クリニックの運営において、スタッフの人事管理は重要な課題の一つです。特に、スタッフの行動は、クリニックの業務遂行や患者へのサービス提供に直接的な影響を与えます。本コラムでは、クリニック目線でスタッフへの対応方法と退職勧奨の適切な進め方について解説し、クリニックの院長が直面するお悩みの解決を目指しています。
「辞めさせたい!」と、つい思ってしまうスタッフの行動と対処法
「辞めさせたい!」と、つい思ってしまうスタッフの典型的なパターン
「辞めさせたい!」と思ってしまうスタッフには、比較的共通の特徴が見られます。
多くの場合、こういったスタッフは職務に対するモチベーションの低下、頻繁な遅刻や欠席、他のスタッフや患者に対する非協力的な態度を示します。
具体的には以下のようにパターン化できます。
このようなスタッフの行動はクリニックの士気に悪影響を及ぼすだけでなく、全体の業務効率や患者への対応の質に影響を与える可能性があります。
対処法:適切な指導方法と退職勧奨
先ほどのようなスタッフがいる場合、先生方が「辞めさせたい!」と思ってしまうのも、お気持ちはよくわかります。
しかし、トラブルを最小限に抑えるために、まずは「適切な注意・指導、教育」をすることが大切です。
このようなスタッフのパターンに沿った対策は以下の通りです。
パターン | 対策 |
ローパフォーマー | 相当期間、注意指導を行い、改善の機会を提供する |
非違行為を行う | 非違行為の程度によって異なる対応を実施する |
協調性を欠く | 具体的に問題となる行動を指摘し、注意・指導を口頭や書面で実施 |
指示に従わない | 口頭で注意・指導の後にも改善されなければ書面で注意・指導を実施 |
無断欠勤を続ける | 繰り返し研修や指導を実施し、スタッフに改善の機会を与える |
ポイントは口頭だけではなく、記録に残る形でも対応することが重要です。
また、これらの対応を根気強く行ったにも関わらず、改善が見られない場合に退職勧奨という選択肢が出てきます。根気強く行う必要があるので、1回も注意・指導をしたことがないのに、いきなり退職勧奨をしようとするのは止めてください。
例えば、新卒の場合で社会人の基礎的な部分の注意指導に2か月も費やす必要は無いと思いますが、反対に看護師長のような役職がある人の場合に2週間しか指導しないというのは短すぎるという考え方になってきます。ケースバイケースな対応を求められますので専門家の相談を受けることをおすすめします。
退職勧奨と解雇は似ているようで大きく異なりますので、後ほどご説明致します。
事例に学ぶ:適切な指導方法の事例
あるクリニックでは、遅刻癖のあるスタッフに頭を抱えていました。今までは遅刻をしても適当に済ませてしまっていました。そこで、しっかりと遅刻の都度、口頭で注意指導を行うようにし、それでも続いていたため、注意指導書も活用してその都度記録として残す対応に切り替えました。注意指導書が複数枚にわたり、院長先生も「さすがにもう…」と考え、次回遅刻を行った場合は懲戒発令することを明確に記載しました。すると、遅刻をすることが無くなりました。このように、根気強く指導をしていくことで状況が改善される結果となりました。
退職勧奨と解雇の法的な違い
退職勧奨と解雇は似通ったイメージで混同されがちですが、法的には大きな違いがあります。
退職勧奨とは
退職勧奨は、クリニックがスタッフに自発的に退職を促すもので、退職勧奨の際は、その提案を受け入れるかどうかはスタッフに自由があり、強制的な要素は含まれません。
解雇とは
解雇は、スタッフの意志とは無関係に、クリニックが雇用関係を終了させる行為です。通常、重大な違反行為や能力不足が理由で行われ、法的な手続きや正当な理由が求められます。
法的リスクを最小限に抑えるためのチェックポイント
退職勧奨を行う際には、以下の点を確認し、遵守することが重要です。
圧力禁止 - スタッフに対して不当な心理的圧力を加えることは禁止されています。過度な長時間の面談や退職以外の選択肢がないように感じさせること、名誉感情を不当に害する言動は避けるべきです。
法令遵守 - 退職勧奨を行う前に、解雇と退職勧奨を明確に区別し、スタッフの同意を得て行うことが重要です。面談は適切な時間内で行い、専門家のアドバイスを受け、法的に適切な対応を行いましょう。
記録保存 - 退職勧奨の過程でのやり取りや決定事項について、詳細な記録を残すことが重要です。面談の内容やスタッフの反応、進行状況を文書で記録し、証拠として提示できるようにしましょう。
適切な退職勧奨の進め方
退職勧奨の言い方とタイミング
退職勧奨はとてもデリケートな内容です。言い方とタイミングが非常に重要なポイントになります。言い方としては、以前から何度も指導しながら改善を促したが問題点が改善されなかったという、クリニック側が雇用を継続するために努力してきたことを伝えましょう。その上で、スタッフのやりたい仕事とクリニックが求める業務が合わないことを話しましょう。注意点として、本人の人格を否定するようなことは言ってはいけません。タイミングとしては、何度も注意をした後、実際にスタッフが業務上の問題を自覚している時が適切です。
タイミングがポイント:最適な時期とは?
退職勧奨を行う最適な時期としては、スタッフが新しい職務に適応しようとする意欲が低下している時や、クリニック内での役割が変更された際に自然な流れとして提案するのが良いでしょう。これによって、スタッフ自身のキャリアパスを再考する良い機会を持つことができます。
法的観点から見た適切な進め方
退職勧奨は進め方を誤ると慰謝料等の損害賠償責任にも発展しかねません。適切な進め方を実施することで、リスクを避けることができます。具体的な進め方は以下の通りです。
1.退職勧奨の背景を整理する
2.個室でクリニックとしての考えを伝える
3.退職の時期や金銭面等の条件を決め、合意書を締結する
4.退職手続きを行う
誤った退職勧奨の進め方とそのリスク
よくある間違いと法的な問題点
誤った退職勧奨は、クリニックに対する法的なリスクだけでなく、クリニックの評判に対する損害をもたらす可能性があります。よくある間違いには、透明性の欠如、不公正な扱い、そして何よりも、スタッフに対する不当な圧力が含まれます。これらの行動は法令違反に該当する可能性があり、スタッフからの訴訟につながることがあります。
誤った退職勧奨の具体例と対策
例えば、あるクリニックの院長先生が勤務態度を理由にスタッフに退職勧奨をした場合、そのスタッフに対して今まで特に注意指導をしていなければ、クリニックの指導不足として不当解雇となる可能性が高いです。退職勧奨に至るまでの経過として、クリニックが注意指導の手を尽くしているかどうかが問われるからです。また、退職勧奨を過度に繰り返すことも違法となる可能性がありますし、一度退職勧奨をしたスタッフと再度関係性を構築することは大変厳しいです。退職勧奨に応じない場合は、解雇に進まざるを得なくなることも踏まえて十分な検討が必要です。
まずは、退職勧奨を行わなくても済むように粘り強く注意指導を行いながら、万が一の時のためにしっかりとプロセスを積み重ねていくことが求められます。
採用戦略:問題のあるスタッフを採用しないために
採用活動の改善方法
効果的な採用戦略として、最初から適切な候補者を選定することにより、将来的な人事トラブルを減少させることができます。これには、候補者のスキルだけでなく、その人格やクリニックの文化、他のスタッフとの相性も踏まえて判断することが含まれます。
面接の評価ポイント
採用過程で最も重要なのは、面接中に正確な評価を行うことです。これには、候補者に対する具体的かつ関連性の高い質問を用意することが不可欠です。
面接技術:どの質問が重要か?
候補者の技術的スキルを評価するだけでなく、その倫理観、協調性、圧力下での対応能力を把握する質問が重要です。例えば、「困難な患者さんがいた場合にどのように対応しましたか?」や「緊急時における優先順位のつけ方について教えてください」といった質問が役立ちます。それ以外にも、短期間の転職を繰り返している場合はその背景に何があるのか質問することや、院長先生と他のスタッフとの相性を会話の中で確認も効果的です。また、メンタルヘルス状況を確認することも重要です。業務に支障が出る可能性があるため、治療中か服薬中か、過去にメンタルヘルス不調で休職した経験があるかを質問しましょう。ただし、業務に関係のない質問は避け、現在完治しているかを重視してください。長時間労働が原因でメンタル不調になった場合は、その期間や残業時間を具体的に確認しましょう。例えば、毎月20時間の残業で不調になった場合は、再発リスクを考慮する必要があります。プライバシーに配慮しながら、業務に関連する質問を行うことが大切です。もし面接時に気になったことがあれば、その場で確認するようにしましょう。
試用期間の導入
採用期間を設けることで、候補者のスキルや適性を実際の業務を通じて確認できます。一定期間(例:3ヶ月)試用契約を結び、その後正式採用するか判断します。デメリットとしては、採用期間中の不安定な雇用関係が候補者にストレスを与える可能性があるため、事前に明確な評価基準を設定し、公平に評価することが重要です。試用期間中、1on1のミーティングなどを設け、適切なコミュニケーションも忘れずにしましょう。また、試用期間とは言え、改善のための注意・指導はしっかりと行いましょう。本採用拒否は解雇と同等程度の事由が無ければ難しいです。試用期間を延長するという方法もありますが、その場合は就業規則に「延長する可能性がある」ときちんと記載しておきましょう。うやむやでよくわからないまま試用期間が終了して、後から「うちのクリニックには合わない!」と言うことを当法人も多くの院長先生から聞きますが、絶対に止めてください。適度な緊張感のある試用期間を活用して、職員とクリニックの方向性をすり合わせしましょう。
退職勧奨と採用に関するQ&A
クリニックの院長から寄せられた、退職勧奨と採用に関するよくある質問にお答えします。
Q: 退職勧奨をする際に、法的なトラブルを避けるために最も重要なポイントは何ですか?
A: 退職勧奨を行う際には、事前の注意指導をし尽くしているかが最も重要です。具体的には、退職勧奨の理由の背景として、これまでクリニックが改善のために行ったことを明確にし、その内容を文書化して記録することが不可欠です。また、退職勧奨に応じるか否かは、個人の意志に基づいた任意の選択であることもスタッフに理解させる必要があります。上述の「対処法:適切な指導方法と退職勧奨」では、注意指導の回数や期間の例を記載していますので、ご確認ください。
Q: 効果的な採用をするためのポイントは何ですか?
A: 効果的な採用をするためには、複数の要素を考慮することが重要です。まずは、求めるスキル、経験、資質を明確にします。次に、面接においては、技術的なスキルだけでなく、候補者の人間性や院長先生や他のスタッフとの相性を評価する質問を用意することが重要です。職務経歴も忘れずに確認してください。面接時にしてはいけない質問もありますので、厚生労働省のガイドライン「公正な採用選考の基本」もご確認ください。
まとめ
本コラムでは、「辞めさせたい!」と、つい思ってしまうスタッフへの対応と退職勧奨の適切な進め方について解説しました。これらの知識を活用することで、クリニックの人事労務管理がより効果的になり、クリニックの運営がスムーズに進む一助となれば幸いです。次回は、クリニック運営に必要不可欠な、医師の休みや休みを多くするための方法を中心に掲載いたします。是非ご確認ください。
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2024年6月時点の情報を元に作成しています。
執筆 社会保険労務士法人アミック人事サポート代表社員/社会保険労務士/医療労務コンサルタント | 高橋友恵
2004年アミック労務管理事務所を開設。2010年に株式会社日本医業総研にて人財コンサルティング部マネージャーとして人事コンサルティング・接遇講師・院内業務改善コンサルティング等を実施後、2016年に社会保険労務士法人アミック人事サポートを設立。医療機関特有の人事労務に精通し、これまで350件の関与実績がある。
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