人材不足をはじめとしたクリニックの労務課題には、多くの院長が頭を抱えていることでしょう。
厚生労働省によると、医療機関の離職率は、高卒就職者で46.2%、大卒就職者では38.6%にも上ります。 参照:厚生労働省「令和2年度新規学卒就職者の離職状況(平成30年3月卒業者の状況)」
このような人材不足の原因には、医療現場ならではの忙しさや患者対応、スタッフ間の人間関係などが挙げられます。
そこでこの記事では、クリニックの運営・経営にかかわる人材不足をはじめとした労務課題の解決策を、採用、配置、評価・報酬、退職の4つに分けてご紹介します。
採用の課題と解決法
クリニックの採用については、以下のような悩みが代表例として挙げられます。
応募が少ない
応募数の少なさに、「そもそも人材を選べる段階にない」と頭を抱える医師も多いようです。
応募数を上げるためには、募集広告でクリニックに欲しい人材を明確にし、そこに響く募集の打ち出し方を考えていくことが大切です。ここは「欲しい人材像」にも関わってきますが、決まった時間で決まった業務を行って欲しいのか、積極的にクリニックの業務をこなしてくれる人材が欲しいのかで訴求文は変わってくるでしょう。
前者であれば、「残業なし」「育休制度あり」など、福利構成を前面に押し出した広告が響くのではないでしょうか。後者であれば、「資格取得実績」「明確な評価制度」など、成長できる・成長したいと思える環境を打ち出すと良いでしょう。
いずれにしても、「自院に欲しい人材はどんなタイプなのか?」を明確にしていけると良いですね。
良い人材を見極められない
「自院にとって、どんな人材が『いい人材』なのかが見極められない」といった声もあります。
「自院にとって有益な人材かどうか」を見抜くためには、「欲しい人材像」を明確にして、面接時にテストを行うことはとても有効な手段です。
事務スタッフの面接を例に挙げると、「なにか特定の医療用語や適当な数字を言って、紙にそのまま書きとってもらう(聞き取り能力を判断)」や、「エクセルで簡単な表計算を行ってもらう(PCスキルを判断)」などがあります。
また、面接時には以下の点をしっかりと説明・確認しておくと、採用後のミスマッチは限りなく少なくなるでしょう。
- 昇給、賃金アップのタイミングと金額
- 賃金は扶養の範囲を希望するかどうか
- 交通費の支給の有無
- クリニックの駐車場や駐輪場の使用可否
- 早出や残業の可能性の有無(家族の協力は得られるか)
- 福利厚生の有無
- クリニックの健康保険や年金加入状況
- 有給休暇や特別休暇の制度について
長続きしない
せっかく雇用しても、すぐにやめられたら困ってしまいますよね。
応募者が新卒の場合は前述したテストなどを行って見極めるのも手ですが、応募者が新卒ではない場合は、「前職を退職した理由」を確認することをおすすめします。もし可能であれば、リファレンスチェック(前職関係者への裏どり)も行うといいでしょう。
退職の理由が「勤務時間がクリニックと合わなかった」と言っていたとしても、前職の院長に聞いてみると、「職員同士でのもめごとが多く、その原因となっている職員だった」などということも実際にあります。
上記の点は、クリニックで働くスタッフが不満を感じやすいところでもあります。
とくに昇給や休暇などについては敏感なスタッフも多いものですので、可能な限り、社労士などの専門家に相談しながら、細かいところまで明確にした就業規則を作成しておくと、なにかトラブルや意識の相違が起きた際にも就業規則をもとに説得が可能です。
配置の課題と解決法
スタッフを採用した後でも、以下のような課題が生まれる場合があります。
雇用すべき適正人数・正社員とアルバイトの割合がわからない
クリニックの経営者としては、「自院に適切なスタッフの数はどのくらいなのか?」「今の業務配分は適切なのか?」という悩みもあるかと思います。
この解決に向けては、まず「来院患者数との比率」を考えてみると良いでしょう。
クリニックのスタッフ適正人数は、一般的に「最大患者数の7割を目安とする」というものがあります。例えば、1日に最大で200人の患者が来院するとしたら、140人に対応するために何人のスタッフが必要か?を考えるのです。この場合は、1人当たり20人の患者様を対応することを想定して、日あたり7人の確保が目安となります。
新規開業の場合、開業を予定しているエリアの潜在顧客の動向を調べると役立つでしょう。すでに開業しているクリニックであれば、混みやすい時間帯なども考慮して配置を考える必要があります。
人件費に関しても、まずは自院の売り上げ想定をなるべく正確に算出することが重要です。一般的に、適正な割合は「収入の約15%」とされています。仮にクリニックの年収が2,000万円だった場合、2,000万円×15%=300万円となるため、300万円までは人件費として考えてよい、という計算になります。
この場合のスタッフ年収は300万円となりますので、雇えても1人~2人(アルバイト含む)となります。人件費を安く抑えるには、アルバイトやパートを多く雇うことも選択肢に入ってくることもあるでしょう。
募集するポジションの業務内容が把握できていない
適正人数については、「募集するポジションの業務内容が把握できていない」にも関わるところでもあります。
常勤ではないパートの人数を増やすと、「入れる時間がかぶり、結局どちらかを休ませないといけなくなる」などの問題も出てきます。クリニックを円滑に回していくには、常勤スタッフでなければいけない業務とアルバイト・パートスタッフでもよい業務をしっかりと切り分けて配置し、人件費等も合わせた適正値をしっかりと試算しておく必要があります。
既存スタッフと新規スタッフの関係性に不安がある
スタッフが離職する原因には、既存スタッフとの関係がうまくいかないことや、給与など条件面での差があること、スタッフによって院長の接し方が違うこと、なども挙げられます。
無用なトラブルを避けるためにも、院長自らスタッフとの1対1のミーティングを設けてストレスをため込まないように努めたり、1人1人の性格や扱い方をしっかりと把握し、スタッフにはなるべく相手によって差を出さずに、同じ対応をすることが求められます。
労働条件の差については、就業規則などで明確に提示してくと不満も生まれづらくなるでしょう。
評価・報酬の課題と解決法
評価制度・報酬については、スタッフからの不満が上がりやすいところです。
主な課題としては、以下のようなものが挙げられます。
経営陣の評価とスタッフ個人の評価の差異がある
「評価制度が固まっていない」からこそ起きている問題でもあります。
では、明確な評価制度をどう定めるのか?については、例えば
- 人柄、サービス精神…患者対応、スタッフ間のコミュニケーション など
- レセプト処理…点数を正しく把握できているか など
- 電話対応…適切な敬語が使えるか など
- カルテ管理…正しく扱えているか など
- 受付対応…丁寧な説明ができているか、クレーム対応は適切か など
上記のように、スタッフ個人の人間性と、クリニックの各業務のクオリティなどを1~5まで数値化して、クリニックへの貢献度を図る方法があります。
それぞれ細かく基準を設けておくことで、最終的にだれが見てもわかりやすい評価制度を整えることができるはずです。明確な基準があれば、不満を持つスタッフも少なくなるでしょう。
昇給のタイミング、上昇率の適正がわからない
「明確な基準を設けておくこと」は、昇給のタイミングや適正な上昇率を判断する際にも役立ちます。例えば、「特定のスキルを習得すると◯円アップ」「人柄、サービス精神での評価が2段階上がると◯円アップ」などですね。
評価基準を明確にしておくことで、「頑張っても頑張らなくても一緒」ということはなくなりますし、スタッフの目標設定や成長にもつながるはずです。
給与の上昇率については、「毎年3000円アップ」などとした場合、よほどのことがない限り毎年ごとに3000円ずつ月給を上げる必要があるため、3年後にはおよそ月当たり9000円の給与アップとなり、1年で考えると10.8万円のコストアップとなります。
毎年同じ状況で昇給が可能、とは約束できないのも事実ですので、できる限り長期継続可能な条件を提示することが重要です。
特別手当、賞与の設計について
給与に関連して、特別手当や賞与の設計については、厚生労働省が2021年に行った統計によれば、クリニックの常勤職員の平均給与・賞与は次の通りです。
職種 | 給与 | 賞与 | 合計 |
看護職員 | 339.5万円 | 59.5万円 | 399.0万円 |
医療技術員 | 304.6万円 | 66.3万円 | 370.9万円 |
事務職員 | 281.6万円 | 52.3万円 | 333.9万円 |
全国一斉に行った調査結果のため、都市、地方部などの条件によって差はあると思います。全国平均はあくまでも目安として、地元の人材紹介会社や派遣会社などにヒアリングすることで、開業エリア周辺の相場を知ることが望ましいでしょう。
特別手当や賞与の有無については、原則としてクリニック側の判断となりますが、開業したての時期などはどのくらいの患者数を見込めるのかもわからず、明確な金額を提示するのは難しい場合も多いでしょう。
実際、最初のうちは「業績によりけり」として、はじめのうちは出していないか、出しても1か月分というところが多いようです。ただ「患者が増えてきたら奮発する」という声も多数上がっていました。
こちらについてもクリニックが出した評価とスタッフの自己評価が著しく乖離している場合には労使トラブルに発展する可能性がありますので、あらかじめ明確な基準を提示し、達成できた場合にはしっかりと支払うようにするとよいでしょう。
評価制度や基準について1人で考えるのが難しい場合は、社労士など専門家を頼ることもお勧めいたします。
退職・休職の課題と解決法
退職率が高く、常に人材不足の現状にあるクリニック。そんな人材不足の要因として、以下の課題は常について回るものだと思います。
スタッフの産休・育休について
産休・育休については、「正直抜けられると厳しい」と考える院長も少なくないと思いますが、法律上、出産予定日の6週間前から事業主に請求できる上、出産翌日から8週間は、原則、就業させられなくなっています。
産休・育休を取得できる要件としては
- 同じ事業主に継続して1年以上雇用されている
- 子どもの1歳の誕生日以降も引き続き雇用されることが見込まれている
- 子どもの2歳の誕生日の前々日までに、契約期間が満了しておらず、その後の契約更新が明らかである
- 加えて、(1)雇用期間が1年未満、(2)1年以内に雇用関係が終了する、(3)週の所定労働日数が2日以下の場合は育児休業を取得できない
といったものはありますが、問題は産休・育休中の代替スタッフの確保とコストだと思います。
ここについては、代わりのスタッフをクリニック内でやりくりができればいいのですが、多くのクリニックにそこまでの人的余裕はないでしょう。アルバイトやパートなどで対処することも考える必要がありますが、その場合、医療法人化されていないクリニックでは、「両立支援助成金」が利用できる場合も多いので、詳細を確認しておきましょう。
参照: 厚生労働省 「令和5年度 両立支援等助成金」、事業主の方への給付金のご案内
ほかにも介護離職防止支援や女性活躍加速化コースなど、女性の雇用について利用可能な制度がありますので、社会保険労務士に相談してみるといいでしょう。
職場の人間関係について
離職率が高くなる要因として、業務用の多さや、復職が(比較的)容易であることにも起因する「人間関係の悪化」が挙げられます。
こちらについては、先述(既存スタッフと新規スタッフの関係性に不安がある にて)したように、院長自らミーティングを行うなど、スタッフのケアに芽を向けることが重要になってきます。
また人間関係の悪化の原因にもなりうる「待遇」についても、基準を明確にしておくことで、たとえ差が生まれたとしても、判断基準が明らかなので、そこへの不満は生まれづらくなるのではないでしょうか。
それらができれば、スタッフの離職は減り、業務量も適切に保たれていく可能性は高くなります。
まとめ
クリニックの運営・経営を支えるスタッフの労働環境を整えるには、労務課題を洗い出し、それぞれに沿った明確な判断基準を設けることが重要です。
とはいえ、専門的な知識を必要とするところでもあるため、1人で判断するのは難しい場面も多いのではないかと思います。
そうした際には、ぜひ社労士など専門家のサポートを受け、安定した運営につなげていただければと思います。
特徴
対応業務
診療科目
特徴
対応業務
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この記事は、2023年5月時点の情報を元に作成しています。
執筆 CLIUS(クリアス )
クラウド型電子カルテCLIUS(クリアス)を2018年より提供。
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