
医療の現場では、適切な治療や処置をおこなうために、さまざまな要素をもとに、患者が感じている痛みを客観的に評価しています。では、なぜそもそも主観的であるはずの痛みを客観的に評価する必要があるのでしょうか。具体的にどのような方法で患者の痛みを評価しているのかなどと併せて解説していきます。
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痛みを評価するための要素とは?
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まずは、医療従事者が患者の痛みをどのようにして評価しているのかを解説していきます。痛みを評価するにあたっては、次の5つの要素について確認する必要があります。
それぞれ詳しくみていきましょう。
痛みの強さ
まず、患者の感じている痛みの強さがどのくらいであるのかを確認することが大切です。しかし、痛みの強さの感じ方は人によって異なるものですし、その痛みが本人にとってどれくらい辛いものであるのかも、なんらかの指標がないと理解しにくいといえます。
そのため、医療機関での診療においては、痛みの強さを測るために、“痛みを評価するスケール”を用いるのが一般的です。“痛みを評価するスケール”にはいくつかの種類がありますが、代表的なスケール・評価方法は次の5つです。
VAS(Visual Analogue Scale:視覚的アナログスケール)
「VAS」とは、長さ10cmの黒い線を患者に見てもらい、現在の痛みが線上においてどの位置にあるものであるのかを指示してもらう方法です。左端を「痛みなし(=痛みレベル0)」、右端を「想像できる最大の痛み(=痛みレベル100)」と設定することで、現在の痛みの程度を客観的に知ることができます。
NRS(Numerical Rating Scale:数値評価スケール)
「NRS」はVRSとほとんど同じ方式です。スケールの左端を「痛み無し(=痛みレベル0)、右端を「想像できる最大の痛み(痛みレベル10)」に設定して1メモリずつ区切り、現在の痛みが0から10のどの位置に当てはまるかを患者に指し示して教えてもらいます。
VRS(Verbal Rating Scale:言語評価スケール)
「VRS」はVASやNRSよりもっとシンプルに、「0:痛くない」「1:少し痛む」「2:かなり痛む」「3:耐えられないほど痛む」の4段階のうち、現在の痛みが当てはまる段階はどこであるのかを患者に答えてもらうという方法です。
FRS(Face Rating Scale)表情尺度スケール
「FRS」は、スケール上に描かれた6段階の表情のイラストを見て、自分の痛みを表すのにどの表情が最適であるのかを患者に答えてもらう方法です。
医療機器を用いる評価法
上記4パターンのように、患者本人に応えてもらう評価法のほかに、客観的な指標として痛みを測定する医療機器を用いる評価法もあります。たとえば、QST(定量的感覚機能検査)のように、痛みを伴わない弱い電流刺激や温度刺激に対する反応から、神経障害性疼痛の有無やその程度を数値として客観的に算出する方法があります。これは、患者さんの主観的な訴えだけでは判断が難しい痛みの病態把握に有効です。導入にはコストがかかりますが、より詳細な評価が必要なケースで検討されます。
痛みの性質
痛みの性質を評価するために、世界中でさまざまな質問票が開発されています。もっとも有名なものが、「短縮版マクギル疼痛質問票 」で、次の22の項目について、痛みレベル0(痛みなし)から痛みレベル10(考えられる最悪の状態)のどのレベルに該当するか患者に答えてもらうというものです。
1.ずきんずきんする痛み
2.ピーンと走る痛み
3.刃物で突き刺されるような痛み
4.鋭い痛み
5.ひきつるような痛み
6.かじられるような痛み
7.焼けるような痛み
8.うずくような痛み
9.重苦しい痛み
10.さわると痛い
11.割れるような痛み
12.痛みがあることで疲れてくたくたになるようである
13.痛みがあることで気分が悪くなるようである
14.痛みがあることで恐ろしい気分になる
15.拷問のように苦しい
16.電気が走るような痛み
17.冷たく凍てつくような痛み
18.貫くような痛み
19.軽く触れるだけで生じる痛み
20.むずがゆい
21.ピンや針で刺されたかのようにちくちくする
22.感覚の麻痺・しびれ
そのほか、日本で開発された質問票として、たとえば「神経障害性疼痛スクリーニング質問票」などがあります。この質問票では、次の7つの項目について、「まったくない」「少しある」「ある」「強くある」「非常に強くある」の5つのどれに該当するかを答えてもらい、合計点数で、神経障害性疼痛の可能性の強さを測ります。
1.針で刺されるような痛みがある
2.電気が走るような痛みがある
3.焼けるようなひりひりする痛みがある
4.しびれの強い痛みがある
5.衣類が擦れたり、冷風に当たったりするだけで痛みが走る
6.痛みの部位の感覚が低下していたり、過敏になっていたりする
7.痛みの部位の皮膚がむくんだり、赤や赤紫に変色したりする
日常生活(ADL)支障度
痛みによって日常生活にどの程度の支障が出ているかを測ることは、治療するうえで不可欠です。痛みがあることで、日常生活にどのくらい支障が出ているのかを測るためには、「Pain Disability Assessment Scale(PDAS)」が役立ちます。このスケールでは、次の20の項目について、「0:この活動をおこなうのにまったく困難(苦痛)」はない」「1:この活動をおこなうのに少し困難(苦痛)を感じる」「2:この活動をおこなうのにかなり困難(苦痛)を感じる」「3:この活動は苦痛が強くて私にはおこなえない」の4つのうちどれに該当するかを患者に答えてもらうものです。
1.掃除機をかけて、庭仕事など家のなかの雑用を済ませる
2.ゆっくり走る
3.腰を曲げて床のうえのものを拾う
4.買物に行く
5.階段を上る、降りる
6.友人を訪ねる
7.バスや電車に乗る
8.レストランや喫茶店に行く
9.重たいものを持って運ぶ
10.料理を作る、食器を洗う
11.腰を曲げたり伸ばしたりする
12.手を伸ばして棚のうえから(砂糖袋などの)重たいものを取る
13.身体を洗ったり拭いたりする
14.便座に座る、便座から立ち上がる
15.ベッド(布団)に入る、ベッド(布団)から起き上がる
16.車のドアを開けたり閉めたりする
17.じっと立っている
18.平らな地面のうえを歩く
19.趣味の活動をおこなう
20.洗髪する
生活の質(QOL)への影響
前項の「ADL(日常生活)」は食事や排せつ、入浴など、日常生活を送るうえで不可欠な基本的動作を意味しますが、これに対して「QOL(生活の質)」は、身体的、精神的、社会的な側面を含めて、個人がどれだけ満足度や幸福度の高い生活を送ることができているのかを評価する概念です。
痛みの治療によって患者にQOLを取り戻してもらうためには、現状のQOLを確認することが不可欠です。
心理面への影響
肉体に痛みがあると、心理面にもネガティブな影響を及ぼす可能性があります。痛みの程度が弱いとしても、痛みがある期間が長期にわたっていれば、不安や不快感が大きくなってくる可能性が否めません。心理面の状態を測るスケールとしては、「Hospital Anxiety and Depression Scale(不安と抑うつのスケール)」などがあります。このスケールでは、患者に、最近の気持ちについて14の項目に答えてもらうもので、痛みがあることによる心理面への影響を測ることができます。
参照:Hospital Anxiety and Depression Scale 日本語版の信頼性と妥当性の検討
痛みの評価は「いつ」「誰が」おこなうのか?
痛みの評価は、患者の状態や治療段階に応じて適切なタイミングでおこなうことが重要です。一般的には、以下のタイミングで評価を実施します。
初診時・入院時: ベースラインとなる痛みの状態を把握するため、初診時または入院時に痛みを評価することが大切です。
処置・治療の前後: 治療の効果を判定するために、処置や治療の前後で痛みの評価をおこない、どの程度の変化がみられたのかを確認します。
薬剤投与後:薬剤投与後の痛みの評価は、 鎮痛薬の効果発現や副作用の確認に役立ちます。
定期的評価: 慢性疼痛患者や長期入院患者の場合、痛みの経過を継続的に把握していくことが重要です。たとえば、1日1回、週に数回など痛みを評価します。
患者からの訴えがあったとき: 新たな痛みや、痛みの悪化を把握するために痛みの評価をおこないます。
評価は、主に医師や看護師が担当しますが、多職種連携の観点から、リハビリテーションスタッフなど、患者と接する機会の多い職種も評価に関わることがあります。
患者の痛みを客観的に評価することはなぜ必要 ?
続いては、患者の痛みを客観的に評価することが必要な理由を解説していきます。医療機関において、患者の痛みを客観的に評価することが必要な理由は次の通りです。
それぞれ詳しくみていきましょう。
適切な治療の選択と効果判定のため
痛みの程度や性質を客観的に把握することは、どのような治療を選択することが最善であるのかの判断の助けになります。また、選択した治療の前後における痛みの評価を比較することによって、治療の効果を数値的に判断することができます。
多職種間での情報共有のため
多職種間で患者の症状や状態に関する情報を共有するにあたって、「すごく痛い」「少しだけ痛みを感じる」などの主観的表現を使うと、認識にばらつきが出てしまいます。その点、スケールや数値を使うと共通の理解が可能となるため、チーム医療の質が向上します。
患者のQOLを向上させるため
先に解説した通り、痛みの治療によって患者にQOLを取り戻してもらうためには、現状の痛みの度合いや、現状のQOLを確認することが不可欠です。
医療の安全および倫理的配慮のため
患者による痛みの訴えを適切に評価しなければ、適切な治療を施すことができない可能性が高くなります。また、患者の尊厳を守り、苦痛を最小限にする医療倫理の観点からも、痛みの評価は大変重要であるといえます。
複雑な痛みを管理するため
がん性疼痛や慢性痛がある患者の痛みを客観的に評価することは、患者の苦痛を緩和し続けるためにも非常に大切です。先に解説した、痛みを評価するための5つの要素以外に、痛みが起きやすい時間帯や痛みの範囲なども確認して、患者の痛みを和らげるために適切に対処していく必要があります。
患者の痛みを客観的に評価することのメリット・デメリットは?
続いては、患者の痛みを客観的に評価することのメリット・デメリットを確認していきます。
患者の痛みを客観的に評価することのメリットは ?
まず、メリットとしては次のようなことが考えられます。
それぞれ詳しくみていきましょう。
多職種間で情報共有しやすくなる
先に解説した通り、客観的表現によって痛みの強さや性質を表すことによって、多職種間で共通の認識を持ちやすくなるため、治療がスムーズになります。
治療方針などについて患者に説明しやすくなる
「こういう性質の痛みのときには、こういう治療方法が適していると考えられる」など、治療の選択肢などについて患者に説明しやすくなります。
患者が積極的に治療に参加できる
痛みの程度や性質、QOLへの影響などについて細かく聞かれると、患者はより正確に自分の痛みについて伝えようとしてくれるものです。
患者の痛みを客観的に評価することのデメリットは?
客観的評価には限界がある
たとえば、Aさん、Bさんという2人の患者がいたとして、実際には2人の痛みの強さは同じであったとしても、Aさんは痛みの強さを1、Bさんは痛みの強さを7と答えることもあります。これは、個人の痛みの閾値や文化的な背景、心理状態によって痛みの感じ方や表現方法が大きく異なるためです。また、日常生活について「買い物に行くことが困難か?」と聞かれても、普段から困難に感じている人とそうでない人とではベースとなる感覚が違うため、客観的評価だけでは痛みが生活に与える実際の支障度を完全に把握できないケースも出てくるでしょう。評価スケールはあくまで補助的なツールであり、患者自身の言葉や表情など、非言語的な情報も合わせて総合的に判断することが重要です。
患者とのコミュニケーションがうまくいかない場合がある
患者の正確によっては、0から10までの11段階に設定されていたとしても、そのなかで1つを選ぶことが難しいなど、うまく答えられないことがあるかもしれません。そうした場合に、患者が無理なく回答できるよう促すことは、医療従事者側の大切な役目ですが、コミュニケーションが苦手なスタッフの場合、うまく誘導できないこともあると考えられます。
患者さんの性格や認知能力によっては、0から10までの11段階に設定されていたとしても、そのなかで1つを選ぶことが難しいなど、うまく答えられないことがあるかもしれません。特に、小児や高齢者、認知症のある患者の場合、言葉での表現が困難なため、FRSのような視覚的スケールや、行動観察による評価がより重要になります。そうした場合に、患者が無理なく回答できるよう共感的な姿勢で質問したり、表現方法を工夫したり、家族からの情報を参考にしたりすることは、医療従事者側の大切な役目です。コミュニケーションが苦手なスタッフの場合、うまく誘導できないこともあると考えられますが、継続的なトレーニングや、多職種との連携を通じて、個々の患者に合わせたアプローチを学ぶことが求められます。
患者の痛み評価スケールをカスタマイズしている医療機関もある
先に紹介したVAS、NRS、VRS、FRSなどは、質問項目が決まっているため、そのままプリントアウトして自院の患者の痛み評価に活用することもできますが、自院の患者層に合わせて、痛み評価スケールをカスタマイズするのもおすすめです。たとえば、患者が子どもであれば、視覚的に選べるスケールを用意するのもいいでしょう。また、先に解説した、がん性疼痛や慢性通などの複雑な痛みの管理のために、痛む時間帯や薬の効果なども記録できるフォーマットを作成したり、言語化が困難な患者の痛みの変化を「昨日と比べて痛むか?」などの質問によって把握することで記録したりといったことも考えられます。
もちろん、最初のうちは既存のスケールを活用するのでも十分です。客観的評価を続けているうちに、痛みを訴える患者の共通項や、客観的評価の課題などが見えてくることもあるので、徐々に評価方法の精度を上げていくことを考えてみてくださいね。痛みの評価は、患者中心の医療を提供するための基盤であり、医療の質の向上に直結します。日々の実践を通じて、患者一人ひとりの痛みに寄り添い、最適なケアを提供できるよう努めていきましょう。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2025年7月時点の情報を元に作成しています。