クリニックを開業した暁には、経営の出口についても考える必要があります。開業したばかりであれば、そこまで考えが及ばないかもしれませんが、いずれは考えることが必要となる課題なので、早いうちに対策をとっておえば安心です。そこで今回は、開業医が知っておくべき相続税対策について詳しく解説していきます。
相続税の税率および控除額は?
まずは、相続税の税率は一般的にどの程度であるのかをみていきます。
相続税額は、相続などによって実際に取得した財産に直接税率を乗じる計算方法では算出できません。では、どのように計算するかというと、正味の遺産額から基礎控除額を差し引いた残りの額である「課税遺産総額」を、民法によって定められている相続分によって按分した額に税率を乗じます。
また、「民法によって定められている相続分」は、基礎控除額を計算する際に用いる法定相続人の人数に応じた相続分(=法定相続分)によって計算します。
具体的には、課税遺産総額を法定相続分に従って取得したと仮定して、各法定相続人の法定相続分に応じる取得金額を算定した後、この金額を下記に記す「相続税の早見表」に当てはめることで、相続税の総額を算出します。
【相続税の早見表】※令和5年4月1時点法令
法定相続分に応じる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | ― |
1,000万円超~3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超~5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超~1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超~2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超~3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超~6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
(相続税の計算例)
たとえば、課税遺産総額が2億2,000万円で、法定相続人が妻と子ども2人である場合、それぞれの法定相続分は1/2、1/4、1/4となり、法定相続分に応じる取得金額は、1億1,000万円、5,500万円、5,500万円となります。
これらの法定相続分に応じる取得金額を上記に記した「相続税の早見表」に当てはめると
法定相続分に応ずる取得金額(妻) 1億1,000万円 × 40% - 1,700万円 = 2,700万円
法定相続分に応ずる取得金額(子) 5,500万円 × 30% - 700万円 = 950万円
法定相続分に応ずる取得金額(子) 5,500万円 × 30% - 700万円 = 950万円
となり、各自の税額を合計すると、相続税の総額は4,600万円ということになります。
課税遺産総額に対して相続税の総額が少なくても支払うのは大変!
金額だけ見ると、課税遺産総額が2億2,000万円で相続税の総額が4,600万円なら簡単に支払うことができると思うかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。なぜなら、2億2,000万円という財産の大部分を占めているのが土地や建物、医療機器の評価額であるため、すぐに現金化できるとは限らないからです。
相続税が課される財産は?
土地や建物、医療機器以外にも、相続税が課される財産はあります。相続税が課される財産は、大きくわけると以下の4種類です。
被相続人が無くなった時点において所有していた財産
土地や建物、医療機器はこれに含まれます。そのほか、株式や公社債などの有価証券、預貯金、現金などのほかに、金銭に見積もることができるすべての財産が相続税の課税対象となります。
さらに、診療報酬の未受領分などもここに含まれることになります 。
みなし相続財産
被相続人の死亡に伴って支払われる生命保険金や退職金などは、相続によって取得したものとみなされるため、相続税の課税対象となります。ただし、生命保険金や退職金のうち、一定の金額までは非課税となります。
被相続人から取得した相続時精算課税適用財産
贈与税の課税方法には、「相続時精算課税」と「暦年課税」の2つがあります。
被相続人から生前に贈与を受け、贈与税の申告の際、相続時精算課税を適用していた場合は、その財産は相続税の課税対象となります。相続時精算課税を選択した相続人は、贈与された財産の贈与時の価額から、基礎控除額(1年につき110万円)を差し引いた残額に、20%の税率を乗じた贈与税が課されると同時に、110万円を超える部分に関しては相続税も課されます。
被相続人から相続開始前7年以内に取得した暦年課税適用財産
暦年課税は、被相続人から相続などによって財産を取得した相続人が、被相続人が亡くなった日から過去7年以内に被相続人から贈与された財産に対しては、贈与税と相続税が課されます。贈与税に関しては、「相続時精算課税」同様、1年間つき110万円の基礎控除額を差し引いた残額に、一般税率または特例税膣の累進税率を適用して算出した額が課せられます。相続税に関しては、令和6年1月1日に法律が改正となり、生前贈与加算が3年から7年へと4年延長されたことから、この4年間に贈与によって取得した財産の価額については、総額100万円まで加算されません。
ただし、令和6年1月1日をもって法律が改正となったことから、現状は経過措置がとられている状況です。どういうことかというと、令和12年末までに相続が開始となる場合、令和6年1月1日以降の贈与が相続税の対象で、相続開始前7年以内の贈与がすべて相続税の対象になるのは、令和13年1月1日以降に相続が開始する場合となります。
※ただし、「暦年課税適用財産」に関しては、上記PDF作成時とは条件が変わって「7年以内」となっています
参照:国税庁「令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」(令和6年1月1日施行)
相続税の申告と納税の期限は?
相続税の申告をする必要がある場合、相続人が相続の開始があったことを知った日(通常は被相続人が亡くなった日)の翌日から10か月目となる日までに、相続税の申告書提出および納税をおこなう必要があります。提出および納税先は、被相続人の住所地を所轄する税務署で、期限に遅れた場合は加算税および延滞税がかかります。
相続税について考えるべきことは、個人開業医なのか医療法人なのかで異なる
相続税について考えるべきことは、個人開業医であるのか医療法人であるのかで大きく異なります。
個人開業医の場合
個人開業医の場合は、前述した「相続税が課される財産」に何が該当するのかを把握することが最初の一歩となります。とはいえ、クリニックの土地や建物、医療機器、車両、医薬品などの、その時点での資産価値がどのくらいであるのかをきっちりと把握しておくことは簡単なことではありません。そのため、早い段階で顧問税理士に相談して、自身およびクリニックの資産についてしっかりと理解しておくことが賢明であるといえます。
医療法人の場合
では、医療法人の場合はどうかというと、「出資持分あり」か「出資持分なし」かでとるべき対策が変わります。2007年4月1日以降に設立した医療法人はすべて「出資持分なし」に該当するため、院長の死去などにともない法人を解散する場合、医療法人の財産は国のものとなることから、特別な対策は必要ではないといえます。しかし、「出資持分あり」の場合は、個人クリニック同様、相続対策について早めに考えることが必要ということになります。
とるべき相続税対策は、事業承継する人がいるかいないかでも異なる
開業医がとるべき相続税対策は、事業承継する人がいるかいないかでも大きく異なります。
事業承継する人がいる場合
事業承継する人がいる場合はいくつかの方法が考えられます。
医療法人化する
子どもなどがクリニックを承継する予定がある場合、医療法人化しておくことがおすすめです。前述の通り、これから医療法人化するのであれば例外なく出資持分なしとなるため、クリニックの資産は個人の相続対象から外れます。ただし、医療法人は利益剰余金を配当することができないため、事業が順調で利益剰余金が積みあがると、出資持分の評価額が高くなります。そのため、医療法人設立に際しては、承継と相続の両面を考えながら、個人の資産と医療法人の資産をバランスよく積み上げていくことが大切です。
配偶者や親族がMS法人を立ち上げる
さらに、配偶者や親族がMS法人を立ち上げて、院長と配偶者の所得を医療法人とMS法人に分散しておけば、自ずと相続税が安くなります。
医療法人で退職金を積み立てる
医療法人化した場合、個人の役員報酬を抑えて所得税を下げ、法人として退職金を積み立てるのも賢明です。なぜかというと、引退時に退職金を支払うことによって、医療機関の資産価値を下げることができるからです。
「個人版事業承継税制」を活用する
「個人版事業承継税制」とは、青色申告に係る事業をおこなっていた事業者の後継者として円滑化法の認定を受けた者が、個人の事業用資産を贈与または相続等によって取得した場合において、その事業用資産に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、後継者の死亡などによって納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。
ただし、贈与または相続等がおこなわれる期間が、令和10年12月31日までに限定されているので注意が必要です。
参照:国税庁「個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(個人版事業承継税制)のあらまし」
(事業承継する人が事前に決まっている場合)長期的な生前贈与
自分の子どもなどにクリニックを承継することを前々から決めている場合、生前贈与を長期的に利用することも一手です。
なぜかというと、先に述べた通り、被相続人から相続などによって財産を取得した相続人が、被相続人が亡くなった日から過去る前7年以内に被相続人から贈与された財産は相続税の課税対象となりますが、7年より以前に贈与された財産に関しては相続税の対象とならないからです(※ただし、前述の通り、令和12年末までに相続が開始となる場合は、令和6年1月1日以降の贈与が相続税の対象となります)
また、被相続人の死亡日以前7年以内に相続人が贈与を受けた場合であっても、1月1日から同じ年の12月31日までに贈与された財産の合計額が110万円以内であれば、年間110万円の基礎控除を受けられることから贈与税が発生しないため、1年に110万円以内で贈与し続けるのも一手です。
事業承継する人がいない場合
事業承継の予定がない場合にもいくつかの方法が考えられます。
M&Aを検討する
まずはM&Aを検討することがおすすめです。なぜかというと、事業承継する人がいなければ廃業となってしまいますが、多くの場合、クリニックで使っていたものの処分などに莫大な費用がかかるため、負の遺産になる可能性が高いためです。そのため、事業承継してくれる人を探しながらM&Aも視野に入れるのも一手であるといえます。
配偶者や親族がMS法人を立ち上げる
MS法人は、医療法人でも個人クリニックでも立ち上げることが可能です。立ち上げることが相続税対策になる理由については、事業承継する人がいる場合と同様です。
クリニックの土地や建物を医療法人に貸し出す
クリニックの土地や建物を院長から医療法人に貸すと、院長個人の不動産の評価額が下がるため、相続税対策となります。また、M&Aでクリニックを譲渡した場合、医療法人から賃貸収入を得ることで引退後の収入を確保できます。
「そのうち」「まだ早い」はご法度
冒頭でも触れた通り、開業したての医師が遺産相続について考えることはあまりないでしょう。しかし、相続のタイミングは誰にとってもいつ起こるかわからないもの。そのタイミングが明日訪れる可能性だってゼロではないわけです。残された家族に負担をかけないためにも、少しでも早い段階で遺産相続について考えることはとても大切。そうすることによって、院長先生ご自身が心に抱える負担も軽くなるはずですよ。
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この記事は、2024年3月時点の情報を元に作成しています。