在宅医療について、国は「在宅医療の体制構築に係る指針」を提示し、4つの医療機能[(1)退院支援(2)日常の療養支援(3)急変時の対応(4)看取り]の充実を求めるとともに、在宅医療・介護連携を推進すべく、多職種が協働して医療や介護を提供することの重要性も説いています。(※1)
この「多職種」には、医師が所属する診療所や病院のほか、介護サービス事業所、訪問看護事業所、薬局などさまざまな職種、部門が含まれています。そのなかで本記事では、薬局に関する在宅医療薬剤師にフォーカス。
在宅医療における薬剤師の役割とは?そして在宅医療を医師がおこなうにあたって、より円滑な業務を行うため、薬剤師とのコミュニケーションに役立つ情報とは?
現役の在宅医療薬剤師、菅野さんにインタビューしました。
※1 参考:厚生労働省「在宅医療の現状について」令 和 4 年 3 月 9 日
在宅医療薬剤師の役割・仕事内容「在宅ならではのハードルがある」
ー在宅医療薬剤師の仕事内容や役割を教えてください。また在宅の場合、門前薬局とはどのような違いがあるのでしょうか?
簡単にまとめると、在宅医療における薬剤師は以下のような仕事内容を担っています。
<在宅医療薬剤師の仕事内容>
●処方箋の調剤
ー患者さんの状態に合わせて一包化、粉砕調剤、麻薬調剤なども実施
●患者さんの自宅/施設への医薬品・衛生材料の供給
ー服薬指導・服薬支援
ー副作用等の体調管理の確認
ー服薬状況・管理状況のチェック
ー残薬管理、麻薬の管理や廃棄
●在宅担当医への助言、処方の提案など
●ケアマネージャーなど医療福祉関係者との連携
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私の考える、門前薬局に来てくれる外来受診の方と、在宅医療を必要としている人の違いは重症度や認知度の高さです。在宅医療の患者さんのほうが重症度や認知度は高い傾向にあります。だから在宅医療の薬剤師の場合、薬のことを説明するだけではなく、そもそも薬をちゃんと飲んでもらうための工夫が必要になります。
つまり、患者さんとの関わり度合いと、かける時間も異なります。場合によっては服薬指導、服薬状況・管理状況のチェックなどに1時間ほど要する場合もあります。
また、薬をどう置いておくと飲みやすくなるのかは個人で違います。例えば、薬をベッドのすぐ横のカレンダーに掛けておかないと飲めない人もいます。逆に体は動くものの認知症が進行している方だと、手が届くところに薬がある方が危険。その場合はケアマネージャーさんや訪問看護師さんと連携し、置き場所を決め共有しています。
患者さんごとにオーダーメイドの対応をしている感覚ですね。この点は門前薬局と在宅医療の薬剤師で大きな違いがあると思います。
ー菅野さんは以前、門前薬局に勤めていたそうですが、在宅に特化した薬局に移った背景にはこういった役割の違いも関連しているのでしょうか?
そうですね。
門前薬局だと、基本的にはみなさん自力で歩いて来られますし、医療機関に受診しているので「元気」ではないかもしれませんが、在宅医療の患者さんと比べると活発な方が多い印象です。そうなると、薬局にいる我々薬剤師の役割が、薬を渡すだけのような存在に感じられて…。
薬を待っているみなさんは早く帰りたい方が多いので、こちらから薬剤師としてのアプローチも十分にできない。自分は自動販売機と同じような存在なのではないかと思ってしまったんです。
もちろんそうでない薬剤師さん、薬局も多いと思いますが、自分としては当時、そんな感覚をおぼえました。このままでは本来目指していた、患者さんにとって最適な服薬指導をしたり、コミュニケーションを取ったりすることができないのではないかと考え、在宅医療の世界に踏み込みました。
在宅医療薬剤師と他職種の連携
ー在宅での服薬指導は、そもそもどのようにスタートするのでしょうか。流れを教えてください。
個人宅への在宅医療の場合はケアマネージャーさんからの依頼がほとんどです。あとは連携している医療機関の先生からお電話等でご連絡いただくことが多いです。
門前薬局の薬剤師であれば、患者さんの様子を見て在宅医療の提案をするケースもありますが、実際のところはなかなかありません。
一度だけ、コロナによって薬局に薬を取りに出かけることが難しい方に在宅医療を提案したことはあります。ただ、私の薬剤師経験のなかで一度だけですね。
ー他の職種とのやり取りについても教えてください。
まずは看護師さんについて。私たちは、施設であればそこの看護師さん、個人宅であれば訪問看護師さんと密に連絡を取り合っています。看護師さんからは「この薬は粉砕していいですか?」「いつの分までお薬ありますか」「先生からこの薬を入れてほしいと言われているので来てくれませんか?」など、お薬に関することや先生との橋渡しに関して担ってくださっています。
ケアマネージャーさんからは、先述した通り在宅の服薬指導の依頼が来ることがあります。在宅医療が始まると、こちらからは患者さんの住所や点滴の有無など、さまざまな状態をケアマネージャーさんに伺っています。
歯科医師の方とのやりとりはあまりないのですが、漢方や抗生物質の対応でご連絡することがあります。
医科の先生方と、情報交換の根本は変わらないですね。
ー在宅医療のIT化についても少し聞かせてください。多職種との情報共有が円滑になるツールについて、現場で普及している印象はありますか?
他の職種と情報共有ができるようなツールもたしかに多数出ていますが、まだ普及していない印象です。最近、医療に特化したチャットツールを少しだけ使い始めましたが、IT化はこれから。
過去に携わっていた施設を振り返ってみても、普及率は1%にも満たない程度だったと記憶しています。
患者情報提供書。薬剤師にとって「助かる」記載内容とは?
ー医師から情報共有として送られる患者情報提供書は、どのような方法でやりとりするのでしょうか?
使用ツールはFAXが依然として多いです。
その他は訪問時に先生から渡していただいたり、施設の場合は看護師さんからいただいたりすることもあります。情報提供書がもらえるか不安な場合は、事前に施設に電話し、先生から託されているか確認します。
ー 患者情報提供書のなかでぜひ医師に共有してもらいたい内容など、薬剤師目線での要望があれば教えてください。
普段からやり取りしている先生とは、電話で細かな情報を補完できています。ただ、在宅医療を利用する前に入院していた患者さんの場合、入院時に服用していた薬の説明があるとありがたいです。
もちろんその共有はなかなか難しいでしょう。でも、入院時に処方されていた薬の意図を、その後の在宅医の方があまり把握できていないケースもあるのです。
薬剤師の視点では不要に思える薬があった時、それが入院時になぜ処方されていたのかが分かれば、今患者さんを診ている先生に「この薬を減らしましょう」と提案できます。
その判断がしかねるため、疑問を持ちながら処方が続くことが少なからずある。
入院先の先生にはその意図を記載いただきたいですし、そこから引き継ぐ在宅の先生には、事前に入院時の処方で曖昧な部分を、入院先の病院に問い合わせるなどしていただくと薬剤師としては嬉しいですね。実現にはハードルもあると思いますが、広く言うと円滑な連携がより適正化されると良いなと感じています。
在宅医療での服薬指導は「正しく服用してもらうこと」と「信頼」が鍵
ー患者さんとのコミュニケーションについても聞かせてください。患者さんへの服薬指導でどのようなことを心がけていますか?
まず施設の場合、本人が寝たきりだったり話せなかったりする方も多いので、そういった時は看護師さんに服薬指導をしています。
そうではない方でも先述した通り、薬の飲み忘れなどは多く、想定したタイミングに飲んでもらうことも難しいです。だからまずは「どう飲んでいただくか」、そして飲み終わっているかの確認。それをした上で、薬、薬効の評価をしています。
正しく飲んでいただくことを常に心がけ、そのための提案なども先生に行っています。
ー薬効については患者さんへのヒアリングや医師からの報告で確認しているのでしょうか?
そうですね。医師からの情報提供書で見られる情報があればそこも確認しますが、あとは患者さんに「飲んでみてどうだったか」を、定期的な訪問のなかで確認しています。
ただ、「もう腰は痛くない」と話しているものの、腰が痛そうな歩き方をしている患者さんもいます。たしかに、患者さんが症状を認識していない場合もありますし、自分の症状を正確にアウトプットできるとは限りません。
こういった訪問のなかでの気づきは、あとで先生に報告して「薬を継続した方が良いのではないか」などと相談することもあります。
ーそのほか在宅医療の薬剤師として、患者さんとのコミュニケーションで気をつけていることを教えてください。
特に施設ではなく個人宅の訪問の場合、プライベートな空間に入るので雑談も織り交ぜながら信頼関係を積み重ねるようにしています。
しかし、初めて訪問した際「そんなもの頼んでいない」と門前払いされることもあります。その場合はご説明して、納得していただけるケースと、お話もできず「ドアに掛けておきますね」と言って帰るしかないこともあります。
ただ、ドアノブに掛けて帰ることになっても、その内容は先生方や、患者さんに関わるケアマネージャーさんにも報告し、情報共有は欠かせません。ドアノブに掛けた薬を、私の代わりにケアマネージャーさんや訪問看護師さんが引き取って患者さんに渡すなど、連携のおかげで成り立っていますね。
在宅医療薬剤師のメリット
医師から見た場合のメリット
ー在宅医療に薬剤師が関わることで、医師にとってはどのようなメリットがあると思いますか?
患者さんの状態を見ながら、最適な成分の薬を考えることは先生しかできませんが、その先の「どうすれば薬を正しい用法・用量で飲めるか」までは想定しきれない部分があると思います。そこを薬剤師がサポートする点は、メリットと言えそうです。
以前、嚥下機能が悪い患者さんに、大きな錠剤の薬を出した先生がいたので、粉薬への変更を提案して感謝された記憶があります。
先生には処方の部分までにぜひ注力いただきたい。それ以外の部分、そこから先は薬剤師がフォローできればと思っています。このようなメリットをこれからも感じていただけると嬉しいですね。
患者から見た場合のメリット
ー患者さんにとってのメリットはいかがでしょうか。
これまで話したことと重なりますが、やはり処方されたものを適切に服用し、ご自身の状態に合わせたサポートが実現する点でしょうか。
在宅医療薬剤師と患者さんとのコミュニケーション方法は、マニュアルなどではまとめられません。さまざまなケースがあり、常にその場で考え行動する必要があります。
すべては患者さんにとって最適な服薬が実現するためのものなので、そのメリットを患者さんが引き続き享受できるよう努めたいです。
在宅医療薬剤師の課題
ー在宅薬剤師が感じる課題や、業務の中で大変なところはありますか?
人手不足はやはり感じています。
以前までは施設に入られている方への服薬指導が多かったのですが、ここ数年で個人宅の患者さんへの訪問も増えてきました。
施設であれば看護師さんもいますし、服薬や薬の管理に関するフォローもあって安心感がありますが、個人宅となるとその辺にしっかり時間をかける必要があります。特に 家族の協力が得られなかったり、独居の方だとどうしても時間が必要です。とはいえ訪問する施設やお宅の数が減ることがあまりないので、忙しい。人手が増えればなと思います。
また、先生との認識の違いも一部課題であるように思います。
私たちは患者さんのもとへ薬をお届けするわけですが、 届けるように指示があってから、どうしてもタイムラグが発生してしまいます。
先生によっては「薬をすぐに届けてほしい」「この薬をすぐに抜いてほしい」といった依頼をするので、今日対応する予定の患者さんとやりとりしつつ、合間を縫って運転して届けに行く。つまり、出された処方に対応しすぐに届けることが、現実的でないケースがあるのです。
私が拠点にする薬局から患者さんの自宅まで、片道1時間ほどかかる場合もあります。かつ、患者さんに一包化や粉砕をした上でお持ちするとなると、どんなに頑張っても半日以上はかかる。イレギュラーな対応として必要な行為ではあるのですが、毎回スピーディーな対応を求められると少し困ってしまいますね。
ーそもそも1日で訪問する件数はどのくらいなのでしょうか?
薬局の中で調剤する人、往診に行く人、主に個人在宅をまわる人など、薬剤師の中でも色々あるので個人差はありますが、おおよそ1日で2、30件です。
となると1日で占める割合としては移動の時間が多く、お薬を作る時間は夜に。22時ぐらいまで残業してしまうこともあります。
施設だと一週間分を何名分か作って置いていくこともなるので、自転車操業に近い感覚です。
その状態で、例えばビタミン剤だけ急ぎで持って行く指示があった時、本当に早急に対応しないといけないのか。この疑問を先生に交渉できる場合と、そうでない場合があります。
先生方にはできれば「急ぎ」の裏の意図や、どの程度の緊急度合いなのかを教えていただけると嬉しいです。「なるべく早めがいい」という場合も、もう少し細かく時刻や締め切りを伝えてくれると、こちらも判断しやすいですね。
在宅薬剤師に資格は必要か?
ー 「在宅療養支援認定薬剤師」「緩和薬物療法認定薬剤師」などの資格は必須ですか?働いている薬局で資格を優先する動きはあるのでしょうか。
資格は適正な判断につながる有効なものだと思います。ただ、上記のような資格を取得していなくても、現場に出て経験を積み、活躍している人は非常に多いです。
門前薬局から在宅専門の薬剤師になった際、先輩の薬剤師の方に同行し、やりとりを見させてもらいましたが、それ以降はもう現場にひとりで行く流れでした。患者さんと向き合いたいという姿勢は以前から変わらないので、医師の方や訪問看護師さんも含めた他職種の方々と会う中で、コミュニケーション方法や在宅医療薬剤師としての振る舞い方を育んでいくイメージです。
ーありがとうございました。
この記事は、2022年8月時点の情報を元に作成しています。