「在宅医療特化型クリニック」に学ぶコンセプトの定め方

「自分が提供したい医療とはなんだろう」
「地域のニーズに開業コンセプトを合わせていけばいいのだろうか」
開業を漠然と目指すものの「自分自身が目指す医療とは?」という問いに答えられない先生もいるでしょう。

大阪府東大阪市は人口50万人の大都市で、大阪の代表的なベッドタウンとして栄えてきましたが人口に対して「在宅医療」が不足していました。

今回登場する「かわべクリニック」は2015年に開院、在宅医療専門で患者さんのがん緩和ケアから看取りまでを手がけています。開業の目的は「人生の最期を自宅で過ごしたい」という患者さんの希望をひとりでも多く叶えること。

緩和ケア医でもある川邉院長は、看護師の妻とともに24時間365日のオンコールを続けています。またそのかたわら、地域で在宅医療を担える看護師の育成も継続しています。原動力は「在宅医療が当たり前の世の中を作りたい」という思いの強さです。

川邉院長の言葉からは、思いが人を動かすという基本でありながら、重要な哲学が伝わってきます。

※本記事に記載の情報は取材を行った2022年6月23日現在です。

回答者:川邉 正和氏(かわべクリニック院長/大阪府東大阪市)

2015年、住宅街である東大阪市に「かわべクリニック」を看護師の妻とともに開業。在宅医療に特化して緩和ケアや看取りまで行うクリニックとして、開業直後から地元患者さんの間で評判が広まり順調に経営を続けてきました。

縁もゆかりもない土地で開業しても成功できたのは、医療のニーズと開業時のコンセプトが合致していたからだと語る川邉院長に「自分がやりたい医療」の大切さをお聞きしました。

目次
  1. 在宅医療が求められていると強く感じた勤務医時代
  2. 「スモールスタート」でニーズに合わせて拡大していく
  3. 在宅医療を「当たり前」にしていきたい
  4. 自分のやりたい医療を定めて、広めればきっとうまくいく
  5. 地域医療は住民のニーズとともに進化する

在宅医療が求められていると強く感じた勤務医時代

ーー病院では呼吸器外科が専門でがん患者さんに関わることが多かったそうですね。

川邉:大阪赤十字病院に15年勤めていました。がんの手術後に、残念ながら半分ぐらいの患者さんが再発され、抗がん剤治療やお看取りまで診ていたんです。患者さんから「最期は自宅で過ごしたい」というご希望を直接聞く機会も多かったです。

ーー開業した東大阪は、川邉先生には縁もゆかりもなかったとか。

川邉:大阪赤十字病院には東大阪から来る患者さんが多く、このころの東大阪地域は在宅医療が手薄だということ知ったわけです。「自宅で最期を」という患者さんの希望をかなえるためには、受け入れてくれる在宅クリニックが欠かせませんが、圧倒的に足りないと分かった。これは自分たちが在宅医療を受け入れる役目に回ったほうがいいのではないかと考えるようになりました。

ーー妻の川邉綾香看護師も同じ思いだったのですね。

川邉:はい、彼女もちょうど同じ病院の救急部門にいて「一人ひとりの患者さんを支えていきたい」という意志を持っていたので、開業の思いが一致しました。

ーー知らない土地という不安はありませんでしたか。

川邉:不安はほぼありませんでした。「開業直後から緩和ケアの経験が豊富なクリニックができる」ということで住民の方々から歓迎していただいていました。大阪赤十字病院で長年勤めていたことで信頼していただいたのでしょう。

やはり、私には大阪赤十字病院に育ててもらったという思いもあったので、恩返しできればとも考えていたんです。東大阪で開業すれば、患者さんの受診が多い大阪赤十字病院と連携しやすいですから、病院のサポートにもなるだろう。実際に大阪赤十字病院全体でも東大阪からの来院数が多いことが数字でも分かりました。緩和ケアが不足しているという診療圏ならではの課題もあるので、大義もあるし、経営面でも不安はありませんでした。

「スモールスタート」でニーズに合わせて拡大していく

ーー開業場所はすんなり決まったのでしょうか。

川邉:すぐ決定できました。クリニックで行う診療は少ないので、在宅医療クリニックが物件に求める条件はそんなに厳しくないのです。通院する患者さんのためには、アクセスしやすい場所の方が望ましいですが、訪問診療用の車が置けて、最低限の広さがあればOKだったんです。

最初は20坪でスタートして、「順調なら広げていけばいいね」というのも計画通りでした。スタート時の常勤は私と妻の看護師の2名で、あとは非常勤で看護師と事務スタッフだけ。「小さく始めて大きくしよう」ということを始めから決めていました。

ーー普通の内科クリニックに比べると、在宅医療が中心だと、医療機器や設備も少なくて済むのでしょうか。相場で言うと2~3千万円くらいかかると聞きますが。

川邉:ごくごく最小限でした。小さい事務所に物品だけそろえて、診察室を作るなどのクリニックとしての形を整えてスタートしました。ですから病院時代の退職金でまかなえるくらいの費用、本当に初期コストとしては少ないですよ。その代わり、かなりシンプルです。

当時もコンサルタントなどからは「これも、あれも導入した方がいい」とアドバイスされましたが「必要性を感じたらそのとき買い増せばいい」と考えていました。

ーーその後、クリニックを増床したということですね。

川邉:はい、隣に同じようなテナントが2つ分、計40坪空いていたんです。運よく私たちが追加で借りたいというタイミングで大家さんに相談したら「ぜひ借りてほしい」と、とても喜ばれました。クリニックは撤退する可能性が低いのが貸す側には魅力ですよね。周りから見たときの印象もよいでしょう。だから最初の契約時よりも、だいぶ坪単価は安くなりました。これもスモールスタートならではですね。

ーーあとから3倍の規模に拡大したのはすばらしいですね。しかも堅実なプランです。拡張までにかかった期間はどのくらいでしたか。

川邉:開業から1年以内です。結果的に、お金をかけた広告はほとんど実施していません。圧倒的に口コミが強かったですね。また自分たちのやりたい医療という軸はぶらさずに、ずっとホームページやブログで発信を続けてきました。たとえば患者さんの「看取りの報告書」を読んでいただくと、私たちがどんな思いでひとりひとりの患者さんやご家族に向き合ってきたかが分かっていただけるはずです。そうすれば必ず理念は浸透すると確信していたからです。

私たちのコンセプトはずっと同じで、
・患者さんとそのご家族が中心にいて
・看護師が扇の要として在宅医療を推進し
・多職種で連携していくこと
です。「同じことをずっと言い続けることが大切」だと思っています。

参照:かわべクリニックのブログ

在宅医療を「当たり前」にしていきたい

ーー開業して7年ほど、在宅医療のニーズは高まってきていると感じますか。

川邉:まだまだ在宅医療という存在が知られていないなと日々感じます。近眼になったら眼科、花粉症になったら耳鼻科と同じような感覚で、ご自分で通院できなくなったら在宅医を頼るというふうにはなっていないです。

その証拠に患者さんから「もっと早くかわべクリニックのことを知りたかった。早くに先生に診てもらいたかった」と言われることも多くあります。在宅医療が身近で当たり前の存在にしていきたいと思います。私たちがブログで情報発信するのはそのためでもあるんです。それに担い手、とくに在宅医療のできる看護師を増やしていきたいと思っています。

ーー在宅医療に取り組みたいというドクター、看護師も増えてきたともお聞きします。一方で「ひとりであらゆることに対応しなければならない」というハードルの高さもあるのかもしれません。

川邉:得意、不得意な分野があるのは当然で、ご自分の専門性を生かせばいいと考えています。私自身も、緩和ケア以外では自分が診る症例は限定しています。地域包括ケア時代の今だからこそ、クリニック同士の横のつながりが重要です。わからないことを「わからない」と認識して、相談できる相手とたくさんつながることが大事です。「分からないことが怖い」という気持ちがあれば大丈夫です。「分からない」と言う怖さがあっても、元の職場の人に率直に相談するのも手です。病院時代の仲間、後輩にもしょっちゅう電話で相談していますし「川邉先生なら」と必ず力になってくれます。

ーー人脈づくりが苦手という先生もいらっしゃるかもしれません。

川邉:あえて厳しいことを言いますが、これから開業しようという先生で人付き合いが苦手、避けたいというお考えなら開業しない方がいいかもしれないですよ。やはり横のつながり、地域があってこその開業医です。素直に相談すれば、地元の医師会や周りの先生は力になってくれる方は多いように思います。

そして、自分の専門性を生かすなどして、地域に自分も貢献していく。そうすれば徐々に患者さんを紹介してもらえるケースも増えていくでしょう。Win-Winの関係になれるはずです。

自分のやりたい医療を定めて、広めればきっとうまくいく

ーーかわべクリニックが順調だったのは、やはり理念がはっきりしていたからとお考えなのですね。

川邉:理念が一番大事です。

私たちのクリニックの患者さんの数は80人。診てほしいという患者さんは、もっといますが、規模としてはこれが上限なんです。だから看護師である妻を中心に情報発信して、在宅医療を担える看護師さんも広げていきたい。地元はもちろんのこと、今や日本中がオンラインでつながれるようになった今、全国各地に在宅医療の担い手を育てていくのも私たちのビジョンであり、ミッションです。

川邉院長、川邉看護師が推進する「東大阪プロジェクト」

川邉:まず「自分が何がしたいのか」を長期(5~10年)、中期(3~5年)、短期(3か月~1年)に分けて目標を立てるのがおすすめですね。短期目標だけだと、目先の利益についとらわれてしまいがちですが、かえって患者さん離れを招きかねません。

でも中長期の目標がしっかりしていれば、もし仮に患者さんが全然来てくれない日があっても迷いは出ません。そうした中長期目標の大切さを理解しているコンサルタントと出会えるといいですね。「これをやると点数がつきますよ」「これを導入すれば集患できますよ」などの話を優先する前に、患者さんを中心にした「自分のやりたい医療」を一緒に考え、優先してくれるコンサルタントがパートナーにふさわしいと思います。

患者さんに自分の想い、やりたい医療を届けられるのが開業医の一番の魅力ではないでしょうか。持続し続ければ、きっと意義のある医療は実現できると思います。周りでがんばっている開業医の先生を見ても、そう思いますね。

ーー聞きづらい質問ですが、目先の利益を追ってしまっているケースもありますか。

川邉:これも厳しい言い方になりますが、コロナ禍で患者さんが激減したクリニックというのは、それと関係しているのではないでしょうか。特別な理念や方針もなく「1週間に一度通院していた患者さんに処方せんだけ出していた」パターンがあったとすれば、患者さんも「別に欠かさず行かなくてもよかったのでは……」と考え直したケースもあるのでは、と想像します。

逆説的に学べることは、これから開業する方は理念をしっかり定めれば、収入は自動的についてくるということです。「自分がなぜ医師を志したのか?」から、自問自答し直すのはおすすめですね。

地域医療は住民のニーズとともに進化する

かわべクリニックの開業時点では、在宅医療の担い手が少ないという地域課題が明確だったため、医療ニーズと「やりたい医療」がスムーズに合致したと言えるでしょう。

開業前から「自分のやりたい医療」は明確だった川邉院長ですが、コンセプトを明文化(クレド化)するにあたっては、コンサルタントの助言が役立ったそうです。

先輩の開業医や家族なども含めて、自分の価値観を見直すことが「開業コンセプト」の確立につながる可能性があります。ひとりきりの自問自答に加えて、壁打ち相手を探すのは有効でしょう。

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執筆 執筆者 藤原友亮

医療ライター。病院長や医師のインタビュー記事を多く手がけるほか、クリニックのブログ執筆やSNS運用なども担当。また、法人営業経験が長く医療機器メーカーや電子カルテベンダーの他、医師会、病院団体などの取材にも精通している。


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