医療機器にはこだわりがあり、病院並みのスペックを揃えたいというドクターも多いかもしれません。
しかし建築設計は、設計事務所に丸投げしてしまうケースもあるのではないでしょうか。
「出せる予算、坪単価を設計士に伝えた。任せておけば大丈夫だろう」
「設計や設備で医療をするわけではない、医療機器の方が大事だ」
「ビル診なので、設計にこだわっても仕方ないのでは」
実は院内感染や医療過誤の発生を防ぐためにも、合理的な設計プランが不可欠だと専門家は指摘します。医師がゾーニングや動線などについて最低限の考え方を知っておくのは重要でしょう。
この記事ではクリニックの新築設計で、ドクターに知っておいてほしいポイントをまとめます。また診療科ごとにケアすべき観点についても解説しますので、ご自身の専門にあわせて参考にしてください。
参考文献:「世界一やさしいクリニック開業ガイド」監修・著:関根 裕司(エクスナレッジ)
「医師が経営や施設(空間)のことをしっかり考え、患者に喜ばれるクリニックをつくるための完全ガイド」(書籍紹介より)として多くの医師が手に取っている書籍です。写真付きでクリニックの事例が多数紹介されているほか、医療機器選定や資金調達などについても解説されています。
設計の考え方とチェックポイント
安全で安心なクリニックを作るために、最低限知っておいていただきたい考え方と用語を解説します。
ゾーニング
クリニックは大別すると、次のようなゾーンに分けて考えられます。
待合ゾーンと診察・検査・処置ゾーン
「患者の来院、受付、待合のスペース」と「診療や検査、治療などが行われるスペース」を分けて考えます。患者さん、スタッフとも行き来を行うので、利便性を考えた動線設計が求められます。
患者ゾーンとスタッフゾーン
患者ゾーンとは患者さんが出入りできるクリニックの表面です。一方、スタッフゾーンは通用口や更衣室、控室と専用の裏動線など、患者さんの目に触れない場所です。
ダーティゾーンとクリーンゾーン
ダーティーゾーンとは主に換気のゾーニングを指し、トイレ、浴室、汚物処理室、リネン室、倉庫などといったにおいが発生しやすく強い換気の必要なエリアです。
クリーンゾーンは、それ以外の空気が汚れないエリアです。
一般患者ゾーンと隔離患者ゾーン
新型コロナウイルスの流行後は、従来以上に発熱などの症状がある患者さんへの対応が慎重に求められるようになりました。隔離すべき患者さんの動線の設定と、一般患者が交わらないようにするための備えが求められます。
普段着ゾーンと検査着ゾーン
検査着への着替えが必要な場合は、更衣スペースや、検査着を着用した患者さんと一般の患者さんの待合を分けるなど配慮します。
これらの分け方は、複数の区画が重なり合いますが、いずれのゾーンに属するのかを意識して考える必要があります。
また各部屋でどのような診療行為が行われるのか、その部屋を使うスタッフは誰かなども整理しておくとよいでしょう。
スタッフ、患者さんの動線
設計時には、患者さんの動線を表動線、スタッフのみの裏動線、診療ゾーン内の中間動線を整理します。また、院長と看護師、事務、検査などが、どの場所でコミュニケーションを取るのか、院長が自身で行う検査はどれかなどで動線が変わります。
患者さんへの配慮
患者さんが快適に、また安全に過ごせるような配慮も欠かせません。具体的には以下の4項目には注意が必要です。
アレルギー対策
シックハウス対策基準の遵守、アレルギーを扱う科では植物を置かないなどの配慮が必要とされます。
におい対策
遮へいされた空間が多いためにおいが室内に残らないような換気対策が重要です。
高齢者・身体障がい者対策(バリアフリー)
通行の妨げとなり得るものを極力排除し、手すりの設置や段差解消にも気を配らなくてはなりません。無床診療所は一般建築物に分類されるためバリアフリー法の厳しい制限を受けませんが、都道府県条例なども確認の上で対応しましょう。
医療情報の掲示
モニターなどを使って、患者さんに診断結果や治療法などを明瞭に伝える配慮が求められます。
設計のプロが教える【診療科別】設計のポイント
開業する診療科によって、必要な設備、動線、バリアフリーなどの優先順位が少しずつ変わります。
戸建かビル診なのかで、環境も変わりますが、セオリーをまとめます。ご自身の専門科目は容易に想像がつくはずですが、他の科目の注意点と比較することで科目の特殊性の理解が深まるのではないでしょうか。
神経内科・脳神経外科
神経内科、脳神経外科では、X線CT装置、MRI装置の導入の有無、リハビリの導入の有無により、建物の規模や付帯設備が変わるケースが多くあります。院長の希望を伝えつつ、物件のスペックとして対応可能かを先に調べる必要があるでしょう。
しびれや麻痺のある患者さんのリハビリを行う場合は、整形外科と同じように平面で受付から誘導しやすい動線が求められます。
さらに頭痛、めまい症状のある患者さんに配慮し、照明の明るさを抑え、刺激になる要素を排除した内装にすることも重要です。
循環器内科
循環器内科では慢性疾患の患者さんが多く、再診の割合が多い傾向にあります。
採血や超音波、X線検査など診察前にスクリーニング検査を行う場合に備えて、受付から検査室への誘導がしやすい設計が好まれます。
心臓疾患が重い患者さんへの配慮で、車いす移動を前提とした通路幅の確保が望ましいでしょう。
呼吸器内科
呼吸器内科の特徴は、感染性の疾病を扱う点です。隔離対策や空気感染予防に配慮した、動線計画、換気が必要です。
咳き込む患者さんを隔離できる待合室、処置室を設置するケースが多くあります。またスタッフルームを作り、感染菌が充満しやすい診療ゾーンから離れた場所で休憩できるような感染対策も有効でしょう。
消化器内科
消化器内科では、一般的に診察後に検査や処置が行われる患者動線が組まれます。そのため診察室を中心としたシンプルな動線を作るとよいでしょう。
胃や大腸に関するがん検診が多いので、遮音などプライバシーの確保には注意が必要です。また内視鏡を設置する場合は暗室の環境にするかなどはドクターの好みによって分かれます。
その他、下剤の服用が多い場合は、トイレの個室数を多く設置する必要があります。
泌尿器内科
泌尿器内科の特性上、プライバシーの確保が重要です。男性はもちろん、婦人科では対処できない女性の外来に配慮することは大きなポイントです。
診療メニューが多く、受付を済ませた後の患者さんの動線が多岐にわたるため、受付で誘導しやすい設計が求められます。
産科・婦人科
産科・婦人科では、診療内容によって大きく設計が変わるので、まずは診療メニューを設計士に伝える必要があります。そのうえで診療と入院・分娩のゾーンを分けます。
また出産を伴う有床診療所では、入院患者さんをベッドで移動させる場合に備えた十分な廊下や通路の幅は欠かせません。
X線撮影装置の種類、分娩室と回復室を分離するか、食事の提供場所は病室か食堂か、など院長の考えが大きく設計を左右します。
小児科
子どもは感染症のリスクが高めなので、隔離対策や靴を履き替えてもらい雑菌を持ち込ませない工夫が必要です。
小児科では患者さんのベビーカーがどこまで乗り入れられるかを、院長が早めに決める必要があります。子どもの遊び場を用意するかも、クリニックの考え方によって異なる点です。
診察室やトイレは、大人と子ども、さらに兄弟姉妹がいる場合に備え、大きめの部屋が求められます。
整形外科
診療メニューが多様なため、患者の動線を整理することが重要です。誘導しやすい設計になるように設計士と話し合いましょう。
主要なパターンだけでも、直接リハビリに向かう人、通風などで尿検査に行く人、X線撮影検査を先に行う人、診察室に直接向かう人などが考えられます。
なお就業するスタッフが決まっている場合は、とくに理学療法士もリハビリテーション室の診療方針には加わってもらうのが賢明です。医師がリハビリの様子を見やすい、診察室との動線が考慮されるとよいでしょう。
眼科
眼科は、診療メニューや検査機器が多様です。また途中で新たな機器やメニューを導入する場合も多いので、将来の変化を見越した設計が求められます。
検査室を暗室とするか、真っ暗にしないかなど、医師の希望を整理しておき、患者さん目線での照明の強さや位置の配慮についても、設計士と打ち合わせるとよいでしょう。
当然ですが、バリアフリーは必須で車いすの患者さんの動線確保も重要です。
耳鼻咽喉科
他の科目に比べてクリニック数が少なく、受診者数が多いと言われる耳鼻咽喉科では、短時間で多くの患者を診るために、いかに医師の診療動線を短くするかがポイントです。
予約制を取っているクリニックでも、患者数が多めのため待合室は比較的広めに設計するのが特徴です。内科と比べ子どもの来院数が多いので、小児科同様に親と子どもが2~3人で1セットとして座れるような広めの待合室が望ましいとされます。またDVDの放映や大きめのテレビを設置するクリニックが多いのも子どもの待ち時間対策と言われます。
医師が診療する場所から待合室などクリニック全体の様子を把握しやすい設計が有効です。またネブライザや点滴、聴力検査、X線、CTなどと医師やスタッフの動きやすいレイアウト、配置が円滑な診療のカギを握るため、診察室に関する設計士との打合せは入念に行います。
皮膚科
皮膚科では、自費診療と保険診療のいずれを中心にするかでクリニックの性格が異なります。
保険診療では、診療単価が安く、患者を多く診なければならないため、待合室などを大きめに設計するなどが一般的です。一方、自費診療中心の場合は完全予約制とし、パウダールームが必須の場合も多いでしょう。
とくにレーザー治療器の種類や、レーザー処置室を分けるか、また患者への説明やスタッフ間の打合せに使用する会議室が必要かなどを、設計前の早めに決めなくてはなりません。
精神科・心療内科
まずロケーションは人目につきづらい場所が、患者さんへのプライバシー配慮のために重要です。そのため通りに面した1階よりも上階が望ましく、ただあまりにも分かりづらい場所や奥まった場所も患者さんを遠ざける要因になり得るため、駅からほど良い徒歩圏内のビルなどを選ぶのがセオリーです。
また、内部の設計については、患者さんが暴れるなど不測の事態に医師やスタッフの安全確保ができることがポイントです。各室にも2つ以上の出入口を設け、いざというときに避難できる工夫が必要です。またネットワーク監視カメラを設置するケースも多くあり、安全対策にどこまで費用をかけた対策を取るかをよく話し合うとよいでしょう。
まとめ:
医療機関の設計の経験が豊富な設計事務所を頼るのは有効です。
各診療科の特徴にあわせた、設計のポイントを抑えてくれるほか、すべてのクリニックに共通して必要なゾーニングや患者さんの動線に考慮したプランニングを行ってくれるでしょう。
使用する機器や照明が多い点、個室が多いため消防や換気空調にも配慮が必要なクリニックならではのインフラ整備にも精通しています。
一方で、院長がどのような医療を提供したいのか、そのために必要なメニューや機器、優先すべき事項は何かを整理して伝えることがポイントです。
自身の理想的なクリニック作りの参考にしていただけたら幸いです。
特徴
建築内容
依頼内容
職種
診療科目
特徴
依頼内容
建築内容
職種
診療科目
この記事は、2022年7月時点の情報を元に作成しています。
執筆 執筆者 藤原友亮
医療ライター。病院長や医師のインタビュー記事を多く手がけるほか、クリニックのブログ執筆やSNS運用なども担当。また、法人営業経験が長く医療機器メーカーや電子カルテベンダーの他、医師会、病院団体などの取材にも精通している。
他の関連記事はこちら