価値観が変わる緩和ケアについて

みなさんは緩和ケアについてどのようなイメージをおもちでしょうか? 以前の私の緩和ケアについてのイメージはこうでした。

  • 寝たきりの方が多い
  • 状態も比較的落ち着いている方が多い
  • 業務内容もそこまで変動ない

全体的なイメージとして穏やかな病棟というイメージがありました。それまで私は緩和ケアの経験はなく、忙しい残業は当たり前の急性期病棟などで働いていました。その後、あることをきっかけに緩和ケアに興味を持ち、実際に働くことになり、そこで大きく変わった価値観についてご紹介していきたいと思います。

目次
  1. 祖父の病気が発覚
    1. 母が憔悴
    2. 行き場のない思い
    3. 看護師からの言葉
    4. 心配するのではなく背中を押す
  2. 緩和ケアでの経験
    1. 患者や家族に寄り添い信頼関係を構築すること
    2. 自身の死に対するイメージを確立させておく
  3. まとめ

祖父の病気が発覚

私が緩和ケアに興味を持ったきっかけは母方の祖父の死でした。これまで大きな病気にかかったことのない祖父が、ある日突然入院を余儀なくされ、祖父自身も祖母も驚きましたが、祖父は手術を受け、その後緩和ケア病棟へ入院することになりました。祖父はこれまで命に関わるような病気にかかったことは一度もなかったので、親族一同、祖父はすぐ戻ってくるものと思っていました。ですが、祖父の容態は思わしいものでは無かったのです。

母が憔悴

祖父の手術は成功したものの、「以前のような生活を送ることは難しいと思われます」と医師から話がありました。祖父の子どもである私の母は、元気な祖父の姿しか見てこなかったため、その話をされた後、なかなか受け入れることができず、家でも憔悴しきっていました。緩和ケア病棟に転棟することが決まったときも、母は素人ながらに「病院で最期を迎える」と感じたのか、さらに現実を受け入れることができず日々泣いていました。

行き場のない思い

手術の成功を喜ぶ祖父に、医師から伝えられた話をすることは誰もできないまま、その後、祖父の状態は日に日に悪くなっていきました。祖父はとても優しく、人に対して気遣いや思いやりの心がある人でしたが、祖母が面会に行くと「いつになったら退院できるんだ!」と声を荒げていたと言います。優しい祖父が祖母に対してそんな風に言うということは、「自分はこのまま退院できないのではないだろうか? 本当は凄く重い病気にかかっているのではないだろうか?」と見えない不安に苦しみ、どこかで自分の現状に気づいていたのではないかと今となっては思います。

おしどり夫婦だった祖父たちがこのような状態になり、母は更に混乱。自身の仕事も時々休むほど憔悴しきっていました。母はどうにかして祖父を退院させて家に帰らせることができないだろうかと考えるようになりましたが、素人が自宅で診られるレベルではなく、訪問看護を依頼するにも膨大なお金がかかります。医師からは、医療体制がしっかりした施設などに行くことが金銭的にも祖父自身の負担も軽減されるのではと伝えられました。

  • 祖母を家に一人で残すのはかわいそう
  • 施設入所は断固反対
  • どうにかして家に帰って来て欲しい

このように考えていた母はもうどうしたらいいのかわからずずっと悩んでいました。

そんな母を見かねて祖母は、こんなことを言いました。

  • 自分も高齢であるため自宅で祖父の介護は難しい
  • 時期に自分も弱っていくのだから祖父と一緒に施設に入る

祖母の純粋な思いは母には届かず、祖母が母に気を遣って言ってくれていると思い込んでしまい、申し訳なさで母はさらにふさぎこんでしまいました。そうこうしている間にも祖父の容態は悪くなる一方で、母は毎日行き場のない思いに苦しんでいました。

看護師からの言葉

看護師からの言葉祖父は長期間の入院生活により認知症を発症していました。認知症の周辺症状として怒りっぽくなることがありますが、幸い祖父は比較的穏やかでした。ですが、祖母のことは覚えているものの、母と私の顔を見てもどこかピンときていない様子で、だんだん名前を言ってもらえなくなりました。
私は看護師という職業柄、認知症の方と接する機会も多かったため、症状に対しての免疫はありましたが、母は認知症の人と関わること自体が初めてで、しかもその相手が実の父ということでとても大きなショックを受けていました。祖父が認知症になったのも長い入院生活のせいだと母は思うようになり、余計祖父を早く家に戻さなければいけないとばかり考えるようになりました。その頃の母は私たち家族ともろくに会

話せず、父が母に祖父のことについて何か意見すると激しく怒り、一人で殻に閉じこもっている状態でした。

ある日、祖父が高熱を出し、数日経っても下がらないことから病院でICをおこなうことになりました。病院からの呼び出しということもあって、祖母は覚悟をしている様子でしたが、母は今にも崩れ落ちそうな状態で私も同席してICがおこなわれました。熱に関しては徐々に下がりつつあるので問題ないということでしたが、いつ何が起こってもおかしくないと医師より伝えられました。医師はそのことだけを伝えるとすぐに去って行きましたが、母は受け入れきれない様子で看護師に祖父の状態について質問攻めをしました。そのときの母は今まで見たことがないくらい取り乱しており、正常な判断も会話もできない状態。祖母と私は看護師に申し訳ない思いでいました。

すると看護師は穏やかな口調で話し始めたのです。「〇〇さん(祖父)はいつもご家族の話を楽しそうにしてくださっていますよ。"奥さんがいないと俺は生きていけない、娘は俺に似て頑固者できっと厳しく孫たちを育てたはずだから、その分、俺が孫たちをかわいがってやらないといけない。いつも面会をとても楽しみにしているのに、みんな暗い顔をしてくるからつい怒鳴ってしまった。まだ怒る元気がある姿を見せていたが、もう家に帰れないことは俺が一番わかっている"と認知症になる前は話されていました。家に連れ戻すことだけが〇〇さんの幸せとは限りませんし、家に連れ戻すことが正解とも限りません。ですが、これだけはお伝えしたいのですが、家に連れ戻すことができないからといってご本人を見捨てたことにはなりません。娘さんのように一人で抱え込んでしまって、無理に自宅に連れ戻して慣れない介護などで共倒れしてしまう方も多くいらっしゃいます。しっかりとした医療や設備がある病院だからこそ、少しでも長く元気に過ごしていただくことと、ご家族のみなさんとの時間を増やすことができるかもしれません。最後まで私たち医療スタッフがしっかりとケアさせていただきたいと思っていますのでご了承していただけないでしょうか」

このように看護師から話をされ、今は話すこともままならない祖父の本当の思いを知ることができたことで、母は抱えている何かが軽くなったのか祖母の胸でひとしきり涙を流していました。

心配するのではなく背中を押す

それまでの母は殻に閉じこもり一人で全てを背負っている状態でした。そんな母に私たち家族は「ちゃんと寝てるの? 大丈夫? ちょっと休みなよ」など心配しかできませんでした。ですが、それは違ったのです。祖父のことを話してくれた看護師のように、母の本当の気持ちに寄り添って勇気づけたり、背中を押したりことが母には必要だったのです。

それから、母は今までとは打って変わって元気に面会に行くようになりました。その頃の祖父は、目を開けたり頷いたりする程度のコミュニケーションしかとれない状態でしたが、母はいつまでも祖父に話しかけケアをして、「今日もおじいちゃん元気だったよ」と私たちに話してくれるようになりました。

入院から2ヶ月を過ぎた頃、祖父は帰らぬ人となりました。急変なく穏やかな最期だったとのことでした。母は祖父を見送ったあと看護師たちにずっと頭を下げてお礼を言っていました。その後、祖母も認知症を発症して施設に入所することになりました。母の名前も思い出せない状態でしたが、母は仕事が休みの日は朝から祖母の面会に行くようになりました。

緩和ケアでの経験

その後、私は異動届を提出して緩和ケア病棟に配属されることになりました。

患者や家族に寄り添い信頼関係を構築すること

これは、看護師として働く上で常に意識して取り組む必要があることです。そのなかでも、特に緩和ケアでは意識する必要があると感じました。それはなぜかというと、人は「死」を目の前にするととても恐怖を感じるからです。私自身、看護師として働いてきましたが死に対しての免疫がそれほどなく、祖父の死をきっかけに少しずつ考えや姿勢が変わっていったような気がします。実際にケアをする私たちでさえそこまでの恐怖を感じるのですから、患者本人や家族はそれ以上の思いをする可能性は充分にあります。そうなったときにいかに冷静に判断して対応できるか、患者にも家族にも安心してもらえるような説明ができるかが、私たち医療スタッフに求められていることだという風に感じます。

そのような対応ができるスタッフになるためには、日頃から患者と家族に親身に寄り添って信頼関係を築くことが非常に重要です。大切な人を知らない人に任せることは、誰しもはじめは不安ではないでしょうか。その中で1人でも信頼できる人がいれば、気持ちも楽になり、余裕をもって家族も患者本人に寄り添うことができるようになります。

自身の死に対するイメージを確立させておく

死に対しての経験や免疫がないとこれに取り組むことは難しいですが、看護師として日々働く中で少しずつでも見つけていただきたいことでもあります。

それまで私の死に対するイメージは、

  • 暗い
  • 悲しい
  • 苦しい

などネガティブなものばかりでした。ですが、祖父の死や緩和ケアでの経験を経てそのようなイメージの他に、

  • 死は悲しいものばかりではない
  • 人生において糧になる

などポジティブなイメージを持てるようになったのです。これは看護師ならではの視点ですが、患者の状態の悪いところばかり目についてしまうことがよくあります。

ですが緩和ケアでは、たとえ患者が寝たきりでコミュニケーションを取ることも困難であっても、意識的に良い変化を探してみていただきたいのです。緩和ケアで入院している患者の家族の多くは、患者本人の状態が良くないとどこかでわかっていながらも。良いことも聞きたいと思っています。実際に私の受け持ち患者のICを行った際にこんな会話がありました。

私「〇〇さん今日は声かけにも頷いていただけましたし、薬もすんなりと飲んでくださいました」

家族「そうなんですね。元気そうで安心しました。そんな明るい話題久しぶり聞けて嬉しいです」

病院によってさまざまな方針があると思いますが、「寄り添う」という点に関して意識的に取り組むことで、看護師としてのスキルアップにも繋がるように感じました。

まとめ

私はこれまで緩和ケアをおこなってきて以下のように感じています。

  • 誰しもが死について悲観的ではない
  • なだめるだけでなく勇気づけることがときには重要
  • 患者本人と家族の思いが食い違っていることが多々ある

緩和ケアの患者の入院期間は平均で1~2ヶ月のところが多いと思いますが、それだけ患者ともその家族とも接する期間が長いということにもなりますので、ケアだけでなくそれぞれの思いに寄り添ったり自分の価値観とのズレを考えたり、非常に学びの多い病棟でもあります。時にはシビアな場面に遭遇することもある緩和ケアですが、人としての価値観が大きく変わるきっかけが日々ありますので、とても良い経験だったと感じています。

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菊池

執筆 現役看護師 ライター | 菊池

医療に携わる仕事がしたいと思うようになり小学生にして医者を志すも、学んでいく中で最も患者さんに寄り添うことができる看護師を志すように。現在は宮城県にて看護師として働いている。


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