
新型コロナウイルスが急速に広がった際に、発熱外来が診療しきれないほどに患者さんが殺到する様子は全国各地で見られました。物理的な制約などから、発熱外来に対応できる医療機関は限られているため、対応可能な病院やクリニックに患者さんが集中するのは避けられません。
こうした状況の打開策のひとつが「モバイルクリニック」。発熱外来を行うための医療用コンテナです。導入のメリットや事例、今後の見通しなどを、販売元に取材しました。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年8月30日現在です。
取材先:ヴィガラクス株式会社 代表取締役 横山 和也氏
太陽光パネルメーカーの勤務経験から、再生可能エネルギーをより身近な存在にし、災害時の発電対策に役立てたいという思いから2019年にヴィガラクス社を創業した。ほどなく新型コロナのパンデミックが始まり、複数の企業との提携により発熱外来コンテナ診療所「モバイルクリニック」をリリース。
モバイルクリニックは医療者を守るコンテナ
「モバイルクリニック」は、陰圧設備を内蔵した移動型の簡易診療所です。コロナの拡大を受けて多くのクリニックでは発熱患者を受け入れる際の診療エリアの確保、動線の分離に苦労しました。発熱外来の実施を断念するクリニックがあったほか、院内で働くスタッフにも感染がおよぶ例がいくつも報告されています。
そうした医療従事者の感染リスクを減らす目的で設計、開発された「モバイルクリニック」は一回目の緊急事態宣言の只中にある2020年5月からプロジェクトがスタート。クラウドファンディングにより資金調達を経て、8月には第1号機を兵庫県立尼崎総合医療センターに寄贈しました。
--モバイルクリニックの特徴を紹介してください。
横山:モバイルクリニックは、アメリカの疾病対策予防センターが定めた換気回数12回/h以上や陰圧2.5Pa以上確保する基準を大幅にクリアしています。また日本の建築基準法にも適合しているコンテナで、移設や輸送もできるにもかかわらず、台風にも耐える頑強さを誇っています。
サイズは標準タイプで、幅が約6m×奥行2.4m程度。陰圧設備や照明のほか、患者さんと医療従事者の出入りを分けた2か所のドアや、間仕切りカーテンなどが付いています。
設備や外観もカスタマイズでき、オプションとして診療用のイスや机、ベッドなどの追加にも対応可能です。通常はご注文から1か月半で納品しております。
--感染も防げて、頑丈なのは素晴らしいですが、クリニックなどではオーバースペックなのではありませんか。
横山:実は「大がかり過ぎる」という声は、当初医療機関からも聞かれたんです。率直に言って、「長くても数か月で終わるだろう」と見通していた方も少なくありませんでした。
ところが夏になると断熱性が低かったり、エアコンがなかったりすると、中でずっと作業しているスタッフに熱中症の危険性が出てきます。また本格的な台風シーズンが到来すると、テントやプレハブにはない頑丈さを求められる先生が増えてきました。
導入医院にもたらされた経営面のインパクト
大病院への寄贈からスタートしたモバイルクリニックは、やがて発熱外来の受け入れができずに困っていたクリニックへと広がっていきました。
--病院と同じかそれ以上にクリニックも発熱外来の受け入れに困っていたということですね。
横山:最初に導入してくださったクリニックは、福岡にある「たかもとホームクリニック」でした。導入後にスタッフさんから「モバイルクリニックがなかったら経営がどうなっていたか分からないです。それくらい一気に周りの医療機関からも患者さんが押し寄せるようになりました」という言葉をお聞きしました。
たかもとホームクリニックのホームページにもモバイルクリニックが登場しています。
ただでさえ患者数が減っていたうえに、発熱患者さんを受け入れられないで経営的に困っていたクリニックは多くあります。地域の中で唯一の陰圧設備を整えたことで、近隣の医療機関からの紹介も増えたそうです。
基幹モデルの20フィート(約6m)タイプの設置イメージ。医療従事者用に前室が作られている。
--医療従事者を守るということでしたが具体的な工夫は?
横山:はい、設計も医療従事者目線になっています。ゾーニングで、レッド・イエロー・グリーンの3ゾーンに分かれています。
患者さんはそのままレッドゾーンに入っていただきますが、医療従事者はレッドの前に、前室としてイエローゾーンに入ります。それぞれ別の方向に通気するので、感染リスクを下げられるという仕組みですね。
他にも、無料で外壁のデザイン変更やドアの位置を変えられるほか、有料オプションでエアコンや専用トイレ、手洗い場など水回りの設置も可能です。
納品まで1か月半ほどお待ちいただければ、内部もかなりカスタマイズできます。
補助金制度を使った費用軽減も
モバイルクリニックの導入事例は順調に増え、2022年7月時点で50施設を超えました。しかし海外で製造される製品のため、近頃は急速に進んだ円安の影響も無視できないと言います。
--もとは600万円台で導入や設置できたそうですね。
横山:円安ドル高が一気に進んだのは誤算でした。できる限りの努力で吸収してきましたが、現在は円の価値が下がった影響で以前より割高な状況です。
その対策として、まだ検討段階ではあるものの、ドル建てで購入いただける制度や初期の費用負担を減らすためのリース制度も準備しています。今後も、できるだけ多くの医療機関様のお役に立ちたいと考えています。
--補助金などを活用して、医療機関の負担を抑えることは可能でしょうか?
横山:はい、導入いただいた医療機関の中には、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」などを利用されたケースもあります。窓口としては都道府県単位になるので、行政に相談されるとよいかもしれません。
コロナ対応だけでは終わらないコンテナハウスの可能性
「医療従事者のリスクを減らしたい」という思いで始まったモバイルクリニックの挑戦ですが、横山氏はこの先の可能性についてもすでに準備を始めています。
--今後も「コロナの感染者数は増減を繰り返していく」などという指摘もあります。今からでも導入は遅くないとお考えでしょうか?
横山:遅くはないです。コロナの影響がいつまで続くかは誰にも分かりませんが、少なくとも防災対策としては有効だからです。発熱外来として使わなくても、太陽光パネルを設置して発電機能を持たせるなど、災害が起きた際に診療を続けるための手段として役立ちます。
「コロナも災害」だと私は捉えていますが、それにも増して、台風・大雨・地震などへの備えが必要なエリアは先生方の防災意識がとくに高いと感じます。具体的には、福岡をはじめ九州北部ですね。災害が起こるリスクの高さを日々感じていらっしゃるのでしょう。
--特定の地域でニーズが高いというのは面白い傾向ですね。
横山:容易に移動できるのも、モバイルクリニックの強みなので、一部地域だけ感染拡大するなどの状況があればその地域に送り込むことも可能です。また、もし国内でのニーズが完全になくなるようなことがあれば、海外に輸送するという活用方法もあります。
コロナ感染や新たな感染症が起こっている地域に、可搬性のよいコンテナを輸送すれば国際貢献にもなるかもしれません。海外に出すためのルートも現在検討しています。
--社会貢献性の高い製品ですね。お話を聞かせていただきありがとうございました。
感染リスクを減らすひとつの武器
陰圧設備を整えて感染リスクをおさえながら、災害時のBCP対策としても有効なコンテナハウスの導入は、スタッフの健康を守るとともに、集患にも役立つ可能性があります。
単なるコロナ対策の域を超えた防災用品として、各クリニックをはじめ公的施設での導入が進むことが期待されます。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2022年10月時点の情報を元に作成しています。