開業医の平均年齢が60歳を超え、体力的な限界などの理由で閉院を考えるクリニック院長が増加傾向にあります。これから開業を考えるのであれば、既存のクリニックを承継するというのも選択肢の一つです。
問題は、医療承継については、最近になってようやく一般的になってきた点にあります。そのノウハウも特定の会社や人にしかなく、どのように案件を選べばいいのか、またそもそも誰に聞けば有効な情報を得られるのかもよく分からないのではないでしょうか。
これから増加すると目されている第三者による医療承継について、『デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社』のシニアアナリスト、三枝真也さんにお話を伺いました。同社は「M&A」についてのプロフェッショナルを多数有する会社で、三枝さんは医療承継について豊富な経験をお持ちです。
「医療承継(第三者承継)」とは?
まず、第三者承継というのは、そのクリニック・病院を親族などの縁者ではない他人が引き継ぎ、継続させることをいいます。
例えば、息子・娘は医師になっておらず、親類にも医師がいない。患者さんのことも考えると誰かにクリニック・病院を引き継いでほしい――このような場合には、第三者承継が選択肢となるわけです。
ほとんどの第三者承継では、係累ではない医師がそのクリニック・病院、患者さんを引き継ぐことになりますが、非常に少ないながらも、医師ではない人が事業として承継するケースもあります。
これから増加すると見込まれる第三者承継は、開業を目指す医師にとって有力な手段と考えられるのです。
「医療承継(第三者承継)」のメリットとデメリットとは?
――開業を考える医師にとって医療承継(第三者承継)のメリットとはどのような点でしょうか。
三枝さん 第三者承継による開業には以下の3つのメリットがあります。
- 初期投資が抑えられる
- 大きな失敗をする可能性が低い
- 運営も引き継げる
まず①です。もちろん案件にもよりますが、物件を選び、内装工事や医療機器をそろえる新規開業に比べて初期投資の額を抑えることができる可能性があります。
これは医療承継の特徴なのですが、「売り手」と「買い手」では、現在のところ買い手の方が強いので、交渉にもよりますが新規開業に比べて資金が最小限で済むかもしれないのです。
――なぜ買い手の方が強いのですか?
三枝さん 売り手の方が多いからです。これから開業という医師の皆さんは新規開業にこだわる方が多いので、開業資金よりも高くつくのであれば、承継案件を避けます。
――なるほど。
三枝さん ただ、新規開業より大きな失敗をする可能性は低いのです。これは、患者さんを引き継げますし、売り上げの実績データがしっかり取れているからです。
新規開業の場合には診療圏調査を行って売り上げ予測を立てて判断しますが、これは絶対ではありません。予測どおりに集患できないと大変なことになります。
承継の場合には、例えば、現在の売り上げが8割に減収しても、これならきちんとスタッフの給料も出せて、自分の給料もこれぐらいになる――といった予測が立ちます。安心して開業できるというのは大きなメリットといえるでしょう。これが②です。
――確かに、新規開業の場合には実際に開院してどうなるのか、ふたを開けてみないと分かりません。
三枝さん ③ですが、従業員の皆さんを引き継げるというのもメリットです。新規開業の場合には、新たにスタッフを募集して入れないといけません。
――現在はスタッフを採用するのが難しくなっていますので、このメリットは大きいかもしれませんね。
三枝さん はい。続けて働いてもらえるなら運営について心配することはないので、安心して仕事に取り組めると思います。
――逆にデメリットはなんでしょうか?
三枝さん 新規開業ではないので、医療機器や設備を入れ替えるといったことが発生した場合、その分のコストがかかる点などですね。初期投資は少なくて済む分、後でお金がかかることがあります。そのため、最初からそのコストを織り込んでおくなどの対応が必要です。
また、患者さんが100%引き継げるというわけではないので、それについては見極めが必要ですし、従業員の方との相性でうまくいかないという可能性もあります。いずれにせよ、デメリットはメリットの裏返しです。
――大きな失敗をするかもしれないですが、それでも新規開業にこだわる医師は多いですね。
三枝さん それはそうなのですが、「医療承継(第三者承継)」で開業して、分院は新規開業するという方法もあります。最初は恐らく何も分からない状態ですから、患者さんを引き継げ、売り上げも見込める承継で開業し、経営について分かってきたら、分院は新規開業すればいいのです。
――なるほど。
「医療承継(第三者承継)」の案件を判断するポイントとは?
――医療承継(第三者承継)の案件を判断するポイントについて教えてください。
三枝さん 「売り上げ」「集患数」のデータを見ることです。売り上げがいくらあって原価はいくらなのか、その案件の売価が適正なのかどうかです。また、患者さんが何人来院しているのかもしっかり見て判断してください。
年間売り上げが好調に見えても、コストが高くて利益の低い案件などもあります。その場合にはこの高コスト体質をなんとかできるのか考えなければなりません。また、HPもなく、全く宣伝を行っていないため、集患がうまくできず、売上が芳しくない病院・クリニックがあったりします。この場合には、宣伝に力を入れればもっと売り上げを上げることができるかもしれない、など案件に応じた対策も考える必要があります。
――新規開業との差も考えないといけませんね。
三枝さん 例えば、新規開業で5,000万円かかるとして、7,000万円の承継案件があったとします。この場合、2,000万円分のメリットがあるのかどうかを見極めないといけません。集患数を維持できれば売り上げはこれぐらいで……とシミュレーションを行い、その上で判断します。もし判断に困ったら顧問税理士さんなどに相談しましょう。
開業までに経営の基礎知識を身に付けよう
――「医療承継(第三者承継)」で開業しようと考える医師にアドバイスをいただけますか?
三枝さん 勤務医から開業医になるという先生が多いと思われますが、初歩の入門書でいいので経営に関する本を読み、経営についての基礎知識を身に付けておくことをお勧めします。少なくとも「損益計算書(P/L)」と「貸借対照表(バランスシート)」は見られるようになっておかれるといいでしょう。
勤務医の間は、経営についての知識がなくても医療行為を行っていれば業務は遂行できます。しかし、開業すると経営についての舵取りも行わなければなりません。そのための準備を怠ってはいけません。
医療承継の場合には、引き継ぎ期間を設けることが大半です。前の院長先生に経営について聞き、しばらく伴走してもらうことができます。これも医療承継のいい点でしょう。しかし、経営についての話をするにはやはり共通認識としての基礎知識は必要です。
ですから、開業を考えるなら経営について学んでおいてください。もし不安なことがあれば税理士、あるいはその他専門家に聞くのがいいでしょう。またぜひ当社にもご相談をいただければと思います(笑)。医療承継についても複数のプロフェッショナルがおりますので。
――ありがとうございました。
まとめ
医療承継(第三者承継)は開業するための有力な手段の一つです。三枝さんによれば大きな失敗をする可能性は低い、などのメリットがあるとのこと。また、承継案件で開業し、分院の際に新規開業という手もあるそうです。経営に慣れ、軌道に乗るまでは大きな失敗をしないようにするわけです。これから開業をする医師の皆さんは承継案件を一考してみてはいかがでしょうか。
取材協力:『デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社』「M&Aプラス」
特徴
対応業務
その他の業務
診療科目
特徴
対応業務
診療科目
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2021年10月時点の情報を元に作成しています。