このまま大学に残るのか、別の病院に転じるべきか。それとも開業して経営者の道を歩むのか。30~40代で将来の姿について考える医師も多いのではないでしょうか。開業に興味はあっても、一歩が踏み出せないという人もいるかもしれません。
一言で開業と言っても、ゼロから立ち上げる方式ばかりではありません。承継や分院という選択もあります。今回、お話を聞いた齋藤哲史医師は、各地での病院勤務後に大学に戻ったものの、何が自分にとって幸せなのか?将来像を描けずにいたと言います。
そんなときに訪れたある出会いで、予期せぬ形で分院の院長として開業医の道を歩むことになりました。コロナ禍と開業時期が重なったことによる影響と、それをどう乗り越えたかなど、話をお聞きしました。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年8月18日現在です。
取材先:雪月花メディカルクリニック秋葉原中央通診療所 院長 齋藤 哲史氏
内科医・循環器内科医・皮膚科医。東京医科大学卒業、循環器内科にて狭心症や不整脈、心不全などの診療のほか、循環器救急医療にも従事した。東京、埼玉、高知など地域中核病院のほか、伊豆大島での離島医療も経験。2019年5月 雪月花メディカルクリニック秋葉原診療所副院長に就任し、同10月に同クリニックの「秋葉原中央通診療所」を開設して院長に就任する。
理事長からの開業の誘い
齋藤医師が開業の道を選んだのは、ある誘いがきっかけでした。「秋葉原中央通診療所」の本院にあたる「秋葉原診療所」を開設した大道院長(現在の医療法人雪月花・理事長)が、分院開業を計画して、同じ大学出身の齋藤医師に声をかけたのだと言います。
--それまでは大学病院に勤めて、開業は考えたことはなかったのですか。
齋藤:独自にゼロから開業しようというのはイメージが持てませんでした。30代後半から40代というのは多くの勤務医がキャリア選択に悩む頃かと思います。私も、医師になって10年以上が経過し、大学教授を目指すでもなく、他の病院に転職するのがよいのか、などと考えていた頃です。当直や転勤などを続けるのにも「いつまでできるか」不安や疑問を感じていました。
そんなとき、大道先生から「一緒にやらないか」と、お声をかけていただきました。本院は開業から6年が経過していて、日々の診療のキャパシティがオーバーしてしまうほどだったので、分院を任せられる人材を探していたそうです。経験年数も一定以上あり、今後のキャリアを考える時期に来ていた「適齢期」の私がそこに当てはまったのですね。
--話を受けて即決したのですか。
齋藤:お互いのタイミングが一致したということでしょうね。決して楽な道ではないと思いましたが、やりたいと思いました。ちょうど法人化するところで、私も役員として加わったという経緯です。それでも開業場所は決まっていますし、自らは借金を抱えずに自己資金の中で開業準備できるという選択はありがたかったと思っています。
開業までも開業後も必死の思いだった
開業の準備をしながらも、本院を手伝いながらクリニックの診療に触れ始めた齋藤医師。自身には循環器内科や救急での勤務経験があったものの、医療ニーズの違いに戸惑い、必死に研鑽を積んだと言います。
--病院診療との違いとは、どのようなことでしょうか。
齋藤:大病院と比較すると医療ニーズが全く違いますよね。秋葉原という土地柄、会社勤めの方、学生さんなどが周りには多いわけです。私の専門は循環器ですが、ここに来られる方は狭心症など心臓病を訴えてくるケースはまずなく、風邪や皮膚炎で受診される方が大半です。「ジェネラルな診察」を求められることを肌で味わい、幅広く対応できないと勝負できないと感じました。
内科、皮膚科については、ここに来てから必死に習得しました。理事長の診療を見せてもらいながら、猛勉強しましたね。
--さらに開業準備も加わってくるわけですね。
齋藤:夜まで本院で診療、打ち合わせも続くので体力的にはかなりきつかったです。理事長と一緒に、診療所の設計図を作成し、現場で修正も行いました。工事の一部分は我々で行ったところもあります。「コンセントの位置を20cm上に変えたほうがいい」とか、夜な夜なやっていました。こだわりを反映させられるし、コスト削減にもなるので「なるほど、これは大変だがやるしかない」と食らいついていましたが、自分で設計や工事するなんて聞いたことがないですよね。ただ、こうした開業を成功させた経験のあるパートナーとの準備作業は心強いものでした。そして、どうにか2019年10月に開院にこぎつけたわけです。
コロナ到来、発熱外来に見出した活路
--開業してわずか数か月でコロナが来てしまいました。
齋藤:かなり大きなダメージでした。まだ開業してまもなく、安定的に患者さんが来ているとは言えない状況で、さらに患者さんが激減してしまったのです。実際に近隣のクリニックが何件も閉鎖しましたからね。
そのような状況で、発熱外来を始める決断をするのにさほど時間はかかりませんでした。本院の院長をつとめる理事長とも相談して、発熱の患者さんも診察することを決意しました。他のクリニックでは、入口や動線を分けられないケースも多いと聞きますが、当院ではなんとか調整できたのです。
また自由診療として、抗体検査さらにはPCR検査にも早期対応したことで「検査を受けたい」という患者さんのニーズに応えられたことが、現在につながっていると思います。
--早期の経営判断が功を奏したわけですね。ただし発熱外来が増えると、一般の患者さんが減るという話もお聞きします。影響はありましたか。
齋藤:その通りです。どこまで発熱外来を告知するかというバランスは苦労しましたね。ホームページには、発熱外来を希望される方はまずは電話をください、などと記載して、行き場がなくて困っている患者さんを助ける努力をしました。
--コロナ患者さんは今後も増減を繰り返していくと言われていますね。
齋藤:それは現在も課題です。発熱外来が増えると一般患者が減り、発熱外来が減り始めるとまた一般患者さんが戻ってきます。少しでもリピートしてくださる患者さんを増やすように、限られた診療時間の中で生活習慣改善のアドバイスをするなど「いいクリニックだな」と印象を残せるような意識は持っています。普段の診療に全力を尽くすしかないんですよね。待ち時間を減らすように努力しつつも、患者さんに「何かを持ち帰ってもらう」意識で取り組んでいます。
また、経営についても考える必要があります。まずは、クリニック経営の黒字化ラインとよく言われる、1日40人の来院を目指すこと。発熱患者さんが多いときは80人を超えるときもあるのですが、それは一過性のものです。最近になってようやく、安定的な集患ができてきたかなと思います。
本院で理事長がさばききれなくなった患者さんがこちらに来てくれるようになったのもよかったです。本院の知名度やブランドを生かせるのは分院開業のメリットですね。
キャパシティと人材不足への対応
--80人という数字がありましたが、齋藤先生だけでは対応が難しくなるのでは?
齋藤:私や看護師、医療事務と一緒に一丸となって患者さんを診るようにしていますが、率直に言って限界以上の数値だと思います。診察時間も短くなってしまうので、本来はキャパシティを増やして対応したいところです。ただ物理的にも、人材採用の難しさからしても、すぐに改善するのは厳しい現状があります。
--場所が大通りに面している1階で立地は素晴らしいのですが、失礼ながらやや手狭ですよね。
齋藤:そうですね。大きさは40平米程度の1LDKなので、かなり手狭ではあります。でも、一般内科、皮膚科なら大型の医療機器もいらないので、ここでできる医療をしっかり提供していくことが使命だと考えています。
ただ、人材不足という点ではかなり困っています。「夜遅くまで受診したい」というニーズにこたえるために平日の診療時間は20時半まで対応しているのですが、遅い時間でも勤務できる方はなかなかいません。スタッフが不在になってしまうと、検査や会計までひとりで対応するのでなかなか大変ですね。最低限の規模から経営をスタートし、黒字化して徐々に規模を拡大したいとは思いますが、ひとつひとつ地道にやっていくしかないと思います。
朝から晩まで大学病院の頃よりも激務ですが、収入の管理やスタッフの教育、患者さんとの細かなコミュニケーション、口コミへの対応などなど、大学病院に勤め続けていたら味わえなかった世界を知れてよかったと思います。また、経営経験のない私がひとりで開業してもうまくいかなかっただろうと、実感しています。心強いパートナーがいる環境に巡り合えたのはよかったですね。
開業のタイミングと方法の最良はそれぞれ
本院で培われたノウハウや患者さんからの信頼があるので、分院開業時に院長として転職するケースは、ゼロから開業するよりも有利な点があると言えるでしょう。齋藤院長のように自身にとってゆかりのなかった土地で開業する場合にはなおさらです。
しかし分院後、経営を成り立たせられる運営ができるかどうかは結局は院長次第。開業から約3年、コロナという予期しない事態にも対応して「なんとか必死な思いでここまで来た」と齋藤院長は苦笑いして振り返っていました。
今後のキャリアを考えて情報収集していたからこそ、こうしたチャンスが巡ってくるのかもしれません。
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診療科目
この記事は、2022年10月時点の情報を元に作成しています。