医学書や医療の説明書などでは図版が必要になります。事は医療ですので、正確であることはもちろんですが、分かりやすく的確なものでなければなりません。
例えば、江戸時代に杉田玄白・前野良沢・中川淳庵らが翻訳に取り組んだ『ターヘルアナトミア』には、もともと細密な銅版画による図が付けられていましたが、日本では小田野直武が木版画でこれを写しました。
ことほどさように学術論文、書籍をはじめとした医学。医療の情報には正確な図版が必要です。このようなときに活躍するのが「メディカルイラストレーション」であり、それを生み出す「メディカルイラストレーター」です。
実は、日本にはメディカルイラストレーションを制作するクリエイターを有する企業があります。『L&Kメディカルアートクリエイターズ株式会社』の佐久間研人代表取締役社長にお話を伺いました。
「メディカルイラストレーション」とは?
――まずメディカルイラストレーションとはどのようなものでしょうか?
弊社では、メディカルイラストレーションとは「研究・論文・記録・教育に資する医学・医療の情報を伝える図画図版」と定義づけています。
メディカルイラストレーションの役割は、医学・医療の情報を分かりやすく、正しく視覚的に伝えることです。
私たちは、イラストというのは「共通言語」だと考えています。例えば「頸椎カラーによる運動制御」と言われて何のことか分かりますでしょうか。
――いえ、分からないです。
このイラストを見てください。つまり、首に装着し、頭部を固定する道具を「頸椎カラー」といいます。これをはめて頭部の運動を制御し、頚椎を保護するわけです。
――なるほど。これなら分かります。
医療の難しい情報を分かりやすくするのが特徴です。先生方が使っている医学用語は一般の人からすると分かりにくいでしょう。
同じ医師同士でも専門領域が違うと使う言葉が違う場合があります。また、同じ略語でも分野によって違う意味で使われていたりします。そのようなケースでも、イラストがあれば「ああ!」と理解できます。
メディカルイラストレーションというのは、分かりにくい医療の情報を分かりやすくするための共通言語といえるわけです。
イラストなら分かりにくい部分も伝えることができる!
――メディカルイラストレーションの重要性について教えてください。
メディカルイラストレーションは論文のポイントを図解にしたり、術中の様子を描写したりするのに使われます。伝わりにくいものを伝わりやすくすることはメディカルイラストレーションの重要な役割です。
例えば、術中の写真は「写した部分を写したとおり」に見られます。ところが、その画面以外のところにあるものは見ることができません。イラストであれば(写真や動画の)画角に入っていない大事な部分を描き加えたり、血液で見えにくい部分を見えやすくしたりといったことができます。
――つまり、いるものといらないものの取捨選択ができるということでしょうか。
そうですね。写真は見えるがままに写るので、その画角に入ったものは全て等価になります。ところが、その写真から拾いたい情報というのは人によって違います。そのため、全てのものが等価になる写真では人によって注目する場所が異なってしまい、伝えたいものを共有することが難しくなるケースが出てきます。
見る人に「伝えたいものを的確に伝える」という意味ではイラストの方が向いているといえるのです。
――なるほど。
また、イラストの場合にはデフォルメが可能です。同じ医療情報を伝えるにしても、医師同士ならより細密なものが好まれるかもしれませんが、患者さんに説明する場合には細密であればいいかというと、そうではありません。間違いがないように伝えたい情報を示しながら、抵抗なく受け入れられるイラストにデフォルメするわけです。
情報の強弱、価値の高い低いを付けて情報発信ができるというのがメディカルイラストレーションの強みです。また、そこに需要があるわけです。
メディカルイラストレーションが活躍する場は?
――どのような依頼が来ますか?
医療現場ですと、自身の研究成果を発表されるときに論文に添えるイラストであったり、大きな病院ですと外科の術式の説明を行う手術マニュアルに添付するイラストであったり。また、特徴ある治療法を行っているクリニックですと、その説明図解であったりします。例えば、ホームページでその治療について説明するときにイラストがいい加減なものであると信用にも関わってきます。正確なものでないといけないわけです。
――2022年5月14日に、北里大学医学部一般・消化器外科の医師を対象に「医師のためのメディカルイラストレーション講習」を開催していますが、反響はいかがでしたか?
これは「メディカルイラストレーションの技術を身近に感じてもらうため」に行ったものですが、幸いなことに大変好評で、ぜひまた受講したいといった前向きな感想を多くいただきました。また、受講した先生から教えられることもあり、私たちにとっても非常に実り多いイベントでした。
――どのようなことですか?
「イラストを描くことと手術には共通点がある」とおっしゃるのです。イラストを描く際には姿勢を一定に保って描きましょうという話をさせていただきました。猫背になったりすると線がきれいに描けないのです。「姿勢や手の動きを一定に保つため、体ではなく紙を動かしてください」と話したのですが、手術もそうなのだそうです。手術の際にはいくら見にくいからといって猫背になったり、メスの動かし方を変えたりするのはよくない、と。一定の姿勢、一定の向きで正しくきれいにメスを動かさなければならないとおっしゃっていました。
――それは面白い気付きですね。
非常にご満足をいただいていて、またぜひやらせてほしいというお声掛けもいただいていますので、第2回目を検討中です。
欧米では確固たる地位を築く「メディカルイラストレーション」
――日本ではメディカルイラストレーションという言葉自体があまり知られていないように思うのですが。
それは確かにそうです。ただ、写真でいいじゃないかという意識が変わってきて、注目されるようになっています。
――なるほど。
また、そもそも日本にメディカルイラストレーションを制作できるクリエーターがあまりいないという現実もあります。
――そうなのですか?
はい。例えば欧米では、大学や教育機関が整っていて、職能団体も組織されています。大学院体系だてられた学問を学んで、「私たちはメディカルイラストレーターだ」という確固たる証明をもって活動しており、職業として認知されています。市民権を得ているのです。
――日本は遅れているわけですね。
知っている人は知っているけど……という状態です。90年代や2000年代前半までは、メディカルイラストレーションを学べるところが日本ではなく、それぞれが独学で学んでいました。そして各々が出版社などの企業と仕事をするというケースがほとんどでした。広く認知されなかった理由は、医学・医療の知識とイラストレーション技術を体系的に学ぶところがなかったため専門家が輩出されなかったことと、メディカルイラストレーターが欧米のように職能集団を作って、自分たちの立場をアピールしなかったからというのがありますね。で、日本では2016年にようやく『日本メディカルイラストレーション学会』が立ち上がりました。
なので、メディカルイラストレーターという職能を持つ人がいる、ということをあまりご存じない先生方も大勢いらっしゃいます。もっと知っていただけるようにしなければなりませんね。
メディカルイラストレーションが「伝えたいもの」を伝える
――医師にアピールしたい点などありましたら、ぜひお願いいたします。
メディカルイラストレーションというのはアートではなく、医療情報を正しき分かりやすく伝えるためのツールという認識です。
ツールは用途によって柔軟に変えていくものですし、変えていくべきです。医療情報をいかに伝わりやすくするか、そのノウハウと技を駆使し、的確な表現を提案することがメディカルイラストレーションだと思って、誇りを持って作っているところです。
伝えたいものを伝える方法を知っていただくことで医療の発展につながるのではないかと考えております。
――ありがとうございました。
メディカルイラストレーションは、医学論文や医学書などに文章とともに掲載され、読者を理解に導く重要なものです。写真では表わせられない画角外のものを表現したり、分かりやすくデフォルメをしたりが可能なのはイラストならではです。日本トップクラスの職能集団である『L&Kメディカルアートクリエイターズ』にぜひご注目ください。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2022年8月時点の情報を元に作成しています。