「メタバース(Metaverse)」という言葉が使われるようになっています。簡単にいえば、コンピューターネットワークの中に構築された「3次元の仮想空間」です。仮想3D空間では、自分の分身になる「アバター」というキャラクターを使ってコミュニケーションを取ります。この新しいコミュニケーション手段を医療や社会支援に活用できないか、とチャレンジを始めている企業があります。
精神科医で、産業医でもある吉岡鉱平さんがCEOを務める『株式会社comatsuna』では、「メタバースクリニック」というサービスを開始しています。今回は、「メタバースクリニック」を運営する吉岡CEOに取材し、メタバースの医療への応用の可能性について伺いました。
「メタバースクリニック」とは?
「メタバースクリニック」は、メタバース上で匿名アバターとして参加し、医師などの医療資格者による、医療相談、カウンセリング、座談会などが受けられるヘルスケアコミュニティーサービスです。
「メタバースクリニック」では、メタバースで対面サービスの提供を行う者をメタバース・プラクティショナー(MVP)と定義し、その活動を支援しています。吉岡CEO自身も精神科医であることを生かし、MVPの一人として、参加者からの相談を受け付けてます。
メタバースでは人と話しやすいのではないか?
――「メタバースクリニック」を始めようと思ったきっかけはなんでしたか?
私は精神科医ですが、クリニックで患者さんを診ていると、なかなか患者さんの本音を引き出せなかったり、本当に自分の言っていることが患者さんの役に立っているのかと不安になったりすることがあります。
患者さんがもっと相談しやすい、話しやすい方法はないかと考えて、メタバースを使ったらどうかと思い至りました。オンライン診療も規制が緩和されて利用できるのですが、メンタル系の患者さんですと、例えばZOOMを使って「顔を見ながら」というのでは話しにくいという方もいらっしゃるわけです。メタバースでは自分の代理である「アバター」を使ってコミュニケーションを取りますので、そのような方でも話しやすくなります。
――なるほど。確かにメタバースでは「言いにくいこと」も話しやすくなるかもしれませんね。
現状は医療ではなく、あくまでも「相談」ですが、匿名で相談を受け付けるというサービスをメタバース空間に作ってみました。
――アバターを使ったコミュニケーションの利点についてどのように考えますか。
実際に顔を合わせてのコミュニケーションではうまく話せない、言いにくいことがあります。「匿名だからこそ自己開示できる」という効果があるのではないでしょうか。また、座談会のような集団イベントでは、オンラインビデオ通話と比較して、プレゼンス(そこに存在している感覚)が得られやすいという研究報告もあります。
VR技術はすでに医療への応用が始まっている
――医療に携わる人からの反響はいかがですか?
今、少しずつですが、医師の方とか、歯科医、薬剤師、看護師さんなど、さまざまな医療や心理系の資格を持った方々が興味を持って集まってきています。基本的に何をやっているかというと、メタバースを利用した医療相談で悩みを聞いたり、カウンセリングや座談会の開催です。クリニック開業医の先生なら受診前相談を受けたりとか、医療行為の前段階としてご利用頂けます。
――医療にも使えそうだと思うのですが。
VR技術を使って医療を行うという取り組みはすでに始まっています。国内で有名なところでは『ジョリーグッド』社が、うつ病治療の認知行動療法や、発達障害の方のソーシャルスキルトレーニングをVRサービスとして提供しています。他にも、VR医療で保健適応を目指そうとする企業さんも増えてきています。
VR技術の医療応用は様々な方向で進んでいるのですが、私は、アバターを介したコミュニケーションの可能性に最も着目しています。
悩みはあるけれど、医療機関で受診するまでのハードルが高く、相談しづらいと感じる方は沢山いらっしゃると思います。例えば、私の専門のメンタル領域では、ストレスマネジメントとして、日々の悩みや困り事を相談したり、弱音を吐き出したりする場所を持つことは重要ですし、アバターを使うことで、匿名で誰にもバレずに自宅から気軽に相談できれば、その後、実際に医療にかかる際のハードルを下げることができるかもしれません。
他にも、例えば、「性感染症」など、人には言いづらい悩みや不安などで、相談のハードルを下げられるのではないかと考えます。「普通に受診すればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、その一歩を踏み出すのが意外と大変な場合もあります。そのような人が匿名で相談できるプラットフォームとして、お役立て頂けたらと考えています。
――「メタバースクリニック」では、吉岡先生以外にも「メタバース・プラクティショナー」がいろんな活動をされていますね。
そうですね。メタバース空間で何をするのかということになるのですが、相談や座談会以外にも、医療系の交流会、講演会、勉強会などにも活用しています。この間、産婦人科の先生とお話をさせていただいたのですが、その先生は、流産とか死産を経験されたお母さんのケアをできないか、ということでした。こちらが、メタバース空間での「流産・死産のグリーフケア」という取り組みとして結実し、月一の定期イベントとして開催されています。
↑流産・死産のグリーフケアの模様
「メタバースクリニック」に参加するには?
――「メタバースクリニックに自分も参加してみたい」と思った医師はどのようにすればいいのですか。
「メタバースクリニック」の公式サイトからお問い合わせ下さい。まずは、メタバースを利用してどのようなことをなさりたいのか、ご希望の内容をお聞かせいただけたらと思います。
メタバースクリニックの仲間として、定期イベントを開催して頂ける場合は、オリジナルルーム制作、個別ページの作成、メタバースの使い方講習会、イベントの告知等、様々なサポートを無償で提供させて頂いております。メタバースでやりたいこと、ご相談内容を受け、そこから「じゃあ、こういうカタチはいかがでしょう?」とご提案させて頂きながら、一緒に作り上げていく感じです。
――どんな利用が可能でしょうか。
基本的には、オリジナルルームを作って、その空間で、アバターとしてコミュニケーションを取ることが可能です。
↑3Dスキャンした施術ルームの例
開業医の先生でしたら、実際のクリニックの内装を3Dスキャンし、それをメタバース空間に再現するといったことも可能です。患者さんが訪れる前に、診察室や待合室の様子を知ってもらうことで受診前不安を軽減したり、クリニック自体のPR効果も期待できます。一度見たことがある、先生の声も聞いたことがあるというのであれば、患者さんもクリニックを訪れやすいでしょう。
――それは面白いですね。興味を持つ医師にメッセージがあればぜひお願いします。
「なんかメタバースっていうのを小耳に挟んだけど」という先生は多いと思います。「よく分からないけど、何かやってみたい」といった先生がいらっしゃったら、ぜひご連絡ください。先生のご希望に沿ったご提案ができると思いますので、ぜひよろしくお願いいたします。
――ありがとうございました。
近年、IT技術が医療に取り入れられた、所謂、『デジタル診療』が普及して来ています。VR技術を用いたデジタル医療も、今後、広く認知されるようになるかもしれません。何より新しいコミュニケーション手段としてのメタバースというのは面白い視点です。吉岡CEOの「匿名だからこそ自己開示できることもある」という指摘は真実を突いているでしょう。「メタバースクリニック」で行われていることは新たな挑戦です。ぜひご注目ください。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2022年8月時点の情報を元に作成しています。