ここ数年、「プレゼンティーズム」「アブセンティーズム」の2つの単語を耳にする機会が増えてきました。いずれも、従業員を雇っている雇用主が考えるべきことですが、クリニックの場合、どんなことを考えていけばいいのでしょうか? 早速みていきましょう。
プレゼンティーズム、アブセンティーズムとは?
プレゼンティーズム、アブセンティーズムとは、健康問題に起因したパフォーマンスの損失を表す指標で、WHO(世界保健機関)によって提唱されました。
プレゼンティーズムとは?
プレゼンティーズム(Presenteeism)は、欠勤にはいたっていないため勤怠管理上は問題ないようにみえるものの、健康問題が理由で生産性が低下している状態のこと。症状としては、発熱や鼻炎で頭がぼーっとして身体がだるく、座っているのがしんどいこともあれば、気がかりなことがあって仕事に集中できないといったケースもあります。
また、寝不足や二日酔いの状態で働くこともプレゼンティーズムの一種とされているほか、PMS(月経前症候群)もプレゼンティーズムととらえることができます。こうした状態で働くと、作業効率が悪いだけでなく、集中力の低下からケアレスミスが多くなります。
アブセンティーズムとは?
アブセンティーズム(absenteeism)とは、心身の状態が思わしくないことが原因で、早退や遅刻、欠勤、休職などに至っている状態を指します。つまり、従業員が職場にいない状態(absence)であるので、パフォーマンスの損失はプレゼンティーズムより大きくなります。
プレゼンティーズム、アブセンティーズムによる企業損失、どちらが大きい?
プレゼンティーズムとアブセンティーズムを比べたとき、損失の度合いがわかりやすいのはアブセンティーズムです。たとえばスタッフが風邪をひいて1日欠勤したとしたら、1日分の仕事量に換算できるため、そのスタッフの平均的な1日の働きぶりを考えるとわかることです。
一方、プレゼンティーズムは、たとえば「頭が冴えた状態で仕事したとき」と「二日酔いの状態で仕事したとき」などの比較となるため、どのくらい損失があったかは極めてみえにくいといえるでしょう。
ところが、意外にもこの2つの指標を比べると、プレゼンティーズムによる企業損失のほうが大きいとされています。しかも、その差はなんと約18倍にも上ります。
この数字が示されているのが、2017年に厚生労働省保険局によって実施された調査結果です。調査の結果、企業における健康関連総コストのうち、プレゼンティーズムは77.9%、アブセンティーズムは4.4%を占めていることが判明したのです。ちなみに、プレゼンティーズムの算出方法はいくつかありますが、本調査では、「WHO健康と労働パフォーマンスに関する質問紙」を用いて、同様の仕事をしている人と対象者との過去4週間におけるパフォーマンス比として割り出した「相体的プレゼンティーズム」を採用。アブセンティーズムは、対象者へのアンケートで病欠日数を確認することによって算出しています。ちなみに、残りの17.6%は、医療費=15.7%、傷病手当金=1.0%、労働給付金=0.9%となっています。
平均(円) | 割合(%) | |
2014年度医療費 | 113,928 | 15.7% |
労災給付金 | 6,870 | 0.9% |
傷病手当金支給額 | 7,328 | 1.0% |
アンケート結果によるアブセンティーズム | 31,778 | 4.4% |
相対的プレゼンティーズム | 564,963 | 77.9% |
合計 | 724,868 | 100% |
参照:厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」p.35より一部抜粋
プレゼンティーズムによる損失額は年間どの程度?
厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」によると、従業員を健康リスクによって「低リスク群」「中リスク群」「高リスク群」に分類した場合、低リスク群のプレゼンティーズムによる年間損失額は約50万円とされています。一方、中リスク群・高リスク群の年間損失額は約70万円とされています。
たとえば、業務量過多のクリニックで、従業員の健康リスクが中リスク群~高リスク群だとして、従業員が5人の場合、5(人)×70(万円)=年間350万円の損失ということになります。また、いうまでもなく、健康リスクが中リスク群~高リスク群に該当する人は、医療費や傷病手当支給額も大きくなる可能性が高いということになります。
【健康リスクレベル別の健康関連コスト比】
健康リスク | 割合(%) | 健康関連コスト計 | 医療費 | 生産性 | |
プレゼンティーズム | アブセンティーズム | ||||
低リスク | 66.5% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% |
中リスク | 24.2% | 1.31% | 1.91% | 1.22% | 1.38% |
高リスク | 9.3% | 1.44% | 2.52% | 1.22% | 2.64% |
偏相関係数 | 0.085 | 0.1 | 0.05 | 0.067 |
参照:厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」p.36より一部抜粋
プレゼンティーズムによる影響
続いては、プレゼンティーズムによる具体的な影響をみていきましょう。
労働生産性が低下する
労働生産性が低下すると、従業員の給料がその働きに見合わなくなります。
従業員が休職したり退職したりすることがある
プレゼンティーズムを放置しておくと、最初のうちは低リスク群に該当する健康状態だったとしても、悪化して休職または退職にいたってしまうケースがあります。従業員が退職した場合の損失額は、退職時における年収の1/2程度とされています。かなりの損失となるので、早めにプレゼンティーズム対策を講じることが望ましいでしょう。
医療費が増える
前述の通り、プレゼンティーズムと医療費は密接に関連しています。たとえば睡眠障害によって日中の眠気が強い場合、ケアレスミスによって、患者をケアする側の看護師が怪我をしてしまうこともあるでしょう。また、先輩看護士などのパワハラが原因でうつ病を罹患することなどもありますが、いずれの場合も、怪我や病気の原因が業務中に起きていたら、平均賃金の60%に相当する休業補償を支払うことを余儀なくされます。
労災問題が発生する
仕事中の怪我や、パワハラ、セクハラ、長時間労働が原因の自殺などの労働問題が発生すると、損害賠償金の支払いが必要になります。
企業イメージが悪くなる
従業員の退職が相次いだり労災問題が発生したりすると、企業イメージが悪くなります。たとえば、新規スタッフを雇おうと募集をかけても、悪い口コミや悪い噂のせいでなかなかいい人材が集まらないことが考えられます。
クリニック従業員がプレゼンティーズムに陥る原因は?
続いては、クリニック従業員がプレゼンティーズムに陥る原因について考えていきましょう。
人材不足で休めない
人手が足りないことなどが原因で仕事量が多かったり、時短勤務のスタッフが多く、一人に集中して仕事が任されていたりすると、スタッフが心身に不調をきたしてしまうことが考えられます。
職場の人間関係が悪い
スタッフ同士の仲が悪かったり、セクハラ、パワハラが横行していたりすると、ストレスが溜まって心身を壊しがち。睡眠障害やうつ病を発症する場合もあります。
健康に対する意識が低い
クリニック側が働きやすい職場づくりを心がけ、スタッフ一人ひとりとの面談の時間も持ってしっかりケアしていても、スタッフの健康に対する意識が低く、暴飲暴食や夜遊びを続けていたら元も子もありません。ただし、この場合もクリニックに何も責任がないとはいえません。社会人なのだから自己管理は自分の責任であるとはいえ、最低限、医療人として自らの心身を整えることの大切さを諭したり、毎日眠そうな様子で出勤していたら注意をしたりといったことは心がけたいところです。
クリニックができるプレゼンティーズム対策は?
続いては、なるべくプレゼンティーズムを発生させないためにとるべき対策をみていきましょう。
プレゼンティーズム、アブセンティーズムを防ぐことの重要性を理解する
第一に、院長を含むスタッフ全員が、プレゼンティーズム、アブセンティーズムを発生させないことがいかに大切であるかを理解することが大切です。そのために、プレゼンティーズムやアブセンティーズムについて説明した資料をまとめるなどして知識を共有して、全員でこの問題に取り組むことが望ましいといえます。
スタッフの労働時間を管理する
プレゼンティーズム、アブセンティーズムを防ぐことが大切だとわかってはいても、過労働状態で心身ともに余裕が持てない状態であれば、プレゼンティーズムもアブセンティーズムも発生してしまう確率が高まります。そうならないように、適正人数のスタッフを採用して、労働時間をきちんと管理することが大切です。
1on1など、個別に話を聞く機会を設ける
すべてのスタッフが気持ちよく働けているかどうかを確認するために、定期的に1on1などの機会を設けることが望ましいといえます。クリニック業務が多忙でなかなか時間がとれない場合は、個別にChatworkなどでコミュニケーションをとる方法などもあります。
ITツールを積極的に導入して業務効率化を図る
ITツールを積極的に導入して業務効率化に努めれば、そのぶん無駄な残業などを省くことができます。たとえば、毎月のレセプト作成に時間がかかっているなら、電子カルテとレセコンを連携することで時短を図るのも一手です。
労働時間管理をしっかりとおこなう
休憩時間や休みに関しての不満は、心身の不調につながりがちです。そのため、日ごろからスタッフ一人ひとりの労働時間をしっかりと把握して、残業代などもきちんと支払うことが大切です。また、労働時間に関しては、スタッフ一人ひとりが心身を休められる考慮することも大切ですが、なかには「できるだけたくさん働いて稼ぎたい」と思っているスタッフもいます。そうした希望にはできる範囲で応えつつも、時間外同労の上限などはきちんと守ることが大事です。
福利厚生を充実させる
住宅手当やレジャー施設の割引制度をはじめ、福利厚生が充実していると、スタッフの「安心」や「心の平穏」につながります。また、子育てや介護をしながら働くスタッフのための制度も充実していると、より多くのスタッフが安心して働けるようになります。
プレゼンティーズム対策、アブセンティーズム対策の基本は「誰もが安心して働ける職場作り」
こうして考えると、プレゼンティーズム対策、アブセンティーズム対策の基本は、「誰もが気持ちよく働ける職場作り」に通じることがよくわかります。その実現のためには、スタッフ一人ひとりの声に耳を傾けることがとても大切。より働きやすい職場環境にするためにはどうすればいいか? を常に考えることが従業員の定着、ひいては生き生きと働くスタッフに接した患者の満足度向上にもつながります。結局はクリニックのためとなることなので、面倒がらずにきちんと対策をとることを心がけてくださいね。
特徴
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診療科目
この記事は、2023年6月時点の情報を元に作成しています。