高速・大容量の通信を可能にする「第5世代移動通信システム」、いわゆる「5G」。NTTドコモやKDDIといった大手携帯電話会社が2020年から5Gのサービスを開始しており、今後さらにサービス範囲は拡大するとみられています。5G規格は医療分野での活用も期待されていますが、5Gは医療にどのような変化をもたらすのでしょうか? 『一般社団法人 日本医療機器テクノロジー協会』の三澤裕専務理事に伺いました。
医療の世界にも大きなメリットをもたらす5G
――5Gは医療分野でも活用されるのでしょうか?
2020年3月に、第5世代移動通信システムである5Gが商業化されました。スマートフォンでの快適なインターネット動画配信に注目が集まっていますが、5Gは医療の世界にもメリットをもたらすと期待されています。
――どのような分野、場面での活用が予想されるでしょうか?
5Gでは、高速・大容量の通信を利用して、4Kや8Kといった高精細な画像をリアルタイムで伝送することができます。また、低遅延の通信が可能なことから、機械等を遠隔でスムーズに操作することができます。さらに多接続が可能であることから、さまざまな機器から情報を収集することができます。
これらの特徴を医療に生かせば、例えばオンラインで患者の顔色や声色、聴診音、体温、血圧などのバイタルサインの確認、精細動画のリアルタイム共有などが可能になります。そのため、遠隔診断、遠隔手術、遠隔モニタリングといった「Doctor to Patient」(患者と医師のコミュニケーション)、遠隔診断・治療支援や遠隔手術支援、遠隔指導といった「Doctor to Doctor」での活用が期待されています。
NTTドコモなどが5Gを用いた医療支援実験を実施
――5Gを医療分野で活用する取り組みはすでに始まっているのでしょうか?
商業化されて間もないことから、遠隔医療などでの実用例はまだありません。しかし、その特徴を生かすべく、いくつかの実証実験は行われています。例えば、NTTドコモは、和歌山県立医大と連携し、患者宅と大学病院を5Gで接続。高精細画像や音声、患者宅で訪問医が撮影した患者エコーなどの画像を、大学病院の専門医がリアルタイムで確認、診断支援を行うという実証実験を行っています。
この実証実験では、離れた場所にいる若手医師が操作する内視鏡画像を大学の専門医がリアルタイムで確認し、操作の遠隔指導をするという取り組みも行われました。他にも、慢性心不全患者のモニタリングや遠隔リハビリへの取り組みなど、産官学が連携した取り組みもあります。
――すでに幾つかの実証実験が行われているのですね。
遠隔地のICUにいる多数の患者データを、専門医がオンラインネットワークを通じてリアルタイムで把握し、現地の担当医を支援する「Tele-ICU」の確立を進める取り組みも行われています。これにより、遠隔地の担当医が治療方針など迅速に相談できるようになり、医療の標準化や集中治療専門医不足、担当医の負荷軽減が期待されます。コロナ禍での医療体制整備としても注目されています。
さらに、5Gにより、通信速度、信頼性の向上が確実になることを背景に、「遠隔地からのロボット手術」の実現に向けて検討が始まっています。これが実現しますと、熟練度の高い医師による手術支援が全国で受けられるようになります。また、術者も地方に出掛けることが不要になるため、効率よく多くの患者を治療することができるようになるでしょう。
5Gによってオンライン診療の可能性が広がる
――コロナ禍により、「オンライン」での遠隔医療の重要性が増しました。5Gが一般化することにより、オンライン診療はどのように変わるでしょうか?
米国、英国、中国など海外では、コロナ禍により遠隔医療の利用拡大が進んだといわれています。わが国では、2018年の診療報酬改定によりオンライン診療の保険償還が認められました。さらに、2020年4月にはCOVID-19感染拡大を受け、時限的ではありますが、初診への適用拡大が認められました。しかしながら、保険の適用には一定の要件があることもあり、オンライン診療の普及はこれからといったところです。
5Gがまだ始まったばかりではありますが、2030年には6Gが実用化されるといわれています。通信技術はもちろん、画像技術、センシング技術は日進月歩です。近い将来にVR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)を組み合わせたMR(Mixed Reality)により、目の前に患者がいるかのようなオンライン診療が可能になると予想されます。
このように、オンライン診療の技術は進歩すると考えられますが、日常診療で普及するには、サイバーセキュリティー対策、オンライン診療への投資に見合った診療報酬体系を整備すること、ITリテラシーの向上といった課題を解決していく必要があると考えています。
5Gは医療の質向上を後押しする
――5Gを医療で活用することにより、医療業界はどのように変わっていくか、今後の展望をお聞かせください。
5Gは、日本が抱える医療の構造的課題の解決や、さまざまな医療ニーズの充足に活用できる技術として期待されています。医療においてその価値を高めるには、ビッグデータやAIと、センサー、アクチュエータといった画像技術・要素技術との組み合わせが重要になってくるのではないでしょうか。
最先端では、生活習慣病予防を目的とする、行動変容を促すデバイスとソフトウェアが注目されています。家電量販店の時計売り場では、体温、血圧、心拍、心電、酸素飽和度、体動などが測定可能な腕時計型デバイスが販売されています。このデバイスから得られる生体情報から、運動、睡眠、食事の改善やストレスの軽減などをサポートする携帯アプリも登場しています。
これらは医療機器ではないものの、健康志向の高まりから、生活習慣病の予防や管理、遠隔フィットネスや見守りサービスと、医療に近い領域で普及されるのではないかと思われます。さらに、これらのデバイスやアプリの一部は医療機器としての認証を受け、医療に使われ始めています。
――今回のパンデミックで健康に気を使う人も増えましたし、さらに需要は高まりそうですね。
他には「デジタル治療」というソフトウェアを活用した、新しい治療方法も生まれています。これは臨床試験で有効性が科学的に認められており、規制当局の承認を得たソフトウェアによる治療です。最近では禁煙治療用アプリが保険適用されています。「デジタル治療」の分野は、2020年代半ばには世界市場規模が約10兆円になるとの予測があり、ベンチャーや製薬企業といったプレーヤーが糖尿病、神経疾患、慢性心疾患、COPD、がん治療にと拡大を図っています。
日本でも、「デジタルニューディール」として、「新たな日常」構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備を積極的に実施しています。その中で5Gは、日本が抱える医療の構造的課題の解決や、さまざまな医療ニーズの充足に向けた技術になることが期待されています。5Gは新しい時代の技術として、医療の質の向上を後押ししてくれることでしょう。
――ありがとうございました。
未来の通信規格と称される5Gですが、医療でもオンライン診療の高度化、難しいとされている遠隔手術の実現など、さまざまな分野での活用が期待されているようです。すでに幾つかの実証実験も行われており、5Gを用いた医療が当たり前になる未来もそう遠くないのかもしれません。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2021年7月時点の情報を元に作成しています。