近年注目度が高まっている「在宅医療」。今回は、在宅医療に取り組む医療法人社団悠翔会・理事長の佐々木淳氏に取材。
本記事では、機能強化型在宅療養支援診療所を首都圏に全15クリニック展開し、約5,000人の患者さんと向き合ってきた佐々木 氏が、在宅医療のクリニック開業時に知っておきたいシステム構築の知識、目指すべき診療体制等をアドバイス。
約14年間で培った在宅医療のノウハウをご紹介いただきます。
在宅医療での開業時に意識したい5つのポイント
1:在宅医療ニーズの把握には、従来のデータや診療圏調査はあてにならない
まず在宅医療では、一般的な診療所に対応した診療圏調査の結果が参考にならないケースが多いです。悠翔会では15の診療所がありますが、現在新たに診療所を出すにあたって診療圏調査はしていません。
正確な情報を把握するには、地域の介護事業所や病院をまわった方がいいと思います。私は病院の退院支援室に行き、スタッフに「どんな患者さんたちの退院支援で苦労していますか?」と聞きました。
地域で不足している受け皿を認識して、小児がんの受け皿がなければそこを担い、高齢者で困っていなければ高齢者向けの在宅医療はやらない。こういったリアルなニーズまで、開業コンサルは調べてくれません。医師のみなさんには、自分が開業する、もしくは開業しているクリニックの地域にある介護・医療機関を自分の足でまわってほしいです。それが地域の一員になるというプロセスだとも思います。
医療は今「ITが大事だ」と言われていますが、直接の関係も欠かせません。直接的なコミュニケーションを増やすことで関係性ができ、他の医療機関から患者さんを紹介してもらえるようになると思います。
2:「自己実現」よりも「地域の公共性を担う覚悟」を持つ
「1:在宅医療ニーズの把握には、従来のデータや診療圏調査はあてにならない」で話したことともリンクしますが、在宅医療に必要なものは「地域の公共性を担う覚悟」です。
一部の開業医の先生たちが勘違いしているのは、開業医になって自己実現したい、自分の腕を試したいと思っていることです。我々は保険診療を行う、公共事業の担い手です。公共事業で、地域のニーズとズレた医療を提供し、自己実現をしようとしているなら、既存の社会保障費に余計な負担をさせるだけの存在になってしまうのではないかと思います。
「俺は内視鏡が上手だから内視鏡で開業したい」といっても、内視鏡が求められていない地域で新たにニーズを掘り起こすことは困難です。であれば、健康診断で内視鏡検査を実施する方がよいのではないでしょうか。保険医療は、我々の社会の安心と安全を支えるものだから、そこに自分たちのシーズ(新しい技術や発想を、潜在的ニーズを掘り起こすことで提供する)を勝手に押し付けるのではなく、社会のニーズをキャッチして、そこを埋めていくように進めれば保険診療で成功できると思います。自分のシーズで食べていきたいなら、自費診療でのクリニック運営が最善だと思います。
3:一人で全てをやらないこと。周辺の医療機関と助け合う
在宅医療は、一人でやらないほうがよいと考えます。一人でやらないといっても、いきなり常勤医師を雇用するのは経営的に大変です。在宅医療は診療圏が小さい方が経営効率が良いので、他医療機関との連携というかたちでチーム医療をやっていくのがいいと思います。
例えば(いわゆる“16kmルール”圏内の)16km先に患者さんがいたら、行って帰って半日かかりますが、1km先なら自転車で5分です。連携できる医師がいたら、自院から遠い患者さんの対応をその医師にお願いできますし、逆紹介も可能です。そういった仲間ができると、より高密度にケアができ、経営効率も高い体制ができますよね。
4:妥協しないシステム構築を
余計なコストをかけたくないがために、システム投資を節約する人がいます。在宅の書類作成を例にとると、ケアマネジャーさんに居宅療養管理指導書を出す必要がありますし、マッサージ同意書、訪問リハビリの指示書など、患者さん一人あたり平均月に2.5枚の書類作成が必須です。書類を作り、印刷・封入して送る作業に10分かかるとして、患者さんの数×10分かかりますよね。でも、それを別の部署や会社に依頼してしまえば、医師は時間とエネルギーを患者さんへの診察に注ぐことができます。
悠翔会では、コンタクトセンターとして別会社(株式会社okitell365)を設け、データ入力、書類の作成〜発送、診療報酬算定・チェックまでを委託しています。
このように、効率化するためのシステム投資にはこだわって頂けたらと思います。システム構築は簡単ではありませんが、医師がやるべき業務、やらなくていい業務を分け、ITシステムの導入や外注を検討するのも一案です。
在宅医療に限らずですが、今後はITによる書類作成・承認・情報共有の効率的なプロセスの構築、電子捺印可能な処方箋といった、デジタルトランスフォーメーションも必要になってきます。
5:保険診療での開業、日本での開業が全てではないことを認識する
これからはだんだん開業が難しくなってくると思います。高齢化率が高まり社会保障費が重くのしかかる中で、本当に保険診療メインで開業することが自分の人生の成功戦略なのか、じっくり考えてほしいです。
一方で、自由診療をする、診療科やジャンルで専門特化していく、場合によっては海外で開業するなど…。医療における課題はたくさんありますが、開業の可能性は広いことも認識していただきたいです。
医師法における医師の役割には「保険診療をしなさい」とは書いてありません。「国民の健康を守る」(参考:医師法 第1条)という役割を果たすことが明記されているのみです。そのため例えば予防医学というフィールドで、どこかの企業と連携しながら健康を守る仕組みを作っていくことも可能です。フリーランスの医師も増えてくるでしょう。
そういった新しいかたちの開業も、選択肢のひとつとして考えていいのではないでしょうか。
患者さんが安心し、医師が働きやすい「悠翔会での診療体制」の3つの実例
1:医師やクリニックと連携し、24時間365日体制の在宅医療を実現
24時間対応は在宅医療においては必須ですし、夜にきちんと対応できるかどうかは、患者さんや地域の信頼を得るために非常に重要なポイントです。
私が理事長を務める悠翔会では現在、総合診療や救急担当の医師たちがシフトを組んで、夜間の対応を専門的に行っています。日中働く医師の長時間労働を防ぎながら、いつでも患者対応ができている状態です。
現在、在宅医療を始めて14年ほどですが、実は最初の6年弱は誰かに対応を任せることが心配で、夜と週末は全て一人で行っていました。しかし、患者さんが900人になると毎晩呼ばれるようになり、私の睡眠時間がほぼなくなって過労死寸前までいってしまったんです。そこで、日中対応してくれていた他の医師たちで手分けするようにし、彼らの働きやすさを考えて整備した結果、今の体制が出来上がりました。今では、日勤の先生は18時以降に携帯の電源を切っても何も問題がないですし、チーム体制ができているので1週間の海外旅行に出かけることも可能です。一人でがんばると自爆する可能性が高いので、家族や自分の生活・健康を守って、ゆとりある勤務ができるようにしています。
このように、夜間は夜間専門の非常勤医師に完全に割り振ったことで、日中に診療する医師は「夜は我々の知らない先生が診るかもしれない」という緊張感から、カルテの記載がより丁寧になりました。さらに、当直の医師に迷惑をかけないようにと、日頃の医学管理の質も上がりました。
2:患者満足度調査を実施し、医師の実績に合わせて給与へ反映
夜間の医師の対応にばらつきがあってもいけません。90歳の患者さんが夜中に37.8度の熱を出した時に、往診に行く医師もいれば、解熱剤を飲むように伝え翌日まで様子をみる医師もいます。このように、人によって判断の基準が分かれると、患者さんは違和感を覚えます。そのため、患者満足度調査は定期的に行い、対応の差を埋める努力を行っています。
今は患者さんたちからは「当直の先生は呼べば必ず来てくれる」、さらに高齢者施設の運営者からは「往診を頼みやすくなった」という声をいただいており、私が一人でやっていた時よりも高い評価をいただけています。
満足度調査で評価の高い医師に対しては、こちらも給料を少しずつ上げていきます。そのため、現在在籍しているメンバーは全員、コミュニケーション能力も緊急対応能力も高い、鍛え込まれた人たちです。
私たちも安心して任せられますし、昼間の主治医も「昼間の診療に対応する」という意味ではなく、「夜間急変させないように努める」という意識で診療をしてくれています。
そのような中で、夜間に呼ばれたらよっぽどの事態ですから、当直の医師がしっかり往診に行きます。往診で気づいたことは、昼間の主治医にフィードバックして、診療方針について意見を交わすこともあります。
開業医の多くは一人で診療をしていますので、誰かに意見されることがほとんどありません。そのため、高い自己管理能力が無いと何となくなあなあになっていきますし、新しいことを勉強せずに古い薬をずっと処方する、古いガイドラインに従って治療し続けることもあるかもしれません。
しかし悠翔会では、病院で最新の医療をしている人たちが当直を担当しているので、日勤の医師たちにはより「最適な医療を提供していこう」というポジティブな意識と、適度な緊張感が生まれます。
3:連携しているクリニックでは同じカルテを使用。情報を一括管理
また、連携しているクリニックは全て、在宅医療用のクラウド型電子カルテ(homis)を使っています。昼間は日勤の医師しか見られないようクローズし、夜は当直医がアクセスできるようにしています。
クリニックを横断した患者検索もできるので、当直の医師はどのクリニックの患者さんか聞かずとも、電話がかかってきた患者さんの氏名を検索するだけで、すぐにカルテを開くことができます。
悠翔会以外にも地域で連携しているクリニックは多いので、いちいちクリニックごとのカルテを探す手間が省けています。また、カルテに備わっているチャット機能も利用することで、カルテ上でのコミュニケーションが完結できています。
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特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2021年1月時点の情報を元に作成しています。
取材協力 医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長 | 佐々木 淳
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。三井記念病院内科・消化器内科、東京大学医学部附属病院等の勤務を経て、2006年に医療法人社団悠翔会を設立し、理事長就任。在宅医療に特化した医療法人として、「機能強化型在宅療養支援診療所」を首都圏に15クリニック展開。約5,000人の在宅患者さんの診療・サポートを実施している。
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執筆 CLIUS(クリアス )
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