医療は人の命を左右します。そのため、万が一という事態をも想定し、事故が起こらないようにしないといけません。しかし、それでも残念ながら医療事故を完璧に防ぐことは難しい状況です。もし医療事故が起こった場合、医師や医療機関側は被害者や遺族に賠償する責任を負わないといけません。その場合のサポートとなるのが、「賠償責任保険」です。
日本医師会の医師賠償責任保険制度とは
厚生労働省の「医療事故調査・支援センター2019年年報」によると、2019年の医療事故発生報告件数は373件。2018年が377件、2017年が370件なので、ほぼ横ばいの数字です。また、医療機関、または遺族からの相談件数は、2019年が2,054件でした。
手術などの医療行為は年間でそれこそ数えきれないほど行われています。そのため、年間373件と考えると医療事故が発生する確率は少ないといえます。それでも起こるときは起こってしまうため、いざというときの備えが必要です。
その備えとなるのが「医師賠償責任保険制度」です。代表的なものが、日本医師会が契約者となり、会員の全てを対象とする「日本医師会医師賠償責任保険」です。日本医師会の会員であれば保険を受けることが可能で、個別に保険に入る必要はありません。
万が一の事態が起こってしまった場合に、賠償責任審査会が中立の立場で医学的、法律学的見地から審査し、紛争解決に当たります。また、紛争解決に当たり、日本医師会だけでなく、都道府県医師会や郡市区医師会、また保険会社が協力して対応してくれることも、この保険の特徴です。
対象になる事故と免責金額、支払限度額は?
「日本医師会医師賠償責任保険」での、対象になる事故と免責金額、支払限度額をご紹介します。
対象となる事故
医療行為によって生じた身体の障害につき損害賠償を請求され、その請求額が100万円を超えるもの。
支払限度額
損害賠償金の年間総支払限度額(最高限度額)は、1事故1億円、保険期間中3億円。
免責金額
1事故100万円(同一医療行為につき)
日本医師会では、「日医医賠責特約保険」という、会員以外の医師が起こした医療事故で、開設者・管理者としての賠償責任に備えた保険もあります。こちらは「1事故3億円、保険期間中9億円まで」となっており、高額賠償事例に備えることができます。この保険は日本医師会会員が任意で加入する形となっています。
勤務医向け医業賠償責任保険も存在する
日本医師会以外でも賠償保険を提供しています。例えば、日本糖尿病学会では、会員に向けて「勤務医師賠償責任保険」を用意しています。こちらは日本医師会の賠償保険と併用する形で契約できるようになっており、万が一の事態に二重に備えることが可能。
また、大手保険会社でも、民間医局向けや、勤務医向けの医師賠償責任保険を取り扱っています。美容を唯一とする医療行為や日本国外での医療行為などは対象外ですが、勤務医であっても何かしらの責任に問われる可能性はゼロではないため、リスクに備えないといけません。ほかにも、勤務医向け保険ではカバーできない事例に対処できる「産業医等活動賠償責任保険」もあります。
実際に賠償が起きた事例
では、どんな事例で賠償が発生しているのでしょうか? 上述の日本糖尿病学会が提供する「勤務医師賠償責任保険」での賠償事例をご紹介します。
ケース1
高血圧などの診断があった女性患者。血糖値が高い値だったがブドウ糖負荷試験をすることもなく、それほど重くない糖尿病であると判断。患者が太っていたため生活指導のみを行ったところ、後に交通事故がきっかけで糖尿病性腎症が悪化し、6年後に慢性腎不全により死亡。
⇒患者本人の慰謝料として1,600万円
ケース2
25歳、体重130kgの男性。体調不良で入院し、糖尿病ケトアシドーシスと診断され経静脈栄養法(IVH)輸液管理を開始。IVH挿入から12時間後の深夜に不穏状態となり点滴を自己抜去。自宅で報告を受けた担当医師は点滴再開の指示を出さず、翌日、心肺停止状態となり、他院へ転院されるも多臓器不全で死亡。
⇒患者側8,267万円の請求に対し7,672万円の支払命令。
これらは医師本人ではなく医療機関への請求ですが、1,600万円もの金額は個人はもちろん、医療機関としても厳しい額です。そうそう起こる問題ではないかもしれませんが、備えておくに越したことはないでしょう。
「医師賠償責任保険制度」をご紹介しました。日本医師会の医師賠償責任保険制度以外にも、学会独自の保険制度や、保険会社が提供する勤務形態や状況に応じた保険もあります。万が一に備えることのできる保険ですが、加入の際は自分に合う保険は何かしっかりと調べるようにしましょう。
データ引用元:厚生労働省「医療事故調査・支援センター2019年年報」
引用元:公益社団法人 日本医師会「日本医師会医師賠償責任保険制度」
引用元:株式会社カイトー「日本糖尿病学会の勤務医師賠償責任保険 団体保険制度」
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この記事は、2021年2月時点の情報を元に作成しています。