看護師として日々働く中で患者から相談をされることよくあります。なかには、「それは医師に言ってよ~(涙)」と思うようなこともあるでしょう。私も何度か経験したことがあります。
「医師の回診直後に患者に呼ばれ相談される」「"看護師さんの方から聞いてみてくれない?"と言われる」などなど挙げるとキリがないのですが、医師を目の前にすると本当の思いを伝えることができない患者が実は多いのです。
そこで本記事では、
- 実際に患者は医師に本当の思いを伝えづらいのか
- 本当の思いを伝えるのが苦手な患者の特徴
- 環境的要因
- おこなって欲しい対応
などをご紹介していきたいと思います。
ではまず、なぜ患者は医師に本当の思いを伝えづらいのかについて経験談も含めてご紹介します。
礼儀作法のしっかりしている患者
実際に私が、80代男性患者Aを受け持ったときに経験したことです。Aは年相応の認知症がある程度で、日常生活に支障をきたすほどでは無い方でした。警察官として長年働いていたことから、礼儀作法などは人一倍丁寧しっかりとしていて、私のように孫と同じくらいの年齢のスタッフにもきちんと敬語で話してくださいますし、些細なことでも「どうもありがとうございます」といつもお礼を言ってくださる姿に勉強させられていました。
そんなAですので家族からもとっても大切にされていて、定期的にお孫さんからも手紙が届き、Aは一刻も早く退院したいという思いで年齢を感じさせないほどリハビリにも熱心に取り組んでいました。ですが、Aに対して看護師たちが頭を抱えていたことが1つだけあったのです。
植え付けられた価値観
Aは戦時中といった大変な時期に生まれました。両親の言うことは絶対。警察官になったことでさらに主従関係が厳しい環境で生きることとなり、そこで長年過ごしてきたこともあり、目上の人や先生という立場の人の言うことは絶対という価値観が植え付けられていたのです。その価値観から、丁寧な礼儀作法を守り、誰に対しても常に感謝の心を持っていたAなのですが、その価値観が私たちにとって関わりづらさを感じさせることが多々あったのです。
Aは医師に、「お変わりないですか?」と聞かれると、「はい! いつも皆さんにはご迷惑をおかけしています!」というように自分の体のことを話すどころか私たちへの気遣いの言葉をいつも医師に伝えていました。医師もそのようなAのハキハキした様子をそのまま受け止め「早く退院できるといいですね」と返答するだけでした。
では、なぜAに対して私たち看護師が関わりづらさを感じたのかというと、Aは「先生」という人物に対してそれまでの人生で培ってきた特有のイメージや価値観を抱いていたからなのです。具体的には以下のようなことが挙げられます。
- 先生の前では元気な姿でないといけない
- 先生の前では弱音を吐いてはいけない
- 先生の前では多少無理をしてでも凛とした態度でいなければならない
など、戦後の日本教育や警察官としてのあり方なども相まって上記のような価値観を持ったままAは医師と接していたのです。このことからAに対して、看護師たちは少しづつ関わりづらさを感じるようになっていったのです。
自信を失くしてしまう
Aの病室は個室で、それまでは何をするにも見守りや付き添いが必要でしたが、ようやく部屋内だけ歩行の許可がおりたときのことでした。ある晩、夜勤者がラウンドの際、Aが室内で転倒しているところを発見しました。トイレが終わりズボンを上げようとしたところ転倒したため、ズボンを上げ切れていない状態で発見されたことで非常にショックを受けていたといいます。
Aはなんとか自力で立ち上がろうとしたようで、何か所か擦り傷もできていました。Aのことはもちろん、インシデントとして記録。主治医に連絡をおこない、そのまま朝を迎えました。夜が明け、日勤帯では私がAの受け持ちになっていたので、Aのインシデントの申送りを受けた後、御挨拶するべくAのところへ向かいました。
いつもは「今日担当の〇〇です。よろしくお願いします」と言うと、「こちらこそよろしくお願いします!」と元気よく返答して下さるのに、その日は見るからに落ち込んでいる様子で、少し元気づけようと私はこのように話しかけてみました。
私「夜は大丈夫でしたか? Aさん頑張り屋さんだから、あまり無理しないでゆっくりで大丈夫ですよ」
A「もうみなさんに知られていたんですね。夜中に看護師さんたちにご迷惑をかけて本当に情けないです。自分の年齢を自覚しました」
自信さえも失くしている様子のA。ちょうどそのとき、回診が回ってきました。医師にも昨晩の出来事を報告済みであるため、開口一番、転倒の件について医師はAに話しかけていました。すると、Aは医師にも知られていることに更にショックを受け、「大丈夫です。大変ご迷惑をおかけしました」と言うばかりでどこが痛むなどは一言も言いませんでした。この出来事をきっかけに、Aはさらに本当の思いを伝えづらくなっていったのです。
何か問題を起こすことが罪という考え
転倒したことで、トイレの際などはコールを押していただくことになりました。Aはようやく自力でなんでもできるようになったと思った矢先に振り出しに戻ったことで、ひどく落ち込んでいました。それまでは病室で自主的にリハビリを行ったり、ベッド上でもできる範囲で運動したりと意欲的でしたが、転倒をきっかけにトイレやリハビリ以外は静かにベッド上で過ごすようになっていました。
私たちも元気のないAを見るのが辛かったので、看護師だけでなくリハビリスタッフなどみんなで声かけをしていましたが、Aは「また転んだら皆さんに迷惑をかけるから退院までは安静にしています」とよく話していました。その頃のAの発言や行動は、「また何か問題を起こすことは罪」と考えているようで見守ることしかできませんでした。
医師だけでなく看護師にも本当の思いを伝えてくれない?
Aの慎重な姿勢を配慮してまた独歩の許可がおりた頃の話です。Aは二度と転んではいけないという思いが強く、何をするにもとても慎重でした。ある日、珍しくAからコールが鳴り訪室したところ、「足がなんだか熱を持っているんですが」との訴えがありました。確認してみると、傷から滲出液が出ており少し炎症を起こしている状態でした。結構な熱を持っていることから歩行時に痛みが生じると思い、「歩くと痛みませんか?」と聞くと「ズキっとすることがたまにあります」とのことでした。傷の状態からして何日か経過している様子でもあることから、Aはこれ以上私たちに迷惑をかけられないという思いから我慢していたのではないかと思い、そのときばかりはこう声をかけました。
私「傷を治すのが私たちの仕事でもあるので、それを迷惑なんて思うスタッフはいませんし、些細なことでも本当のことを言っていただかないと治るものも治りませんし、退院も先 延ばしになってお互いに悲しいので気を遣わずなんでも言っていただきたいです」
A「迷惑をかけまいとやっていたことが逆効果でしたね。すみませんでした」
これをきっかけに、やっと本当の思いを伝えてくださるようになったのです。滲出液から感染症につながることもなく。Aは予定通り退院することができました。
Aの件に関しては、
- 自立しているからといって傷の具合を過信ししっかりと経過観察できていなかった
- Aの性格を知っていながらも本当の思いに気づくことができなかった
など私たち看護師も反省すべき点があり、再度勉強していく必要があることに気づかされる出来事でもありました。
本当の思いを伝えるのが苦手な患者の特徴
次は、本当の思いを伝えるのが苦手な患者の特徴についてご紹介したいと思います。
責任感が強いまず挙げられるのが責任感の強さです。責任感の強い理由としては、以下のことが考えられます。
- 人に頼ることが難しい
- 他者に弱みを見せることが難しい
- 弱みを見せることはいけないこと
- 完璧主義
- 我慢することが美徳としている
実際、Aもこれらが当てはまっていました。このように責任感の強さと「先生」という敬うべき人物が対象であるということが相まって、思いを伝えづらくさせています。
退院したい思いが強い
患者の中には、やむ負えない事情などがありできるだけ早く退院したいと思っている方もいます。そのような方は、多少の痛みや不快感があっても、退院したい思いの方が強いため、我慢したり医師や看護師に本当の思いを伝えず「大丈夫です!」と気丈に振る舞ったりしがちです。無理して退院したことで、短期間のうちに再度入院している方を何度も見てきました。このタイプの方は見分けるのが非常に難しいので特に注意が必要です。
他の患者と比べる
大部屋の場合などは特に、他の患者が自分より早く歩けるようになったり退院したりすると気持ちが焦ることから、本当は不調を感じているのに我慢して言わずにいたり、回診のときでも、他の患者の目を気にして元気なふりをしたりする方が多いです。
本当の思いを伝えづらくしている環境的要因
これまでは患者自身に焦点を当ててきましたが、ここではそうさせてしまっている環境的要因をご紹介します。
現場の忙しさ
現場の忙しさを患者が感じ取って、なかなか本当の思いを言えないでいることが多いのが現状です。忙しさが患者に伝わってしまっているのは、私たち医療従事者が反省すべき点でもあるため、それが原因で患者が本当の思いを言えないでいることを再度自覚する必要があります。
医療従事者が固定概念や偏見を無意識に押し付けている
長年医師や看護師をしていると、いつの間にか固定概念や偏見が自分の中に植え付けられてしまい、それらを無意識に患者へ押し付けてしまっていることがあります。その結果、「先生や看護師さんがそう言うなら……」と萎縮してしまう患者もいます。このことが原因で本当の思いを伝えづらくなることが、実は多いことを知っておいていただきたいです。
おこなって欲しい対応
最後に、本当の思いを口にするのが苦手な患者に対しておこなっていただきたい対応を紹介して終わりたいと思います。
見守っている姿勢を見せ、積極的に言葉かけをする
多忙でなかなか病棟にこられない医師に関してはこの対応は難しいと思いますが、回診の前や訪室する前に少しでも患者の最近の情報や日頃の様子などを聞いて、「〇〇さん最近~されているみたいで安心しました」など、常にみんなで見守っていますよという姿勢や言葉かけをおこなうことで、患者も安心して心を開きやすい状態になるので、本当の思いも伝えやすい環境作りに繋がります。
大丈夫ですか? はなるべく使わない
私たちでも「大丈夫ですか?」と聞かれると反射的に「大丈夫です」と返答してしまいませんか? 私も無意識で「大丈夫ですか?」と患者に言ってしまっていることにいつも気づかされるのですが、「大丈夫ですか?」と言われるより、「何か困ったことはありませんか?」と言われた方が答えやすいと患者に言われたことがあります。医師や看護師に対しては日頃からケアをしてもらっているので、「大丈夫?」と聞かれると「大丈夫」と言わないと失礼と思っている患者も中にはいるので言葉かけ1つでも意識しておこなっていただきたいと思います。
まとめ
ご紹介した経験談の他にも、患者が医師に対して本当の思いを伝えづらいと思っていた方に何度かお会いしましたが、やはり一番重要なのは、日頃から密にコミュニケーションとることだなというふうに感じています。患者の内面を知れば知るほど、言葉1つでも患者の思いに気づけるようになったこともあるためです。多忙な現場ですが上手く患者と向き合う時間を作っていただくことも患者の本当の思いを知るきっかけにもなるので、ぜひ意識して取り組んでいただけたらと思います。
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この記事は、2021年8月時点の情報を元に作成しています。