「専門性が大事というけれど、自分は開業したらどう勝負すればいいのだろう?」
「地域に根ざす医療はハードルが高い?」
など、開業に関心はあっても、自身の専門性を生かす方法を模索している先生も多いのではないでしょうか。
今回取材した野口先生は東京・町田市で総合診療に取り組んでいます。出身は外科ですが、かねてから手術だけでなく、患者さんの健康に対してトータルで責任を果たすことが医師の使命という思いがありました。
開業のコンセプトや提供する医療を検討する上で、ぜひ参考にしてください。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年5月18日現在です。
回答者:野口 泰芳氏(薬師台おはなぽっぽクリニック院長)
東京・町田市の郊外にある「薬師台おはなぽっぽクリニック」は、2015年「薬師台メディカルTERRACE」で開業。クリニック、介護事業所、鍼灸院、歯科、薬局が集まる住宅街のメディカルモールの中にあります。設立7年、年間の患者数5000名の目標を掲げていましたが現在は1万名を集患しています。またここで働き、その後開業医として独立開業した医師も2名います。
住宅地と農地のはざまにある郊外型クリニックでありながら、人気となっている要因をお聞きしました。
開業のきっかけは家族の誘い
ーー開業のきっかけを教えてください。
野口:もとは外科医として、隣の相模原の病院で勤務していました。開業は全く考えていなかったのですが、父が整形外科を開業していたことと、兄が接骨院を開業するにあたって、隣でクリニックをやってくれないかと熱心に頼まれたことが大きかったです。クリニックとの相乗効果で接骨院の初期の集患力を高めようという狙いもあったと思います。
もとは街中でビル診を探していたのですが、自分は開業医になるときに専門性を持っているわけではなかったので、地域医療のニーズに応えていく医療しかできないという思いがあったんです。そう考えると、車いすの患者さんもいるのに階上に登らなけばいけないビル診は患者さんに不便をかけるから自分としてはダメだと。
ーー物件を探してくる兄の提案を何十件も断ったとか。
野口:兄は早く開業したかったので、かなりの数の物件を持ってきたのですが全部却下だったんですよ。そんな中、現在の「薬師台メディカルTERRACE」と、たまたま地主さんとご縁があって巡り合えました。まとまった土地があり、駐車場も十分とれるので開業を決意しました。やるなら医療モールという形が取れる場所だったので、OKしたんですよね。
ーー勤務先の病院から比較的近いですね。
野口:それも大きな要因の1つでした。勤務医時代の患者さんを見捨てたくないという想いがありました。自分がこれまで手術してきた患者さんも、そのまま診られる距離感もマッチしたんです。
まとまった土地だったため医療モールの構想が進みました。接骨院とクリニックだけではもったいない、総合的に診られるコンセプトがいいだろうというところに、歯科医院や薬局も手をあげてくれたということです。
ーー「外科クリニック」にしようとは考えなかったのでしょうか。
野口:外科手術の経験は豊富にあったのですが、私は専門医ではありません。(基本的な疾患は)何でも診れるのが医者だと思ってたり、やはり手術が必要なときに、手術できるのもいいなと思ってたので、そこは自分の医者としてのコンセプトなんです。
手術もできて、内科医の動きもできるのが「医者らしい医者」だと思っていました。だから標榜科として外科も入れていますが専門ではありません。小さなクリニックながら手術できる環境も整えるとともに、ガンの早期発見に力を入れています。外科の主な仕事の1つであるガン手術はできなくても、ガンの早期発見で患者さんのためになりたいという思いがあったんです。自分が病院で手術してきた患者さんを責任持って診るには、CTも必要だろうと導入しました。
特別な集患よりも「普段の医療を丁寧に」
ーー失礼ながら比較的交通アクセスがよいとは言えない場所です。不安はありませんでしたか。
野口:電車、バスでは便利とは言えない場所ですよね。ただ都内とはいえ、車社会なので30台ほどの駐車場がとれたのは大きかったと思います。駐車場があって車で来やすい医療モールはあまりなかったですね。
ーー初期から集患は順調だったのですか?
野口:たしかに初期は患者数も少なかったですが、「親切丁寧」な医療を提供するのが結局は近道、一番だろうなと思っていました。勤務医で外科医の頃と同じように責任を持った診療をやればやるほど、患者さんがどんどん増えていった実感はあります。「かかりつけ医」として相談しやすい雰囲気づくりにはこだわりました。専門医を取得していないことをマイナスに捉えず、「なんでも診る」医療が信頼につながったかと思います。
ーー気が付けば患者さんの支持が広がっていったのですね。理想的に思えます。
野口:もちろん看板を出したり、ホームページを作ったりはしました。ただ、やはり患者さんを丁寧に診る、何でも診る姿勢ですね。怪我した子どもを診ていれば、お母さん方が困ったときに自然に来てくださいます。
同じく訪問診療に取り組んできたのも影響しています。高齢のおじいちゃん、おばあちゃんが「もし来られなくなっても、僕たちが行きますから」という姿勢も、安心につながった手応えはあります。これも総合診療の強みなのかもしれません。
医療ニーズに対応して機器や設備を拡充
ーーCTを最初から導入したというお話がありました。レントゲンなどと比べても相当に高額な設備でしたよね。躊躇はなかったのでしょうか。
野口:当初、勤務医時代から診ていたガン患者が多かったので再発チェックをちゃんとしたい、責任を持ちたいという思いがあったんです。ただCTがあったことで、その後も早期発見につながって地域貢献できたなという手応えが、後々になってありますね。
CTは高額な機器で、周りにないからこそ有益です。うちで早期発見、適切なマネジメントをするのは重要と考えました。また「転倒したらレントゲン」のイメージがあるかもしれませんが、高齢者は転倒時に頭を打つことも多いので、初期の出血を見逃さないためにもCTがあったのは本当に大きかったのです。
外科医だった自分にとっての必需品であり、信頼を置ける検査だったから高額でも決断できました。実際に稼いでくれているといったら言葉は悪いですが、ガンの早期発見にも活躍しています。
ーー自分がやりたい医療、ニーズと照らし合わせた投資は惜しまないということでしょうか。
野口:そうですね。ホルター心電図、睡眠時無呼吸の検査、動脈硬化の検査など開業後に患者さんのニーズを感じとって増やした部分もあるんです。患者さんが集まるにつれて疾患も多彩になっていく総合診療の影響もあるかもしれませんが。ずっと診ている患者さんもいろんな問題を抱えてくるので「これは診れません、分かりません」ではすまないと思っています。
ーー資金の問題はそこまで大きくはありませんでしたか。
野口:医療機器にかけられる費用は一般的な開業事例よりも多かったかもしれません。同じ敷地で親族が同時開業するため設備にかかる費用などは折半できました。また都内とはいえ郊外である町田で土地代、賃料などは想定より安く、その割に周辺住民が多いのも収益上は幸いだったと思います。
ーー今後も必要に応じて拡充させていく考え方ですね。
野口:必要に駆られて揃えたものとしては、従業員の休憩室が必要だ、会議室が必要だというニーズに対応する形ですね。今も「まだまだ」だと思っています。
設備だけではなく、採用や労務管理も同じですね。今も得意ではないんですが、過去に多くの後悔があります。今でこそ総務、人事、労務の担当者がいて医療法人としての体制も整ってきましたが、スタッフ一人ひとりに合ったキャリアの設計をどう考えるかなど、永続的なテーマだと思っています。
待遇面の改善やスタッフ同士の関係など、仕組みでカバーできる部分もあるので、一度にはできませんが進化していかなければならない。今は院内限定のSNSを導入して、メッセージのやりとりをするなども試みています。日々、進化ですね。
専門性ではなく外科医のマインドも大切
ーー今後、開業を検討したい先生に向けたお話しが伺えたらと思います。「専門性」が大切と言われる中で、野口先生は「総合」にこだわってこられましたよね。
野口:前提としては専門性は大事だと私も思っています。ただ私は総合診療を選びました。今、訪問診療もやっていますが、内科医と外科医で出身により違いが生まれると思います。これから訪問診療ますます拡がっていくと思いますが、総合診療ができる臨床医の育成は課題になるでしょう。
私の場合は外科で、がんの末期を見てきたっていうのもやはり経験値になっていると思うこともあります。これには勤務医のときから、患者さんの外科手術だけして自分の役割は終わりという価値は全くなかったことが影響していますね。
外科手術が上手ということは大事ですが、やはり「全人的医療」=何があっても自分が診る気構えでなければ、患者さんからの本当の信頼を得られないと思っています。最期の看取りでもちゃんと責任持って自分がやると。
また高齢者を診る以上、介護への理解も必要です。当院でも必然的にケアマネジャーをはじめ多くの介護職と共に働くようになりました。
ーー手術経験にとどまらない外科医の良さがあるということですね。
野口:「何か専門に特化して開業するのがいい」と言われると慎重になる先生も多いと思うのですが、とくに外科系の先生には「そのまま開業すればいい」と私は言いたいですね。内科の勉強もしなくてはならないなど、心配はあると思いますが、外科で手術してきた経験、すなわち責任感や信頼、自信などマインドのところが一番大事なのではないでしょうか。
ーーただ一方、内科の勉強もかなり一生懸命にされたのではないでしょうか。
野口:もちろん勉強というか、苦労もありましたが、書物や論文を読むよりも臨床で学んだことが大きかったです。また分からないから調べる、自分が勉強するという発想ではなく、常にナースとも一緒に勉強してきました。「正直、自分もここの部分は分からないからみんなで把握しておこう」という投げかけがクリニックとしての質を高め、自分だけの知識ではなく、クリニックの蓄積になったと思うんです。
開業前に地域を深く知るべし
ーー地域に根ざす医療ってそんなに簡単ではありませんよね。
野口:前提として、医師の専門性は大事だと私も思っています。ただそれ以上に、この地域で何が必要とされているのか、高齢者に何ができるのかを大切に考えてきました。ではそのニーズをどう捉えればいいかというと、地域を学ぶ、好きになる観点が重要だと思っているんです。
開業医になる=視野を広げることだと実感しています。個人的にはずっと手術室にこもるのではなく、人々の生活、行政や地域に関心をもって「求められている医者の姿」を模索してきました。開業医になったからこそ気づけたことですね。
ーー開業前に「地域を知る」。具体的にはどんな行動をすべきでしょうか。
野口:どのような人が住んでいて、どういう患者層がいて何を求められるか、どんな人が住んでいるかを自分の肌で感じ取ることかと思います。
私も最初は町田を無理矢理「好き」だと思ってみました。町田が好きという前提で自分なりに、どのような魅力があるかを整理してみたのです。例えばこんなにスポーツのチームがある、芸術がある、自然も豊かで、「町」と「田」が成り立っている街だと知ることができる。当時、青年会議所にも入って交流もしました。行政との関わりも、役立つかもしれません。薬師台という小さな地域も、障害や福祉に理解のある地域だと、自分で歩いてみたから分かったことなんです。
自分が生まれ育った町でもない限りは、地域のことを自分から知ろうという努力は大事だと思います。
ーーおはなぽっぽクリニックで働いてみたいという専門医が増えていると聞きました。
野口:背景には、専門医からのキャリアチェンジを考える先生が多いということかと思います。職としては常に求められるけれども、高齢化社会を迎えたときに後悔しないだろうかというのは、ここに来る先生方がおっしゃいます。ここで取り組む総合診療、地域医療や訪問診療に触れずに専門医のままではいられないという考え方ですね。
ーー病院は専門性、クリニックは総合性のように役割が違うということですね。
野口:はい、地域の患者さんと向き合うクリニックで働きたいという動機は素晴らしいと思いますし、今後も専門医の先生のキャリアが多様化する流れは加速するかもしれません。
私としては、地域医療や総合診療を勉強してもらいたいという思いとともに、地域を知る楽しさ、地域を愛する意味を共有していきたいんです。それに、院長職が未経験なのは当たり前。だから次の院長を育てるつもりで、自分ひとりで抱えるのではなく「どうしたら現状はよくなる?誰を頼る?」という考えが大事だと教えていっています。そうして修行を積んだドクターが自分で開業するために離れるのは寂しいですけど、すごく意味のあることだと思っています。
まとめ:地域医療は住民のニーズとともに進化する
自身がこれまでに経験してきた医療と、地域に求められているニーズの接点が大切だと野口先生は指摘していました。
ニーズをくみ取って、それに対応できる姿に進化してきたからこそ、幅広い世代の住民から「おはなぽっぽ」「ぽっぽ」と親しまれ、信頼されるクリニックになってきたのでしょう。
総合診療は医師のキャリアを考える上でも選択肢の1つだと言えるのではないでしょうか。ぜひご自分の適性を確認する参考にしてみてください。
特徴
対応業務
その他の業務
診療科目
特徴
対応業務
診療科目
特徴
その他特徴
対応業務
診療科目
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2022年7月時点の情報を元に作成しています。
執筆 執筆者 藤原友亮
医療ライター。病院長や医師のインタビュー記事を多く手がけるほか、クリニックのブログ執筆やSNS運用なども担当。また、法人営業経験が長く医療機器メーカーや電子カルテベンダーの他、医師会、病院団体などの取材にも精通している。
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