クリニックを開業してから3年以上経過すると、経営も安定するといわれています。徐々に経営が軌道に乗ってくると、「分院展開」を視野に入れる医師もいます。
しかし、一軒目のクリニックが成功していても、二軒目も必ず成功するとは限りません。関わる人数が増えることで、トラブルも起きやすくなります。
今回は、トラブルを防いで分院展開をするための注意点を解説します。お話をしてくださったのは、医院開業や増患対策など、医院経営を30年以上サポートしてきた経験を持つ、湯沢会計事務所・所長の湯沢勝信さん。
分院の利点、注意点を把握して、事業拡大の参考にしてみてください。
【メリット】分院展開で売り上げ増加・集患が見込める
まずは分院展開のメリットを紹介します。分院開設の大きなメリットは、売り上げ増を見込める点です。
分院展開をすると、診療圏を拡大できます。そして、今開業しているところよりも良い場所、より患者さんを呼べるようなところでもう一度開業できるチャンスも得られます。
特に美容外科や美容皮膚科は、池袋院、新宿院、渋谷院…といったように、集患が見込める主要なエリアで分院を開設することにより、より多くの患者さんを獲得してより多くの利益を目指すという展開をしています。
それ以外にも、本院と分院で機能をある程度分けているクリニックもあります。
眼科を例にとると、本院では手術ができる設備を整え、サテライトの分院では手術が不要な患者さんを軽装備で診察します。分院の患者さんで手術が必要になると、本院に患者さんを紹介します。
このように、本院と分院でそれぞれの診療の役割分担をして、患者さんを逃すことなく運営する仕組みをとり、売り上げを立てることも可能です。
【デメリット】スタッフの雇用・マネジメントが必要
分院展開にはデメリットもあります。それは、スタッフの雇用・マネジメントにかける時間や手間が増える点です。これまで経営がうまくいっていたものの、分院展開でスタッフが増えたことにより、管理しきれなくなるということも起きます。
分院を1軒展開するだけなら、本院の院長だけで管理しきれるケースもありますが、3医院以上になると、一般的にマネジメントを専門で行う事務長が必要です。マネジメント専門の人がいないと、診療と経営をスムーズにまわすことが難しくなります。
医師は、経営やスタッフのサポートまで完璧にできるスーパーマンではありません。分院展開をすると、本院長の目の届かない別の場所で分院の運営をしているわけですから、スタッフのケアや患者さんの満足度向上のための施策、売り上げを出すための方法を計画し、地道に実施する必要があります。
それぞれの方法についてはこれから詳しく解説していきます。
【タイミング】分院開設の事前準備、分院開設を決断する基準
分院開設をする際、気をつけてほしい点があります。それは、順番を間違えないことです。大体の医師は物件を先に決めてしまい、そこで開業するために準備を進めようとします。
しかし、分院開設の正しい手順は、まずは個人診療所を法人に組織変更し、次に分院長の採用、その後物件の選定に移るのが理想です。理由についてはこれから説明します。
準備1:個人事業から法人化させる
分院開設についての法的な基準をクリアーするためには、まずは個人診療所を医療法人ないしは一般社団法人に組織変更しておく必要があります。
なぜかというと、個人の診療所では開設管理者といい、開設者=経営者と管理者=院長を分離することができず、一人の院長につき、ひとつの診療所しか経営することができないからです。
分院開設でよくみられるのは、法人化せずに、分院で勤務する予定の医師を分院長にして、分院を名義借経営するパターンです。名義借経営は、法律上も問題がある方法ですので避けることを強くおすすめします。
このパターンで分院展開した場合を「仮定」として説明すると、分院長が辞めるたびに、クリニックを開設した「開設管理者」がいなくなってしまうため、分院の廃止手続きをとらなければなりません。
もしその後に採用する医師を新たな院長として事業を再開するならば、新しい開設管理者が開設手続きをとる必要があります。(参考:東京都福祉保健局『診療所・歯科診療所の開設等』
一方、法人化しておけば、分院長はその診療所で医療を提供するための設備や職員体制を整え、治療や療養に必要な措置を講じる「管理者」に選任されているだけなので、廃止届や開設届による手続きまでは不要です。分院長が入れ替わる際は、管理者と理事の入れ替えをするだけで大丈夫ですので大きな手続きは不要になり、分院の運営がスムーズになります。(分院の管理者は、医療法人の理事になる必要があるため。参考:医療法第46条の5)
法人化するには、最低でも理事3名・社員3名(一般社団法人の場合は2名)・監事1名が必要です。医療法人の場合は、都道府県による設立認可後、法人設立登記、診療所の開設許可申請、開設届等が、一般社団法人の場合は法人設立登記、診療所の開設許可申請、開設届等、各種手続きが必要です。法人設立の手続きは準備漏れやトラブルを防ぐためにも、プロにお願いすることをおすすめします。
準備2:分院長としての適任者を見つける
分院のトラブルでよくあるのが、以下のような内容です。
・分院の院長が経営者目線で働かない
・分院長がすぐに辞めてしまう
・スタッフとの人間関係がうまくいかない
このようなトラブルが起こる原因のひとつは、医療モールなどの良い物件が見つかったため、場所を先に決めてしまう点にあります。そして、その後から分院長を探すため、開院まで時間がない中で、分院長としての適性をあまり考えずに急いで採用してしまうからです。
診療スタイルや経営方針、自身(本院の院長)の考え方に理解があるかなどの検討時間がないまま進んでしまうとトラブルが起こりかねません。
このようなトラブルを避けるためには、まず法人格を取得し、次に良い院長が見つかってから物件選びを進めるといいでしょう。適任の院長の見つけ方については、後ほど紹介します。
分院開設のベストタイミングとは?
先ほど話したことと関係しますが、分院開設のためには法人格の取得と、院長を見つけることが先決だと話しました。
そのため、分院開設のベストは、良い院長が見つかった時といえます。
また、経営面でいうと本院が黒字経営できていることが大前提です。本院に資金的な余裕があって、なおかつ分院を出すにあたり融資をつけられる経営状況(目安としては所得金額3000万円以上)であれば、分院開設に踏み切るひとつのタイミングといえるでしょう。
分院開設の判断は最終的には医師自身が行いますが、正しい判断をするために、私たちのような専門家の意見も参考として聞いておくとよいと思います。
【立地】本院と分院は離すべき?近くてもいい?
本院と分院の立地については、最低でも一次診療圏は重ならないようにするといいでしょう。理想は1km以上離れたところがいいと思います。
私たちは一次診療圏だけでなく二次診療圏も見て、来院患者数を計算します。
一次診療圏
患者さんの来院確率が一番高い地域のこと。クリニックを中心とし、半径500m/徒歩 約10分位の圏内の地域。
二次診療圏
自転車やバス・車等の交通手段を利用して通える範囲のこと。クリニックを中心とし、半径1㎞/徒歩 20分位の圏内の地域。
ここで紹介した想定距離は、都市部の場合です。地方の場合は、車での来院が中心となるので、一次診療圏を半径1km、二次診療圏を半径3kmと広めに設定してもいいと思います。
他に、訪問診療の場合は、保険診療の適用範囲が診療所から半径16km以内と決められています。(参考:厚生労働省『在宅医療(その4)』
そして訪問診療所の場合、マンションの一室でも開設は可能です。医療機器もほとんど入れずに軽装備で運営しているため、分院展開もしやすいといえます。
しかし、実際には16km以上離れた場所だと車移動だけで30分位かかり、訪問診療の効率が悪くなります。介護施設など、多くの患者さんを一度に診察できるのであれば問題ないですが、個人宅への訪問診療がメインの場合、本院から7-8km離れた場所に分院を展開させていくと効率がいいと思います。
【スタッフ採用】分院長、事務スタッフはどう確保すべき?
院長:知り合いの紹介はレア。人材紹介会社を利用するのが一般的
開業にあたって、分院長の確保は優先すべきだという話を先述しました。
ではどこで院長を探すのかというと、現在は、人材紹介会社を使うのが一般的です。
昔は、出身大学(や医局)からの紹介で勤務医を探すことが多かったのですが、現在は医師不足のため、そうしたルートからの紹介は少なくなっています。
医師臨床研修制度ができ、医師は出身大学の医局に制限されることなく自由に就職できるようになったことも原因のひとつです。(参考:厚生労働省「医師臨床研修制度の見直しについて」)
そのため、知り合いから見つけることにこだわらず、人材紹介会社も一緒に使って探してみることをおすすめします。
また、分院長を採用する際には、分院長が分院を辞めるときの条件をしっかり決めておくことを忘れないでください。分院長が急に辞めてしまいクリニックを休診せざるを得なくなると、患者さんも他のクリニックに移ってしまいます。
もし分院長が辞めるとしたら、次の医師を採用するまでにかかる期間を見越して、例えば「6ヶ月前に申し出ること」などと雇用契約書で示しておきましょう。(※民法627条では、退職の申し入れから2週間後に雇用契約が終了するとの定めがあるため、雇用契約書の内容よりも民法が優先される点も理解しておく必要がある)
医療事務:転職サイトなどを利用
医師以外のスタッフは、一般の方が利用する転職サイトなどから採用するのがいいと思います。ここでのポイントは、事務スタッフについては、経験者の採用が必須ではないということです。
未経験スタッフの場合、最初は本院のスタッフに教育してもらい、実践を積みながら学んでいく必要はあります。ただ、経験よりも協調性と潜在能力を優先した方がいいと思います。
クリニックの人間関係は、人数が多くないぶんとても密になります。そのため、トラブルを減らして円滑に業務を行うためにも、「ほかのスタッフと一緒に心地よく働けるか」「業務を遂行する能力があるか」などをチェックして、採用・不採用を決定してみてください。
スタッフを採用した後に気をつける点は「【理念や文化】本院のカルチャーを分院に浸透させるポイント」という見出しのところで説明していますので、参考にしてみてください。
【給与体制】分院長のモチベーションを維持する方法
年俸+インセンティブをつける
これまで多くの医院を見てきた経験からいうと、雇われ院長は、自分で経営する院長と比べて一生懸命働かないケースが見受けられます。人柄が良い医師、医師としてのキャリアがある人を雇えたとしても、こういったパターンは少なくありません。
分院長の意欲を高める方法のひとつは「インセンティブ」です。
最低の年俸保証を示した上で、例えば1日70人を超える患者さんが来たら、70人を超えた分の売り上げの20%を上乗せする、あるいは昨年の同月よりも増えた売り上げの20%を歩合で出すといった契約をします。
カンファレンスで、経営方針について共通の認識を持ち、経営状況を共有する
もうひとつの方法は、診療方針や方法を共有し、分院長にも経営感覚を持ってもらうことです。
前述の通り、医療法人になると分院長を理事に加えることになっているので、分院長も役員として法人の経営状況を定期的に報告する必要があります。また定期的なカンファレンスにより、以下のような内容を共有してもらいます。
・外来で診ている患者さんの情報
・クリニックの診療方針や診療方法
・分院の売上、経費、利益
売り上げを考えると、例えば外来で診療点数を上げようとした場合、たくさんの患者さんを診なければなりません。もしくは適切な判断のもとに検査等の数を増やして、患者さん一人当たりの単価を増やすという方法もあります。
そういった基本的な診療内容のすり合わせをしておいて、その結果について定期的に報告・確認する場を作ります。そうすることで、分院長にある程度の経営感覚を徐々に持ってもらえるようになるはずです。
放っておくと、どうしても「検査がめんどう」「たくさんの患者さんを診ると疲れる」と思って漫然と診療を行う分院長が出てきてしまう可能性があります。ある程度、状況確認する環境を整えておくことが大事といえます。
【理念や文化】本院のカルチャーを分院に浸透させるポイント
本院の文化を根付かせるためには、以下の2つの点を意識してもらいたいです。
・本院と分院のスタッフを交互に配置する
・経営理念や行動マニュアルを共通化させる
上記を実践できているクリニックは少ないですが、スタッフが混乱せずスムーズに業務を行うためにはとても重要です。ではそれぞれ説明します。
本院と分院のスタッフを交互に配置する
本院の文化を共有するには、本院と分院のスタッフが交互にそれぞれのクリニックで働く方法があります。
現場の人たちが経験しながら学べるので、カルチャーが浸透しやすいですね。
私が担当したクリニックの中には、月単位の交換ではなく、毎日ぐるぐるとスタッフを本院と分院で回していたところもあります。そうすると、本院・分院ごとの独自のルールや風習がなくなり、同じサービスを提供できるようになります。
もちろん、本院と分院を交互で働いてもらうには通勤の問題もあると思いますので、スタッフの理解を得た上で進めてみてください。
経営理念や行動マニュアルを共通化させる
スタッフを本院と分院で交互に配置せずとも、文化や理念を共有する方法があります。それは「徹底的なマニュアル化」です。きちんとしたマニュアルを作っているクリニックは、私が見た限りだととても少ないです。
マニュアルを作成して、経営理念や行動基準を繰り返し教育することが大事だと思います。マニュアルを作る際は、まず医院としての経営理念をしっかり理解してもらう。次に理念を実現するための行動として、診察時や、患者さんと対応する際の具体的な基準を決めます。
例えば、患者さんには立って対応するのか座って対応するのか、患者さんを「◯◯さん」と呼ぶのか「◯◯様」と呼ぶのか、あるいは個人情報を考えて番号で呼ぶのかなどです。
本院ではなぜ、そしてどのようにしているのかを明記して、マニュアル化しましょう。理由まで説明し、頭で理解してもらえれば、スタッフも納得感を持って業務を遂行できるようになります。
最後に:分院以外で利益を増やす方法
今回、分院についてまとめてきましたが、実は多くの開業医が分院展開をするわけではありません。私が見てきた感覚でいうと、90%以上の医師は、自分の目の届く範囲でひとつのクリニックのみを経営しようと考えています。
実際、分院展開をして成功する確率は必ずしも高くありません。なぜかというと、分院の院長が期待するだけの働きをしてくれないことが多いからです。
そのため事業拡大の方法としては、分院展開するよりも、現在のクリニックのフロアを広げる、あるいは近くのより広い場所へ移転してクリニックとしてのキャパシティを広げて院長が手の届く範囲で、より多くの収益を目指した方が、効率が良い場合も少なくないと思います。
分院展開を希望される方にも、分院以外で事業拡大のより良い方法があれば提案しています。悩みがある方は、自分にとって管理しやすく、成功しやすい方法をプロに相談してみてください。
特徴
対応業務
診療科目
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2020年9月時点の情報を元に作成しています。
取材協力 湯沢会計事務所 所長 | 湯沢勝信
1986年に税理士資格取得後、医療機関・福祉施設のコンサルティング業務に携わり、1992年に独立・湯沢会計事務所を設立。医師や歯科医師に特化した経営サポート(病医院・歯科医院の経営全般支援)、公益法人の設立運営支援、相続・事業承継対策、節税プランニング、税務調査防衛対策、資金繰りサポート等に従事。
他の関連記事はこちら
執筆 CLIUS(クリアス )
クラウド型電子カルテCLIUS(クリアス)を2018年より提供。
機器連携、検体検査連携はクラウド型電子カルテでトップクラス。最小限のコスト(初期費用0円〜)で効率的なカルテ運用・診療の実現を目指している。
他の関連記事はこちら