
湿布や花粉症の薬をはじめとする一部の医薬品が保険適用外になるというニュースを、ニュース番組などで見聞きしたことがある人は多いでしょう。しかし、初めてこのトピックがメディアで取り上げられたのは随分昔。「結局まだ保険適用外になっていないのだっけ?」と進捗を把握できていない人も多いかもしれません。そこで今回は、この件の進捗や、そもそもどういった経緯でルールが見直されることになっているのかを詳しく解説していきます。
湿布や花粉症の薬を保険適用外にしようとする動きがあるのはなぜ?
まずは、湿布や花粉症の薬を保険適用外としようとする動きの背景に何があるのかを確認していきます。
日本では、すべての国民が平等に医療サービスを受けることができる「国民皆保険制度」が採用されています。そのため、原則としてすべての国民が公的医療保険に加入しており、保険料の負担割合には年齢や収入で差があるものの、誰もが3割以下の自費で医療サービスを受けることができます。しかも、特定の条件に当てはまる人に関しては、1割もしくは0割負担で医療サービスを受けられます。
では、残りの医療費は誰が支払っているかというと、国や自治体です。「国民皆保険制度」は、わたしたちが納めている保険料や税金で成り立っているため、自由診療での治療を選択しない限り、国民は少ない自己負担で医療機関を受診することができていました。
ところが、昨今、この制度を維持することが困難になりつつあります。なぜかというと、医療費が増加しているためです。具体的にどのくらい増加しているかというと、2000年度に給付された医療費総額は約25兆円 でしたが、厚生労働省によると、2023(令和5)年の医療費は概算で47兆3,000億円とされています。なお、2021(令和3)年から2023(令和5)年にかけては3年連続で過去最高を更新したこともわかっています 。さらに、2025(令和7)年は約50兆円になるであろうと見込まれています 。
こうなってくると、どこかで帳尻を合わせなければ、日本の医療制度は崩壊することが予想されます。そのため、さまざまな対策が講じられていますが、そのひとつとして、一部の医薬品を保険適用外にする話が進められているというわけです。
医療費が膨れ上がっている理由は?
医療費が膨れ上がっている理由としてまず挙げられるのは少子高齢化です。2023(令和5)年における国民ひとりあたりの医療費は約38万円 ですが、ある程度成長してからは 加齢とともに抱えている疾患は増える傾向にあるため、少子高齢化が進むにつれて平均値は高くなると考えられます。なお、同年の75歳未満は25万2,000円、75歳以上は96万5,000円であることもわかっています 。
もうひとつの大きな理由は医療の進歩です。そもそも、医療が進歩していることが高齢化促進の理由でもありますが、昔は治せなかった病を治せるようになったということは、新たな治療法や医療機器が開発されているということで、そこには莫大な医療費が費やされてきているはずです。
どうすれば医療費を削減できる?
では、どうすれば医療費を削減できるかというと、まず、前述の2つに対するダイレクトなアプローチは簡単ではありません。年齢を重ねてもなるべく医療機関にかからなくて済むよう、予防医療に力を入れることは大切ですが、それでも100%病気を予防することはできませんし、医療のさらなる進歩は多くの人が望んでいることです。
そのため、それ以外のところでできるだけ医療費の無駄を削減するか、もしくは医療保険料や税金を増やしていくかしか手がないのです。
現状、この両方が進められており、後者に関して、2018年度の保険料は26.9兆円でしたが、2025年度には32.6~32.9兆円、2040年度には47.0~47.9兆円にまで達するという試算が出てい ます。
参照:厚生労働省「2040年を見据えた社会保険の将来見通し」より「医療・介護費の将来見通し」
また、前者に関しては、湿布や花粉症の薬を保険適用外にしようとする動きなどがみられています。これに関して、続けて詳しく解説していきます。
湿布や花粉症の薬はいつから保険適用外になる?
なぜ、湿布や花粉症の薬を適用外にすることが医療費削減につながると考えられているかというと、市販薬で代替可能な場合があるからです。つまり、病院で薬を処方してもらうと患者の自己負担額は3割かもしくはそれ以下ですが、保険適用外となると、市販品として購入した場合同様、全額自己負担となるので、国や自治体が支払う保険料の削減につながるというわけです。
ただし、湿布に関しても花粉症の薬に関しても、すべての医療用医薬品が保険適用外になる可能性があるというわけではありません。まず、湿布に関しては、健保連から「外皮の温熱・冷却を主な目的として処方する第一世代湿布薬は保険適用外にすべきなのでは?」という政策が提案されています。つまり、消炎鎮痛剤を含有しており、鎮痛効果を発揮する第二世代の湿布や、経皮吸収率が高い第三世代の湿布など は、保険適用外にしないという考えです。
花粉症の薬についても、多くの花粉症役が保険適用外となったとしても、医師の処方箋がなければ入手できない花粉症薬もあるとされています。
なお、湿布に関しても花粉症の薬に関しても、現状は保険適用外になっていません。また、いつから保険適用外となるのかも決まっていない状況です。なぜかというと、日本医師会においても、ルールを改定すべきかどうかについて意見がわかれており、さらなる話し合いが必要とされているためです 。
OTC医薬品、スイッチOTC(=スイッチOTC医薬品)、ダイレクトOTC(=ダイレクトOTC医薬品)とは?
続いては、前述の背景と関連性の深い「OTC医薬品」「スイッチOTC(スイッチOTC医薬品)」「ダイレクトOTC(ダイレクトOTC医薬品)」の言葉の意味を説明していきます。
OTC医薬品とは?
OTC医薬品とは、薬局やドラッグストアで、ユーザーや自己責任で購入して使用する医薬品を指します。“OTC”は、対面販売を意味する“Over the Counter”の頭文字を並べた言葉です。
一方、病院やクリニックで、医師が診断したうえで処方される医薬品は「医療用医薬品」といいます。
OTC医薬品は、胃痛や胸やけなど、一般の人が自ら判断できる症状への効果が見込まれる医薬品で、有効性や安全性を重視した審査後に販売されています。ただし、服用しても症状が改善しない場合は、服用を中止して、医師などに相談する必要があることが明記されています。
なお、OTC医薬品は大きく「要指導医薬品」と「一般用医薬品」に分類され、さらに「一般用医薬品」は「第1類医薬品」「第2類医薬品」「第3類医薬品」の3つの区分にわけられますが、このうち、薬局やドラッグストアにおいて薬剤師のみが扱うことができるのが「要指導医薬品」「第1類医薬品」で、登録販売者でも販売できるのが「第2類医薬品」と「第3類医薬品」です。
スイッチOTC(スイッチOTC医薬品)とは?
続いては「スイッチOTC」の意味を説明します。
スイッチOTCとは、安全性や有効性が確認された医療用医薬品で、「OTC医薬品」に転用された(=切り替え・スイッチされた)医薬品のことです。
つまり、一部の湿布や花粉症の薬が保険適用外になる可能性があるということは、一部の湿布や花粉症の薬がスイッチOTCとして薬局やドラッグストアで販売されるようになる可能性があるということです。
なお、2023年4月時点において、約100成分、2,700品目のスイッチOTCが調剤薬局やドラッグストアで販売されています 。このことによって、消費者は、これまで医療機関を受診しないと手に入らなかった医薬品を気軽に手に入れられるようになりました。
ただし、スイッチOTC化された医薬品は、医療用医薬品としての販売も続けられていることから、患者は、医療品としてもOTC医薬品を手に入れることができま す。
参照:全国健康保険協会 協会けんぽ「スイッチOTCをご存じですか?」
ダイレクトOTC(ダイレクトOTC医薬品)とは?
ダイレクトOTCとは、医療用医薬品に含有することが承認された新規有効成分入りの医薬品が、一度、医療用医薬品として使われることなく、直接(ダイレクトに)、OTC医薬品として販売することが承認されたものです。
一度も臨床で使用されないまま販売されることになるため、承認までの期間は4~8年と長期間になります。一方のスイッチOTCは、製造販売後調査期間は3年間とされています。
保険適用外になる可能性がある湿布、花粉症の薬は?
前述の通り、湿布、花粉症の薬ともに、すべてが保険適用外となるわけではなく、市販薬として薬局やドラッグストアで購入可能なものに限られています。具体的には、次に列挙する薬がこれに該当します。
【湿布】
ロキソニンテープ(成分:ロキソプロフェンナトリウム水和物)
市販薬例:ロキソニンSテープ【第1類医薬品】(第一三共)
※こちらは先発医薬品名称ですが、そのほかにジェネリック医薬品も多数あります。これ以降も同様です
ボルタレンテープ(成分:ジクロフェナクナトリウム)
市販薬例:ボルタレンEXテープ【第2類医薬品】(グラクソスミスクライン・CHJ)
セルタッチパップ(成分:フェルビナク)
市販薬例:フェイタス5.0(久光製薬)、バンスキットFBテープ5%α【第2類医薬品】(三友薬品)
【花粉症の薬】
アレグラ(成分:フェキソフェナジン塩酸塩)
市販薬例:アレグラFX【第2類医薬品】(久光製薬)、フェキソフェナジン錠「ST」【第2類医薬品】(協和薬品工業)
アレジオン(成分:エプナスチン塩酸塩)
市販薬例:アレジオン20【第2類医薬品】(エスエス製薬)
クラリチン(成分:ロラタジン)
市販薬例:クラリチンEX【要指導医薬品】(大正製薬)
エバステル(成分:エバスチン)
市販薬例:エバステルAL【第2類医薬品】(興和新薬)
ジルテック(成分:セチリジン塩酸塩)
市販薬例:コンタック鼻炎Z【第2類医薬品】(グラクソスミスクライン・CHJ)
湿布薬に関しては、2016(平成28)年に処方制限がかけられている
前述の通り、現状、湿布は保険適用外ではありませんが、処方できる枚数には制限が設けられています。これは、2016(平成28)年の診療報酬改定によって決められたことで、具体的には「1回の処方箋で出せる枚数は原則70枚」ということが決められました。70枚を超えて湿布薬を投薬した場合は、当該超過分に係る薬剤料を算定することができません。
ただし、医師が治療上必要と判断する場合、1回の処方で70枚以上処方することは可能ですが、その場合、処方箋の備考欄および診療報酬明細書に、当該湿布薬の処方が必要であると判断した趣旨を記載することが不可欠です。この記載がなければ、当該薬剤料を算定することができません。
湿布の枚数以外にはどんなことが改定されている?
医療費削減を目的に改定されたことは、湿布の枚数だけではありません。代表的な処方制限は次の通りです。
単なる栄養補助目的でのビタミン剤投与は保険の対象外
2012(平成24)年度の診療報酬改定によって、ビタミン剤すべてに関して、単なる栄養補助目的での投与は保険の対象外とされました。ただし、ビタミンの欠乏または代謝異常によって患者がなんらかの疾患や症状に悩まされている場合で、かつ、必要なビタミンを食事によって摂取することが困難であると判断される場合などは、保険の対象であることが認められます。
治療目的以外でのうがい薬の処方は保険の対象外
2014(平成26)年度の診療報酬改定 によって、治療目的のものを除き、うがい薬のみを投与した場合、当該うがい薬に係る処方料、調剤料、薬剤料、処方箋料、調剤技術基本料は算定できないことになりました。
治療目的以外でヘパリン類似物質を処方する場合、保険給付の対象外となる
2018(平成30)年度の診療報酬改定 によって、疾病の治療以外を目的にヘパリン類似物質を処方した場合、保険給付の対象外となることを明確化することが決まっています。
医療費削減のための改革が進むなか、自院にできること、すべきことは何であるのかを考えよう
医療費削減は国にとって大きな課題で、避けて通ることができないものです。そのため、一部の湿布や花粉症の薬をスイッチOTCとする案に関しても、現状はいつから実施されるのかなど決まっていない状況ですが、次回2026(令和8)年の診療報酬改定で確定する可能性が考えられますし、保険適用外となる薬が他にも追加されている可能性も考えられます。そうなったとき、自院の収入を減らさないために何をすべきか、医療費を抑えつつもしっかり病気を治したいと考えている患者のために何ができるのか、今のうちから少しずつでも考えてみておくといいかもしれませんね。
患者負担増に伴う患者の動きとして考えられることは?
一部の湿布や花粉症の薬がスイッチOTCになると、患者の動きに次のような変化が出る可能性が考えられます。
それぞれ詳しく解説します。
軽症患者・慢性疾患患者の受診控え
打撲による痛みや腰痛などに悩まされている患者が、「湿布は高いから我慢しよう」と受診またはドラッグストアや薬局での購入を控える可能性や、花粉症役を必要とする患者が、「薬代が同じなら再診料がかからないぶんドラッグストアがお得」と受診を控える可能性が考えられます。つまり、医療機関からすると、患者が減る可能性があるということです。
リテラシー格差が生まれる
必要とする薬がスイッチOTCになったことを知らなかった患者が、受診後、診療報酬明細書を見て「なんでこんなに高いの?」と驚いて、医療機関に説明を求める可能性が考えられます。そのため、医療機関側は適切に説明できるよう準備しておくことが必要です。
クリニック経営への影響
一部の湿布や花粉症の薬がスイッチOTCになると、クリニック経営に次のような影響が及ぶ可能性があります。
それぞれ詳しくみていきます。
薬価差益の変化
受診を控える患者が増えたり、一部の患者には保険適用外の薬しか出せなくなったりすることで、診療報酬が減る可能性が考えられます。
説明負担の増加
従来、3割負担で処方してもらえた湿布や花粉症の薬が10割負担になったことで、患者が説明を求めてくることが考えられます。それに対応するために院内掲示物を作成したり、ホームページにも説明文を掲載したりすることが望ましく、そのために時間を割かれることになります。
また、今後もスイッチOTCは増えることが考えられるため、最新の情報をキャッチし続けることも重要になってきます。
医療用医薬品が新しくスイッチOTCになった際には、ニュース番組などでも取り上げられると考えられますが、正しい情報を確認するためには、厚生労働省のホームページなどが役立つので、気になるニュースを見聞きしたときには、情報が正しいかどうかをしっかり確認することを心がけてくださいね。
特徴
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診療科目
この記事は、2025年3月時点の情報を元に作成しています。