今さら聞けない?持分なしの医療法人への移行方法とメリットを解説

国は2023年9月末までの免税特例を用意して、持分あり医療法人から、持分なし医療法人への移行を呼びかけています。経済的なメリットがあるから呼びかけていると言えるでしょう。

しかし「財産権を放棄したくない、持分ありがいいんだ!」「親族経営であるうちの法人には関係がない」「承継時に先代から検討不要と言われた」など考えている方や、そもそも「持ち分なしとありの医療法人」の違い、制度の概要がよく分かっていないという方もいるのではないでしょうか。

ただ、出資持分の返還を求められる可能性や、相続時に多額のキャッシュを備える必要を考えると「持分なし医療法人への移行を考えるなら今のうち」と言えるかもしれません。

今さら聞きづらい「持分なし」「持分あり」の違い、メリット、デメリットを解説します。医療法人の経営を安定化させる手段のひとつとして参考にしてください。

※本記事に記載の情報は取材を行った2022年2月24日現在です。

回答者:伊藤 哲雄氏(株式会社医療総研 代表取締役社長・医業経営コンサルタント)

1953年生まれ。商社勤務を経て、1996年医療総研株式会社に入社し2009年、代表取締役社長に就任。中小企業診断士・認定登録医業経営コンサルタントとして、数百件の医療機関の経営改善コンサルティングを行う。講演会、研修に加えて川崎医療福祉大学大学院でも客員教授として教鞭をとってきた。

著書に『最新 医療費の仕組みと基本がよーくわかる本 図解入門ビジネス』(秀和)など、2022年4月には診療報酬改定を受けて第4版が発行される。

参考:持分の定めのない医療法人への移行認定制度の概要(厚生労働省|2021年)

目次
  1. そもそも「持分あり」「持分なし」とは?
  2. 「持分あり」はクリニックの経営を圧迫する可能性がある
  3. 持分なし医療法人を増やすための条件緩和
  4. 今「検討した方がよい」理由は……
  5. 今一度、持分なし医療法人への移行を検討するタイミング

そもそも「持分あり」「持分なし」とは?

まず「持分あり医療法人」の概要からおさらいしましょう。

持分とは出資持分の意味で、2007年3月以前に設立された医療法人には「財産権」が認められていました。

出資金は出資した人の財産として考えられます。そのため出資人により出資金の返還が求められた場合、持分つまり出資した割合に応じて医療法人はお金を払う必要があります。

伊藤:『「持分なし」医療法人では、出資者に財産が戻ってきません。もし医療法人を解散する場合、他の医療法人または国に財産が渡る仕組みですね』

厚生労働省の2021年の統計によれば、医療法人社団の総数55,931件のうち38,083件(68%)が「持分あり」です。残りの32%、17,848件が「持分なし」。ただし常勤医師が1名の小規模な診療所である通称「一人医師医療法人」の約4万6千件は、総数には含まれません。

現在も持分ありの件数が、持分なしを倍以上、上回っています。

「持分あり」はクリニックの経営を圧迫する可能性がある

持分ありのほうが「財産権」が認められているため、経営する医師にとっては得に映るかもしれません。

ただし「持分あり」は大きなリスクになる可能性があります。それは出資者が退職し、出資金の払い戻しが求められるケースです。

重要なのは「割合」によって金額が決まる点。

Aさん 500万円出資 → 医療法人設立(1,000万円 2名の持分は50%ずつ)

Bさん 500万円出資

Aさん「辞めます。お金返してください」←医療法人の財産の50%を払うので1億円の財産があれば5,000万円の支払い!

50%持分のAさんから払い戻しの請求があると、その時点での医療法人の財産の50%を支払う必要があるのです。出資金の金額ではなく、割合で決まるのが注意点なのです。

また相続税も大きな問題になる場合があります。

1億円を超える財産には40%、3億円超では50%の相続税がかかります。医療法人の余剰金だけでなく現金化できない不動産や施設に対しても相続・贈与税が発生してしまうのです。しかも、相続税は原則現金で支払う必要があるので、負担は想像以上に大きいでしょう。

親族間での相続時はもちろん大きな負担となります。また、子どもが医師ではない、適切な後継者が見つからない場合、医療法人を第三者に譲ろうという場合でも相続税負担が足かせになり得るでしょう。

――払い戻しや相続時にキャッシュが不足すれば医療機関は経営危機に?

伊藤:『もし持分の払い戻しや税金の問題で存続できない医療機関が続出したら、地域医療の基盤が揺らいでしまいます。そうならないように厚生労働省は「持分あり」医療法人は新設できないように制度を改めました。そしてすでにあった医療法人には「持分なし」への移行を推進したんです』

持分なし医療法人を増やすための条件緩和

持分なしへの移行そのものは難しくありません。

定款を変更し、都道府県から認可を受ければ、持分なし医療法人に移行できるからです。

ただし、持分なしへ移行した場合にも、出資者が持分を贈与したと見なされて医療法人に対し贈与税が課せられる点もネックとなり、なかなか移行は増えませんでした。

――「移行したくない」理由というのは?

伊藤:『やはり持ち分なし認定医療法人になる心理的なハードルの高さはあります。なぜなら「財産が国のものになってしまう」わけですから。持分なし医療法人になることは損だと考えるのは無理もないと思います。ただし、医療機関としての経営を安定化させる、今後も長く法人を存続させたいと考えるなら、持分なしへの移行は意味があるでしょう』

――親族の割合を減らすのも抵抗がありますね。

伊藤:『医療法人では社員は出資比率にかかわらず、出資していなくても1票を持ちます。経営の舵取りを考えると親族の比率を3分の1以下にはできない考えは理解できます』

ただ以前、持分なしへの移行のために大きな足かせとなっていた「理事6人、監事2人以上で親族は3分の1以下」が現在は緩和されています。人数の制限は撤廃され、「法人関係者に利益供与しない」「役員報酬が不当に高額でない」などの条件を満たせば移行できるのです。

2023年9月末までに移行の認定を受ければ相続税、贈与税が猶予または免除されます。

1.出資者の持分を相続した相続人に課される相続税

2.出資者全員が持分を放棄した場合の医療法人に課される「みなし贈与税」

また贈与税のみ支払って持分なしに移行する方法もあります。たとえば持分の相続税評価額が1,000万円の人に払い戻しを求められれば1,000万円が必要なりますが、贈与税なら230万円程度で済ませられるとしています。

今「検討した方がよい」理由は……

伊藤氏は、かつて非常に厳しい要件だったことも影響して「持分なしへの移行はしない」と結論付けた医療機関も「今一度、検討してみてもよい」と指摘します。

検討すべき理由として、

  • 2023年9月までに移行認定を受ければ相続税、贈与税の猶予、免除が受けられる
  • 評価価値が高まっていれば、払い戻し額のリスクも大きくなっている
  • 今後、移行が強制となるかもしれない
  • 一番下の「強制」が直ちに実行される可能性は少なくても、将来は分からないと伊藤氏は考えています。

    ――「イヤなものはイヤ」ではすまなくなりますか?

    伊藤:『可能性という意味では「ないことはない」ですよね。これだけ経過措置を取ったから、あるタイミングで強制的に実行するかもしれません。国というのは最初にある程度の方向性を示し、既得権を損なわないようにします。

    ただある程度、浸透したら「そろそろいいんじゃないか」って考える可能性はあると思います。それくらい医療機関が存続することは重要だと国が考えているためです。』

    ――そのときになってからあわてるよりは……?

    伊藤:『そうですね。そもそも経営の安定化という点でメリットがあるのは事実です。なので、今のタイミングで選択肢として検討なさったらいいと思います。

    とくに将来財産を「国に召し上げられたくない!」と考えるなら、一定のタイミングで、法人の財産を減らしておく方法もあるかと思います。

    退職金制度のほか、いろんな方法を税理士さんに相談して知恵を絞ってもらったらどうでしょうか』

    今一度、持分なし医療法人への移行を検討するタイミング

    2007年3月以前に設立された医療法人はの多くは現在も「持分あり」として存続しています。

    出資金の払い戻しや相続による出費リスクを考え、経営を安定させるには持分なし医療法人への移行はひとつの手段として有効です。

    2023年9月までは税制の優遇も受けられるほか、以前より移行の条件も緩和されているので今一度、メリットとデメリットを比較されてはいかがでしょうか。

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