労働者のメンタルヘルスを守るべく、ストレスチェックや面談をおこなう他、職場環境の安全性や、仕事量が適切であるか否かのチェックまで幅広い業務を遂行する産業医。労働者数50人以上の企業はその選任が義務付けられていますが、産業医のあるべき姿について十分に理解している人は少ないのではないでしょうか。
たとえば、メンタル不調に陥った労働者の、休職または復職の判定をおこなうのも産業医の大切な仕事のひとつ。しかし、yes or noの判定のみでは、労働者のメンタルヘルスをしっかりとサポートしているとは言えないはず。しかも、問題の背景に何があったかについて、人事労務担当者も経営者も知ることができないのですから、企業側も「より働きやすい会社」を目指すことができません。
では、どうすれば産業医の理想を追求することができるのでしょうか? 大学卒業後、企業の営業として働いていた時代に、勤め先の産業医の仕事ぶりに失望させられたことから、一念発起して自ら産業医の道を歩み始めた尾林誉史先生にお話を伺いました。
産業医講習会を経て資格を得れば、初期研修修了後に産業医として働くことができる
――まずはこれまでのご経歴を教えてください。
「キャリアのスタートはリクルートです。新卒で入社して、新規事業部の営業と、従来の紙メディアをwebに移行していくにあたってのプロモーションを考える『インターネットマーケティング局』の仕事をしていました。
その後、30歳でリクルートを退職して31歳で医学部に編入。35歳で医師免許を取って37歳で初期研修を終えているので、46歳になる今年、医師11年目ということになります。
初期研修の2年間は東京都の『松沢病院』にお世話になりました。その後、東大精神科の医局に入局して、そのまま系列の病院に派遣される予定だったんですが、縁あって長崎市の『医療法人厚生会道ノ尾病院』に赴任しました。
初期研修を終えて医師3年目からは産業医として働くことができるので、同じタイミングで産業医としてのキャリアもスタートしましたが、労働人口が多い東京のほうが産業医のニーズがあったため、当時は毎週末東京に通っていました。
現在、院長を務めている『VISION PARTNER メンタルクリニック四谷』を開業したのは、長崎から東京に戻ってきた後の2020年5月です」
サラリーマン時代、勤め先の産業医の仕事に対する姿勢に幻滅。自らが理想の産業医を目指すことに
――30代で医学部編入は大きな決断だったと思いますが、一念発起した理由を教えてください。
「会社員時代、メンタルに不調をきたした同僚の産業医面談に付き添ったのがはじまりでした。
当時の僕は、『メンタルを崩したときは産業医に相談にすればいいのか』くらいの知識しかなく、良くも悪くも産業医という職種に対して偏見もなし。面談を受けたら、すごくありがたいお言葉をいただけたり、すごくいい病院を紹介してもらえたり、素晴らしい何かがあるに違いないと勝手に思い込んでいたんです。
ところが、その医師の口から出てきたのは『よく休んでね』と『通院先は自分で探してね』の言葉だけ。親身とは程遠い面談を目の当たりにして無性に腹が立ち、すぐさま抗議しに行きました。
『産業医の仕事ってこういうものなんですか?どこに誇りがあるんですか?』と投げかけたら、返ってきた言葉は『そんなにキレないでよ。僕だって本業でやってるんじゃないんだから』。続けて、『産業医なんて医師免許があって産業医講習受けたら誰でもなれるから、空いた時間に資格を活用してるだけ』と言われたときには、怒り心頭だったし心底がっかりでした。
その後、同僚と一緒に血眼でいい病院を探して、辿り着いたクリニックの先生に経緯を話したところ、『実は僕も産業医をやっているんだよ』って。『え! うちの会社の産業医と全然違いますね!』と驚いて話を聴いたところ、その先生も学士編入していたんです。それを聴いて、『俺もやるしかない!』と腹を括りました」
産業医になるためには、医学部で6年間学び、医師免許を取得して初期研修を終えることが必要
――30代からでも産業医を目指せるものなんですね!
「はい。医学部に通って医師免許を取得して、初期研修を終えたうえで産業医の資格を得れば産業医として働くことができます。
医学部は6年間ですが、僕は既に一度大学を卒業していたので、教養課程が終わっているということで3年からの編入になるため、4年間通いました。しかし、どの大学の医学部も2年生の後期から解剖実習がはじまることが多いので、3年から医学部に編入できる大学は少ないかもしれません。
2度目の学生生活はとにかくへとへとでした。編入だったため、いろんなカリキュラムをすっ飛ばしたり複数のことを同時進行で習得しなければなりませんでした。在学中は、何科志望でも基本的に全員同じことを学ぶのですが、5年生、6年生の病院実習では、精神科志望だったのでひとつでも多くの精神科病院の実習に参加できるようプログラムを組みました」
産業医は何科の医師でも勤められるが、メンタル不調への対応のニーズが高まっている
――産業医は、精神科医しかなれないのですか?
「いえ。産業医は何科の先生でも勤められます。ただ、工場の従業員がどうすれば安全に働けるかを考える『工場医』と呼ばれていた時代から産業のかたちが変わった今、メンタル不調に対応できる医師のニーズが高まっているとは思います。
しかし、自分が会社員時代に出逢った産業医も然りですが、辛い気持ちを抱えている人の心に真に寄り添える産業医は多くはないかもしれません。前向きな気持ちになれないときって必ず原因があるのに、『辛そうすね』『ゆっくり休みましょう』だけじゃ根本的な解決にならない。
仕事のこと、家族のこと、パートナーのこと、健康上の不安など、相手の話に耳を傾けるうちに、相手の心が軽くなる糸口が見つかることもあるかもしれないし、そもそも自分のことを知ろうともしてくれない人と信頼関係なんて築けないですよね。まして、『この人を信じてがんばってみよう』だなんてモチベーションになれるわけがないです」
働いている人の大変さはよくわかるから、めいっぱい応援したい
――産業医としての面談にあたっても、会社員時代の経験は活きているでしょうね。
「サラリーマンの立ち位置からの社会の見え方は、会社員時代がなければわからなかったかもしれないと思います。そのためか、産業医面談のはずがいつのまにかキャリア相談になっていることもあります。
だけどそうやって話していくことで相手のことがわかってくることもあるし、せっかく産業医と話せる機会なんだから、利用する方にも十分に活用してほしいなと思います。
自分が会社員だった当時を振り返ってみると、サラリーマンの仕事は結構苦行だったので、単純に、サラリーマンとして勤め続けているってすごいことだと思うので、応援したい気持ちが大きいんです。
働いている人の悩みや辛さ、しんどさがわかるからこそ、沿道から声援を送っているだけじゃなく、そばに行って『あなたのファンなんです!』ってしっかり手を握ってあげたい」
「産業医として雇ってください」と自ら売り込みに行った
――では、ご自身のクリニックの院長を務めながらも、産業医としての活動にも結構な時間を割いているのですか?
「僕は今15社の産業医を務めているのですが、どの企業も必ず月一回安全衛生委員会が開催されるので、それに参加したり、長時間労働の従業員に対するアラートがあがってきたら、その人たちの面談をおこなったりします。
近年では、ストレスチェックも始まりましたので、それにも対応しています。産業医としての仕事は、活動初期はすべて自ら営業でとってきました。自ら売り込み する人はほぼいないと思います。
一番多いルートが、産業医科大学を卒業して、大学やOBから受け継がれている先についていくこと。ただ、実際は産業医科大学を出ても産業医にならないこともあるし、産業医科大学を出ていなくても産業医になることができます」
人事担当者が社員の社会復帰を心底喜んでいる姿を見て、この仕事をやっててよかったと心から思えた
――売り込みとはかなりの熱量ですが、実際に産業医として働いてみてやりがいを感じていますか?
「もちろんです。大きな充足感を得られたエピソードをひとつお話すると、休職前から休職中まで何度も面談を重ね、通院先も紹介した方が、復職せずに転職したことがあったんですけど、そのとき人事担当者さんが『休職までのプロセスも大変だったけど、彼がまた社会に戻れてよかった』と感想を漏らしてくれたことがありました。
自社の社員が退職しちゃったんだから、場合によっては『産業医は何をやっているんだ!』となることもあるかもしれない。だけど、産業医である僕からしたら、その会社に属している従業員がご機嫌に働けなかったら意味がないし、究極的には彼・彼女の幸せを優先します。
だから、このとき僕も通院先の主治医も人事担当者と密に連絡を取り合っていたこともあってか、『会社の損失』ととらえられることなく、『回復してくれて本当によかった』と思ってもらえたことにすごく痺れたんです」
辛い思いをしている従業員を「みんなで支えていきましょう!」の音頭を取るのが産業医
――産業医を務める企業とのコミュニケーションにおいて、心がけていることを教えてください。
「人事や労務の担当者さんを巻き込むことです。必要最低限の面談をこなすだけだと使用価値がない産業医になるし、こちらもそれなりのやりがいしか感じられません。
だけど、面談相手と密に接して家庭や仕事における心配事を聞き出し、本人のコンセンサスを取りながら、伝えてOKな範囲で人事・労務担当者にシェアすることで、一人ひとりの苦労や努力まで理解してもらえる。
そうすると、人事・労務担当者さんを含む企業側も一致団結して従業員を支える態勢になってくるし、『本人が精神的に安定するまで気長に待ってあげたい』『復職先を変えてあげるといいかもしれない』と、それぞれができることを考えるようになるんです。
そうやって、『Aさんをみんなで支えましょう!』って音頭を取った結果、次にBさんを面談することになった際、企業側からも『Bさんのことも同じように支えていきたいね』との言葉をもらえたら本望。それこそが産業医の仕事の醍醐味だと思っています」
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2021年7月時点の情報を元に作成しています。
取材協力 VISION PARTNER メンタルクリニック四谷 院長 | 尾林 誉史 氏
東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、15の企業にて産業医およびカウンセリング業務を務める他、メディアでも精力的に発信をおこなっている。
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