医療法人という言葉を見聞きする機会は多いですが、医療法人社団と医療法人財団の違いや、それぞれの特徴について説明できる人は少ないかもしれません。そこで今回は、医療法人について詳しく解説していきます。
医療法人とは何か
まずは、医療法人について解説します。
医療法人は、医療法第39条で次のように定められています。
第39条:病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設または介護医療院を開設しようとする社団または財団は、この法律の規定により、これを法人とすることができる
第39条の2 :前項の規定による法人は医療法人と称する
では、医療法人は何のために設立するかというと、主な目的は、医療施設または介護老人保健施設を運営して、患者や利用者に医療または介護を提供することです。医療の提供は病院やクリニックでもできることでは? という疑問が沸きますが、病院やクリニックとは異なり、医療法人は基本的に非営利組織です。つまり、利益を得ることを目的としておらず、収益は医療施設・介護老人保健施設および患者・利用者に提供する医療・介護に再投資されます。
また、病院やクリニックとは異なり出資持分がないことも、医療法人の特徴です。ただし、2007(平成19)年以前は持分あり医療法人の設立が認められていたため、持分あり医療法人は一定数存在しています。
医療法人社団と医療法人財団はどう違う?
医療法人には、医療法人社団と医療法人財団があります。
この2つはどう違うかというと、まず、医療法人社団は複数人が集まって設立する法人です。出資した人は社員となって、経営に関わっていくこととなります。また、出資のほかに、外部から基金を集める「基金拠出型」での設立も可能とされています。ただし、基金には返済義務があります 。一方の医療法人財団は、一般的に、個人や法人が無償で寄付した財団を使って設立されます 。
なお、2023(令和5)年3月時点における、医療法人社団と医療法人財団の数は次の通りです。
なぜこれほどまでに差があるかというと、先に述べた通り、医療法人財団は無償の寄付によって設立されるという性質があるためです。
また、組織の構成にも違いがあります。
医療法人社団は、「社員総会」「理事会」「監事」の3つの機関によって成り立っています。社員総会とは、社員で構成される、医療法人社団の最高意思決定機関です。「社員」とは“従業員”という意味ではなく、株式会社でいうところの株主のような存在で、医療法人社団設立の際には3名以上必要とされています。理事会は主に業務執行の決定をおこなう機関で、監事はその監査役です。性質上、監事は社員や理事を兼ねることができません。監事は設立時に最低1名必要です。
財団法人社団は、最高意思決定機関である「評議会」、医療法人財団において実質的な運営をおこなう「理事会」、「監事」の3つの機関によって成り立っています。設立時に必要な人数は、評議会=4名、理事会=3名、監事=8名です 。
医療法人化のメリットとは
続いては、医療法人設立のメリットをみていきます。医療法人を設立するメリットは主に4つ考えられます。
それぞれ詳しく解説していきます。
社会的信用が得られる
個人経営の場合と比べて社会的信用を得やすいため、「融資が受けやすくなる」「優秀な人材を確保しやすい」といったことが期待できます。なぜ社会的信用を得やすいかというと、前述の通り非営利であることから、患者や社会から好印象を持たれやすいのです 。
また、監査報告書や事業報告書などを提出する必要があることから、財務に関しても信頼を得やすいうえ、財務管理しやすくなります。
節税効果が見込める
医療法人は税制面で優遇されます。クリニックの場合、売上から経費を差し引いた事業所得に対して最大で税率45%の所得税がかけられますが、医療法人の場合、最大で税率23.2%であるため節税効果が見込めます。さらに、収入は医療法人から役員報酬として得られるため、給与所得控除も受けられますし、家族がいる場合、役員報酬を分配すれば世帯での課税額も抑えられます。また、医療法人の財産は国や地方自治体、その他の医療法人に属することから、相続税の負担もかかりません。
事業規模を拡大しやすい
医療法人化すれば、分院や介護事業所などの複数施設の経営が可能となります。施設数が増えるとそのぶん売上が増加しますし、スタッフの離職で人手が足りなくなったときに、スタッフ数が多い施設から異動してきてもらうなど柔軟に対応できるようになります。
事業承継しやすい
医療法人の事業承継手続きは、理事長交代のみです。建物や設備、土地などの財団は医療法人に帰属するため、個人経営のクリニックのように、閉院手続きおよび後継者による開院手続きが必要ありません。また、事業承継の際に相続税や贈与税が課されないのも大きなメリットです。
医療法人化のデメリットとは
続いてはデメリットを解説します。医療法人化のデメリットとしては、主に以下の点が挙げられます。
それぞれ詳しくみていきます。
運営上、必要な業務が増える
医療法人化すると、運営面においてやらなければならないことが増えます。まず、毎年の決算終了後、3か月以内に都道府県知事に対して事業報告書を提出することが必要になります。さらに、役員重任の登記、資産総額の登記、年1回の監事による監査、年2回の社員総会・理事会の開催も必要です。
これらの準備や開催に多くの時間をとられることになるため、診療時間以外の時間も忙しくなる期間が年に何度も訪れることになります。そうなったときに診療が疎かになったり、時間に追われたことで平常心を欠いてミスをしたりすることのないよう、きちんとスケジュール管理することが大切です。
運営費が大きくなる可能性がある
医療法人化すると、健康保険、介護保険、厚生年金などへの加入が必須となります。社会保険料の掛け金は給与の約3割で、その5割を医療法人が負担することになるため、運営費が大きくなる可能性が高いといえます。
また、社会保険料関連の手続きや管理を税理士や司法書士、行政書士などに依頼した場合、当然ですが依頼料も加算されることになります。
医療法人化のタイミングで借入金をすべて返済する必要がある
個人経営のクリニックを開業するにあたっての借入金の返済が終わっていない場合、医療法人化にあたって、そのすべてを医師の役員報酬から返済しなくてはなりません。そのため、クリニックの借入金の返済が済んでいないタイミングで医療法人化することは、金銭的リスクが大きいといえます。
ただし、医療機器にかかった設備投資費は引き継ぎ可能なので、将来的に医療法人化したいと考えている場合、借入金を返し終わるタイミングや、借入金を何に充てるかを考えておくことが望ましいといえます。
解散する場合の手続きが面倒である
医療法人を解散する場合、都道府県に届出を提出して、法務局で解散の登記をおこなわなくてはなりません。また、解散の理由によっては解散許可申請が必要で、許可されるまでにかなりの時間を要すこともあります。
(医療法人社団の場合)基金拠出型で設立した場合、返済に備える必要がある
前半に述べた通り、医療法人社団は、設立する社員による出資もしくは外部から基金を集める基金拠出型の設立となりますが、基金拠出型である場合、基金には返済義務があります。そのため、返済しなくてはならないことを想定して運営を進めていくことが不可欠です。
(医療法人財団の場合)乗っ取られる可能性がある
先に述べた通り、財団法人社団は、最高意思決定機関である「評議会」、医療法人財団において実質的な運営をおこなう「理事会」、「監事」の3つの機関によって成り立っており、理事は評議会で選任される必要があります。つまり、選任されなければ、医療法人を乗っ取られる可能性があるということになります。
一方、同じく先に述べた通り、医療法人社団の最高意思決定機関は社員ですが、社員は理事と兼務可能であるため、理事の選任が妨害される可能性は極めて低いといえます。
医療法人化の 9つのステップ
続いては、医療法人化の手続きを解説していきます。医療法人化するためには、以下の9つのステップを踏む必要があります。
1. 設立事前登録
2. 医療法人設立説明会
3. 定款の作成
4. 設立総会の開催
5. 設立認可申請書の作成・提出
6. 設立認可申請書の審査、医療審議会による審査
7. 設立認可書受領
8. 設立登記申請書類の作成
9. 税務署や保健所などの関係各所での手続き
それぞれ詳しく解説していきます。
設立事前登録
最初に、設立事前登録をおこないます。事前登録の方法は自治体によって異なるので、「医療法人設立 事前登録 (エリア名)」などで検索して該当するページを確認するといいでしょう。
例として、東京都の場合は以下のようなページが用意されています。
参照:東京都「医療法人設立、解散、合併認可等に係る年間スケジュール(令和6年度)
医療法人設立説明会
事前登録後は、年2回開催される「医療法人設立総会」に参加することが必須です。開催の日時、会場で開催なのかオンラインでも参加できるのかは、自治体によって異なります。
定款の作成
医療法人の定款を作成します。定款で最低限定めておくべきことは以下の項目とされています。
また、厚生労働省のホームページに掲載されている「社団医療法人の定款例」も参考になります。
設立総会の開催
定款を作成したうえで、設立者3名以上による設立総会を開催して、その議事録を残します。設立総会内で決議して、議事録に記載しておくべき内容は次の通りです。
議事録のサンプルも、各自治体のホームページに用意されているので、作成の際には参照することをおすすめします。
設立認可申請書の作成・提出
設立認可申請書を作成して提出します。設立認可申請には「仮申請」と「本申請」があり、仮申請において指摘された箇所を修正しなければ本申請には進めません。
なお、申請書の受付期間は自治体ごとに決まっているため、予め申請書の受付期間を確認したうえで、法人化手続きを進めるスケジュールを決めていくことをおすすめします。
参照:東京都「医療法人設立、解散、合併認可等に係る年間スケジュール(令和6年度)
設立認可申請書の審査、医療審議会による審査
設立認可申請書の書類審査に通過すると、知事からの諮問を受け、都道府県の医療審議会による審査が実施されます。
なお、設立認可申請書の審査においては、書類審査に加えて、医療法人の代表者の面談審査や実地審査もおこなわれるので、必要に応じて準備を進めておきましょう。
設立認可書受領
設立認定申請書の審査および医療審議会による審議に通過したら、設立認可書が発行されます。設立認可書が発行されたら、医療法人設立の許可が得られたということです。
設立登記申請書類の作成
設立認可書受領後2週間以内に、設立登記申請書類を作成して登記をおこないます。登記する項目は次の通りです。
税務署や保健所などの関係各所での手続き
登記が完了したら、関係各所で手続きします。具体的には以下の手続きが必要です。
名義変更
電気・ガス・水道・銀行口座・電話などの契約をおこなうことが必要です。
税務署での手続き
法人設立届出・個人事業廃止届・青色申告承認申請書・給与支払事務所開設届・源泉所得税の納期特例の承認届出書に関する手続きをおこないます。
中小企業事業団の手続き
中小企業退職金共済掛金の変更・小規模企業共済の共済金請求の手続きをおこないます。
社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会での手続き
保険医療機関届や社保・国保の入金指定に関わる手続きをおこないます。
厚生局での手続き
法人の保険医療機関指定申請書・個人の保険医療機関指定廃止届の手続きをおこないます。
保健所での手続き
診療所の開設許可申請・診療所使用許可申請(有床医療機関の場合)・法人診療所開設届・個人診療所廃止届の手続きをおこないます。
その他の手続き
その他の手続きとしては、都道府県税事務所や市町村への事業開始届出書の提出、医師会への入会、取引銀行への借入金に関する手続き、リース会社へのリース契約変更手続きなどが挙げられます。
医療法人化が望ましい場合
続いては、どのようなクリニックは医療法人化することが望ましいかを考えていきます。
医療法人化することのメリットである「節税効果がある」「事業の幅を広げやすくなる」「分院を展開できる」などに大きな魅力を感じている場合、医療法人化を検討してもいいかもしれません。
ただし、前述の通り、運営管理が大変などのデメリットもあるので、メリット・デメリットをよく考えることが大切です、
医療法人化が望ましくない場合
分院設立などによって規模を大きくしていきたいという考えがない場合、医療法人化によって得られるメリットはあまりないといえるでしょう。また、運営管理が煩雑化することに不安を感じていて、なおかつ一緒に設立するメンバーに運営管理を得意とする人がいない場合も、考え直したほうがいいかもしれません。
医療法人化の検討は慎重に!
ここまで説明してきた通り、医療法人化にはメリットがある一方、デメリットもあれば、医療法人化したほうがいい場合もそうでない場合もあります。そのため、医療法人化を検討する際は、自院にとってはどちらが好都合であるのか、自分の希望としてはどうしたいのかをよく考えて、後悔のない決断をしてくださいね。
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この記事は、2025年1月時点の情報を元に作成しています。