将来的に開業を希望しているなら、開業に向けて準備しなければならないことがたくさんあります。医師としてのスキルの研鑽や事業計画の策定はもちろん、独立後にとるべき税金対策についての知識を得ることも必要です。理想的な税金対策を実現するためにも、まずは確定申告について正しく理解することが不可欠ですが、開業前と後とでは確定申告そのものに大きな違いがあります。どんな違いがあるのかを説明していきます。
確定申告とは?
確定申告とは、毎年1月1日から12月31日までの1年間に生じた所得の合計金額と、その金額に対する所得税の金額を計算して、源泉徴収された税金や予定納税額などがある場合には、その過不足を精算する手続きです。
原則として、その年分の所得金額の合計額が所得控除の合計額を超えていて、さらにその超えている金額に対する税額が、配当控除額および年末調整の際に控除を受けた住宅借入金等特別控除額の合計額を超える人は、確定申告をする必要があります。
ただし、給与の収入金額が2,000万円以下で、かつ給与を1か所から受けており、その給与については源泉徴収されており、給与所得および退職所得以外の所得金額が20万円以下である場合などは確定申告しなくてよいことになっています(※令和4年9月1日時点の法令において)
勤務医時代と開業後とで、確定申告にどんな違いがある?
前述の説明を読めばわかる通り、給与所得が2,000万円以下で、メインで働いている医療機関以外でアルバイトをおこなっていない勤務医などは、確定申告はしなくていいということになります。なぜかというと、年末調整を含めた所得税の計算は、勤務先の医療機関がおこなってくれるからです。
また、勤務医の所得の区分は「給与所得」となりますが、開業医の所得の区分は「事業所得」となることも大きなポイントです。ただし、開業医であっても、自院以外の病院やクリニックでアルバイトをすることがありますが、アルバイトで得た給与に関しては「給与所得」として申告することになります。
ちなみに、個人が1年間に得た収入は、内容によって10種類の所得区分にわけられています。「給与所得」も「事業所得」もそのうちの1種類で、残りの8種類を含めたすべての所得区分は以下の通りとなります。
所得区分 | 収入の内容 |
利子所得 | 預貯金や公社債などの利子(利息) |
配当所得 | 株式、投資信託などの配当 |
不動産所得 | 土地・建物などの貸付による収入 |
事業所得 | 農業や小売業、製造業などの収入 |
給与所得 | 勤務先からの給与や賞与 |
退職所得 | 勤務先からの退職金など |
山林所得 | 山林を伐採して売却したことで得た収入 |
譲渡所得 | 土地・建物、株式などの売却によって得た収入 |
一時所得 | 懸賞や福引の賞金・競馬の馬券の払戻金など一時的な収入 |
雑所得 | 上記のいずれにも該当しない収入 |
勤務医であっても確定申告が必要なケース
ちなみに、以下のいずれかに当てはまる場合、勤務医であっても確定申告が必要となります。
- 給与所得が2,000万円以上である
- 副業しており、年間20万円以上の所得がある
- 不動産所得など、給与所得以外の所得が年間20万円以上ある
- 複数の医療機関に勤務している
- 不動産所得などの赤字を差し引いて所得税を少なくしたい
事業所得とは?
続いては、開業医の所得の区分にあたる「事業所得」について詳しく説明していきます。
開業医の事業所得とは、「クリニックの主な収入を合計したもの(総収入金額)」から「必要経費」を引いた金額です。
クリニックの総収入金額とは?
クリニックの総収入金額の内訳は、「保険診療収入」「自由診療収入」「雑収入(医療行為以外の収入)」となります。それぞれの具体的な内容は以下の表の通りです。自由診療をおこなっていないクリニックであっても、患者が保険証を持参していない場合などは全額患者負担となるため、自由診療収入としてとらえることになります 。また、医師の家族などを診療した場合も同様に自由診療となります 。
収入の種類 | 具体的な内容 |
保険診療収入 | ・社会保険診療報酬 ・国民健康保険診療報酬 |
自由診療収入 | ・自費診療、人間ドック、予防接種、医療相談料、差額ベッド代 ・労災、交通事故、公害医療 ・人工妊娠中絶(ただし胎児死亡により搔爬手術が必要な場合、母体の生命を脅かす場合は保険診療収入に該当) ・患者が保険証を持参していない場合の診療 ・地方自治体から支給される報酬 ・老人保険証に定める医療以外の保健事業 ・家族などにおこなった診療代 |
雑収入 | ・公費負担医療の事務手数料 ・介護保険法に基づく認定調査料 ・患者紹介料 ・診断書の作成手数料 ・院内の自動販売機設置手数料 ・(歯科の場合)金属類の売却代金 ・健康食品、化粧品・美容液、歯ブラシなどの販売 ・原稿料や講演料など |
クリニックの必要経費とは?
クリニックの必要経費とは、クリニックの事業所得を得るために必要な出費のことです。代表的なものを以下に紹介します。
人件費
スタッフへの給与、雇用保険や厚生年金などの法定福利費、社員の飲食代や忘年会費用なども含む福利厚生費などを指します。人件費を必要経費として計上するにあたっては、給与明細書の控えなどを保存することが大切です。
青色事業専従者給与
原則として、生計を一にする配偶者やそのほかの親族に支払う給与は必要経費として認められませんが、青色事業専従者給与に関しては、必要経費として認められます。ただし、次の3つの条件に該当している必要があります。
① 青色申告者と生計を一にする配偶者そのほかの親族であること
② その年の12月31日時点で年齢が15歳以上であること
③ その年を通じて6か月を超える期間(一定の場合には事業に従事できる期間の2分の1を超える期間)、その青色申告者の事業にもっぱら従事していること
特に、3つめの条件に関しては税務署のチェックが厳しく、「業務量が極端に少ない」「資格を保有しているが勤務実態がない」などの理由によって税務署から認められないことがあるので、タイムカードや業務日数等の記録を残しておくことが大事です。
家賃・設備費
家賃、駐車場代、水道光熱費、通信費、医療機器などの購入費またはリース料などがこれに該当します。これらのうち、数年にわたって使用する者は、基本的に減価償却費として処理することになります。
また、クリニックが自宅と兼用の場合、固定資産税や修繕費、水道光熱費などは床面積や使用時間などで按分することが必要です。ガソリン代や車検費用など車両費に関しては、走行距離の割合で按分するか、または「診療日は事業用、休診日」などと使用日数で按分するとわかりやすいでしょう。
その他
その他、以下のような費用が必要経費として考えられます。
- 旅費交通費(交通費やホテル代)※ただし事業と関係ない旅行にかかった費用はNG
- 広告宣伝費(看板掲載料、パンフレット作製費用)
- 損害保険料(火災保険料、自動車保険料)
- 消耗品費(薬剤費・医療器具費・文房具費など)
- 利子割引料(借入金の1年分の利子)
- 接待交際費 ※交際費の領収書に相手先や人数、目的を記載することが必要
- 医師会などの諸会費
- 銀行振込手数料などの支払手数料
- スタッフの教育研修費
- 参考書籍費
- 贈答費
必要経費の計算方法は?
クリニックの必要経費の計算方法は2種類あり、その年ごとに、自院にとって有利なほうを選択できます。ひとつは、「実際にかかった金額を経費として計上する」方法で、もうひとつは「社会保険診療報酬の概算経費の特例」を適用する方法です。
「社会保険診療報酬の概算経費の特例」とは?
社会保険診療報酬の概算経費は、以下2つの条件を満たしている場合に適用となります。
- 社会保険診療報酬が5,000万円以下
- 自由診療収入と雑収入を含めた報酬総額が7,000万円以下
社会保険診療報酬の概算経費の速算表
社会保険診療報酬の概算経費は、以下の速算表をもとに算出できます。
【概算経費の算出方法】
収入の種類 | 具体的な内容 |
保険診療収入 | ・社会保険診療報酬 ・国民健康保険診療報酬 |
自由診療収入 | ・自費診療、人間ドック、予防接種、医療相談料、差額ベッド代 ・労災、交通事故、公害医療 ・人工妊娠中絶(ただし胎児死亡により搔爬手術が必要な場合、母体の生命を脅かす場合は保険診療収入に該当) ・患者が保険証を持参していない場合の診療 ・地方自治体から支給される報酬 ・老人保険証に定める医療以外の保健事業 ・家族などにおこなった診療代 |
雑収入 | ・公費負担医療の事務手数料 ・介護保険法に基づく認定調査料 ・患者紹介料 ・診断書の作成手数料 ・院内の自動販売機設置手数料 ・(歯科の場合)金属類の売却代金 ・健康食品、化粧品・美容液、歯ブラシなどの販売 ・原稿料や講演料など |
(具体例)
たとえば、社会保険診療報酬が4,000万円、実際に使用した経費が2,000万円の場合は以下のような差が出ることになります。
- 実際にかかった金額を経費として計上する場合
収入4,000万円-経費2,000万円=所得2,000万円
- 概算経費で算出する場合
収入4,000万円×57%+490万円=概算経費2,770万円
収入4,000万円-概算経費2,770万円=所得1,230万円
所得が2,000万円の場合と1,230万円の場合とでは、それに対してかかる税金の額も大きく違うため、社会保険診療報酬の概算経費の特例を利用することがどのくらい得かのイメージがつきやすいですよね。
社会保険診療報酬の概算経費に関する注意点
社会保険診療報酬の概算経費に関してはいくつか注意点があります。
社会保険診療報酬以外に関わる経費は、別途算出する必要がある
社会保険診療報酬の概算経費を利用する場合でも、自由診療など社会保険診療以外に関わる経費に関しては、実際にかかった金額を経費として計上する必要があります。購入したものによっては、社会保険診療と自由診療の両方の診療に使うことがありますが、このぶんの経費に関しては、収入割合が診療実日数割合などを基準として簡便法を用いて計算することになっています。
具体的には以下の計算式と調整率が定められています。
【自由診療割合の計算式】
自由診療の収入金額(または自由診療実日数)÷総収入金額(または総診療実日数)×調整率
【調整率】
診療科目 | 調整率 |
内科、耳鼻咽喉科、呼吸器科など下記以外 (美容整形を除く) |
85% |
眼科、外科、整形外科 | 80% |
産婦人科、歯科 | 75% |
「社会保険診療報酬の概算経費の特例」と青色事業専従者給与は同時に適用できない
「社会保険診療報酬の概算経費の特例」を適用した場合、前述した青色事業専従者給与が適用不可となります。そのため、節税上どちらが有利であるかをよく考える必要があります。以下2つめに該当する場合は、計算に時間がかかりますが、節税のためにも、どちらが有利であるかをハッキリさせることをおすすめします。
① 実額経費(青色事業専従者給与計上前)>概算経費:青色事業専従者給与を計上すれば、実額経費が必ず有利になる
② 実額経費(青色事業専従者給与計上前)+青色事業専従者給与>概算経費:実際に双方を計算しないとどちらが有利かわからない
③ 実額経費(青色事業専従者給与計上前)+青色事業専従者給与<概算経費:概算経費が必ず有利になる
開業医の所得税計算の流れ
続いては、事業所得・給与所得および必要経費の算出後の所得税計算の流れを説明します。
損益通算
事業所得や給与所得とは別になんらかの所得があるなら、損益通算をおこないます。
たとえば、賃貸用不動産を所有していれば不動産所得、株式を保有していれば配当所得なども所得として申告する必要がありますが、これらの所得のなかに損失や赤字がある場合、そのぶんを他の所得から差し引くことを「損益通算」といいます。たとえば、不動産所得の赤字を事業所得から引くケースなどがあります。ただし、株や不動産の譲渡による損失に関しては、事業所得から差し引くことができません。
純損失または雑損失の繰越控除
損益通算をしてもマイナスとなることは十分あり得ます。特に開業直後は、売上高より経費のほうが大きくなることはよくあることです。損益通算をしても損失があることを「純損失」といいますが、純損失は、青色申告書を提出していれば、3年間まで繰り越すことが可能です。繰り越すことで、その後、黒字となった年の税額を抑えることができるというわけです。ちなみに、個人開業医の場合は3年間ですが、医療法人の場合は10年間繰り越すことが可能です。
また、災害で被害を受けたことによって損失が出た場合、青色申告の有無にかかわらず繰り越し控除を受けることができます。災害や盗難被害にあって大きな損失が出て、その年のマイナスだけでは吸収できない場合、「雑損失」も計上できます。雑損失は、青色申告の有無にかかわらず、3年間(医療法人の場合は10年間)繰り越すことができます。
青色申告特別控除
青色申告特別控除として、以下の3つの控除のうちいずれか1つの控除を受けることができます。
65万円 | 「55万円の青色申告時別控除」の要件を満たし、さらに電子帳簿保存をおこなうかe-Taxを用いて確定申告をしている場合に適用 |
55万円 | 以下3つの条件をクリアしている場合に適用 (1)不動産所得または事業所得であること (2)複式簿記により記帳していること (3)複式簿記に基づいて作成した貸借対照表および損益計算書を確定申告書に添付していること |
10万円 | 「65万円の青色申告特別控除」および「55万円の青色申告特別控除」の要件に該当しない場合に適用 |
ただし、青色申告の提出期限を1日でも過ぎて提出すると、上記条件に該当していても65万円および55万円の控除は受けることができず、控除額が10万円に減額されるので注意が必要です 。
所得控除
要件に当てはまる場合、所得の合計金額から一定の金額を差し引くことができます。これを「所得控除」といいます。所得控除には次の種類があります。
種類 | 対象となる要件 |
雑損控除 | 災害または盗難もしくは横領による被害を受けた場合、次のいずれか多いほうの金額が控除される (1) (損害金額+災害等関連支出の金額-保険金等の額)-(総所得金額等)×10% (2) (災害関連支出の金額-保険金等の額)-5万円 |
医療費控除 | その年の1月1日から12月31日までの間に自己または自己と生計を一にする配偶者やその他の親族のために医療費を支払った場合において、その支払った医療費が一定額を超えるときは、その医療費の額を基に計算される金額の所得控除を受けることができる |
社会保険料控除 | 納税者が自己または自己と生計を一にする配偶者やその他の親族の負担すべき社会保険料を支払った場合には、その支払った金額について所得控除を受けることができる |
小規模企業共済等掛金控除 | 納税者が小規模企業共済法に規定された共済契約に基づく掛金等を支払った場合には、その支払った金額について所得控除が受けられる |
生命保険料控除 | 納税者が生命保険料、介護医療保険料および個人年金保険料を支払った場合には、一定の金額の所得控除を受けることができる |
地震保険料控除 | 納税者が特定の損害保険契約等に係る地震等損害部分の保険料または掛金を支払った場合には、一定の金額の所得控除を受けることができる |
寄附金控除 | 納税者が国や地方公共団体、特定公益増進法人などに対し、「特定寄附金」を支出した場合には、所得控除を受けることができる。ふるさと納税などもこれに該当 |
障害者控除 | 納税者自身、同一生計配偶者または扶養親族が所得税法上の障害者に当てはまる場合には、一定の金額の所得控除を受けることができる |
寡婦控除 | 納税者自身が寡婦であるときは、一定の金額の所得控除を受けることができる |
ひとり親控除 | 納税者がひとり親であるときは、一定の金額の所得控除を受けることができる |
勤労学生控除 | 納税者自身が勤労学生であるときは、一定の金額の所得控除を受けることができる |
配偶者控除 | 納税者に所得税法上の控除対象配偶者がいる場合には、一定の金額の所得控除が受けられる |
配偶者特別控除 | 配偶者に48万円(令和元年分以前は38万円)を超える所得があるため配偶者控除の適用が受けられないときでも、配偶者の所得金額に応じて、一定の金額の所得控除が受けられる場合がある |
扶養控除 | 納税者に所得税法上の控除対象扶養親族となる人がいる場合には、一定の金額の所得控除が受けられる |
基礎控除 | 確定申告や年末調整において所得税額の計算をする場合に、総所得金額などから差し引くことができる控除。控除額は、納税者本人の合計所得金額 によって下記の通り区分 ・2,400万円以下 :48万円 ・2,400万円超2,450万円以下 :32万円 ・2,450万円超2,500万円以下 :16万円 ・2,500万円超 :0円 |
参照:国税庁「所得控除のあらまし」※令和5年4月1日時点法令等
課税所得
総収入金額から必要経費を引いた後、「損益通算」「純損失または雑損失の繰越控除」「青色申告特別控除」「所得控除」を引いた金額が、「課税所得」(=課税される所得金額)となります。
課税所得にかかる税率と控除額は以下の表の通りです。ただし、令和19年までの各年分の確定申告においては、所得税と復興特別所得税(原則としてその年分の基準所得税額の2.1パーセント)を併せて申告・納付することとなります。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000円 から 1,949,000円まで | 5% | 0円 |
1,950,000円 から 3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
3,300,000円 から 6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
6,950,000円 から 8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
9,000,000円 から 17,999,000円まで | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円 から 39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円 以上 | 45% | 4,796,000円 |
税額控除
住宅借入金棟特別控除(住宅ローン控除)や配当控除などの税額控除があれば、最後にそれも差し引くことができます。ちなみに、寄付に関しては、寄附金特別控除(税額控除)か寄附金控除(所得控除)のどちらか有利なほうを選んで構いません。ただし、一般的には税額控除のほうが有利になることが多いです。
所得控除の抜けがないかどうかよくチェックしよう!
所得控除を上手に活用することで、課税所得額を大幅に抑えることができます。社会保険料控除や生命保険料控除をはじめ、ほとんどのものは自分で金額を調整することができませんが、寄附金控除や小規模企業共済等掛金控除に関しては、いくら使うかを自分で決めることができます。これらをうまく活用することによって、上手に節税してくださいね。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2024年3月時点の情報を元に作成しています。