。また、患者さんの意識が既にない状態で救急車を呼ぶなど、こちらで把握するより先に周囲に働きかけていることがあり、その後の対応に追われることもありました。患者さんのご家族に在宅医療についてより理解してもらう課題があると思います」(千葉県、30代、呼吸器科)
満足度の高い在宅医療に必要なこと
その他、長崎県島原市アンケートでは在宅医療・介護に関する要望として、「事務的、義務的な訪問ではなく患者の話によく耳を傾けてほしい」「やさしい態度で接していただきたい」といった内容がくつかありました。
また、医師や看護師の対応も重要です。「相談しやすいか」「相談する機会を多く持っているか」など患者さんや家族が不安や要望を吐露しても聞き入れ、尊重し、それに対する説明や配慮の有無が満足度に大きく影響しています。
患者さんや家族にとって、医療の質は前提として「話をよく聞いてくれる」「これからの方針や見通しを提示してくれる」「物事を総合的にみてくれる」「どんな質問にも答えてもらえる」などが大切であり、そのために「偏見がなく寛容」で「柔軟性が高く」、「ヒトを支援する姿勢」と「バランス感覚」、「素直さ」を持ち合わせておくことが重要となっています。
在宅経験のある医師も、患者満足度を向上させるためには、外来診療以上に話をよく聞く必要があると話しています。
「在宅診療では患者側のプライベートな空間を訪問することになるため、通常の外来診療以上に相手の話をよく聞くことが患者満足度の上昇、ひいてはクレームの減少に繋がるものと考えます。」(愛知県、30代、皮膚科医)
在宅医療は「24時間対応の在支診」だけではない
在支診の届出医療機関数は近年、概ね横ばいです。
在支診の施設基準は、24時間連絡を受ける体制を確保していること、24時間の往診体制であること、24時間の訪問看護体制であること、緊急時の入院体制を確保していること、連携する医療機関等への情報提供をおこなうこと、年1回の看取り数等を報告すること、これらすべてを満たすこととされています。
さらに機能強化型在支診(単独型)では、常勤医師が3名以上必要で、過去1年間の緊急往診の実績が10件以上であること、過去1年間の看取り実績が4件以上あることなどを満たす必要があります。
1名体制で外来診療を行うかたわら訪問診療などをはじめる場合、在支診の施設基準に抵抗を感じる先生も少なくないでしょう。
ただ、在支診の基準を満たさなければ訪問診療ができないわけではありません。
在支診の届出を行わず、特定の患者に対してのみ在宅医療を行っている診療所は相当数あります。
診療報酬の面から見ても、例えば在支診以外の内科一般診療所の先生が慢性疾患の患者の自宅へ訪問診療を行ったとすると、在宅患者訪問診療料、特定疾患療養管理料、処方箋料等で合計約1,200点算定できる場合があります。
一方で外来診療において同じ慢性疾患の再診患者を診療したとすると、診療報酬は約500点となります。
在支診の届け出を行わずに訪問診療を行ったとしても、移動時間や効率を考えても診療報酬上のメリットを十分得ることが可能なのです。
これから在宅医療をスタートする場合、はじめから在支診を目指すのではなく、一般診療所で訪問診療を少しずつ始め、経験を積んでいくというのも選択肢のひとつでしょう。
課題を整理して無理のない診療方針を
在宅医療は医療政策の要です。
ただ、体制が整っていないにもかかわらず在支診を目指し無理をすると、オペレーションの不具合、対応の不備等が起き、患者さんや家族への対応も粗雑になる可能性があります。
その結果「事務的、義務的な訪問ではなく患者の話によく耳を傾けてほしい」「やさしい態度で接していただきたい」といった不満を抱かせてしまうことにも繋がるでしょう。
満足度の高い在宅医療を提供するためには24時間対応の在支診にこだわらず、現状の課題を整理し、ご自身ができる範囲での訪問診療を考えることも必要と言えます。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2022年1月時点の情報を元に作成しています。
執筆 CLIUS(クリアス )
クラウド型電子カルテCLIUS(クリアス)を2018年より提供。
機器連携、検体検査連携はクラウド型電子カルテでトップクラス。最小限のコスト(初期費用0円〜)で効率的なカルテ運用・診療の実現を目指している。
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