2024年4月から、医師の長時間労働の改善と健康確保を目的とした「医師の働き方改革」が施行されています。この改革により、医師の時間外労働時間の上限が規制され、医療機関に求められる対応も変わってきます。本コラムでは、事務長が知っておくべきポイントについてわかりやすく解説します。
医師の働き方改革の背景と目的
医師の長時間労働の現状と課題
長時間労働の現状
医師の長時間労働は長年にわたり問題視されてきました。過酷な勤務スケジュールにより、医師が過労に陥るケースや、健康被害を受けることがあります。特に研修医や若手医師は、経験を積むために長時間労働を余儀なくされることが多く、心身の疲弊が問題となっています。
厚生労働省の「令和元年 医師の勤務実態調査」では、医療機関で働く医師の約40%が月80時間以上の残業(時間外・休日労働)を行っているとされています。
過労による健康被害
医師の過労は、心身の健康に深刻な影響を与えるだけでなく、医療ミスのリスクを高める要因ともなります。過労による判断力の低下や集中力の欠如は、患者に対するケアの質を低下させる可能性があります。これにより、医師自身の健康だけでなく、患者の安全にも悪影響を及ぼすことになります。また、長時間労働は脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼすと言われており、時間外・休日労働時間が長くなる程発症リスクが高まるとされています。
働き方改革の必要性
医師の健康維持
医師の健康を維持するためには、適切な労働環境を整えることが不可欠です。働き方改革により、医師の労働時間を適正化し、過労を防ぐことで、心身の健康を守ることができます。これにより、医師はより良いパフォーマンスを発揮できるようになります。
医療サービスの質向上
医師の働き方改革は、医療サービスの質向上にも寄与します。医師が健康であれば、患者に対してより質の高い医療を提供することが可能となります。さらに、医師のモチベーションが向上することで、病院全体、クリニック全体のパフォーマンスも向上します。
2024年4月からの時間外労働時間の上限規制
時間外労働の上限規制の具体的内容
2024年4月からの医師の働き方改革では、A水準、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準の5種類に分類されていますが、時間外労働の上限規制の観点では、A水準か、それ以外かに分けることができます。ここではそれぞれの内容を解説いたします。
A水準
2024年4月から、医師の時間外・休日労働時間の上限が原則として年間960時間に設定されています。この上限は、医師が過労にならないようにするための重要な措置です。
年間960時間を上回るような時間外・休日労働を行わせる場合には、以下に記載のB水準、C水準として理由に応じて都道府県知事の指定を受ける必要があります。さらに、月間の時間外・休日労働はいずれの水準を問わず100時間を超えないように規制されます。これにより、特定の月に集中して長時間労働が行われることを防ぎ、医師の労働負担を均等にすることが目的です。この100時間の規制は、特に繁忙期における過労を防ぐために重要です。
B水準:地域医療暫定特例水準とは
B水準の対象となる医療機関は、三次救急医療機関や年間救急車受け入れ台数が1,000台以上の二次救急医療機関などです。他にも連携B水準があり、連携B水準の対象は、医師の派遣を通じて地域の医療提供体制を確保するために必要な役割を担う医療機関として、大学病院などで当該役割を担うものが対象となります。B水準の場合は年間の時間外・休日労働の上限は1,860時間となり、連携B水準は、自院では960時間以内で他院と通算して1,860時間が上限となっています。
C水準:集中的技能向上水準とは
C水準は、研修等を行う施設等が該当します。C-1水準では、臨床研修医や専攻医の研修のため、やむを得ず長時間労働になる場合に適用され、時間外・休日労働の年間想定最大時間数が960時間を超える医療機関のみが対象になります。また、C-2水準では、専攻医を卒業した医師が、高度な技能の習得のためにやむを得ず長時間労働となる場合に適用され、その医師の育成のために十分な教育研修環境を有する医療機関が対象になります。C-1水準、C-2水準ともに年間の時間外・休日労働の上限は1,860時間です。
(引用|厚生労働省「医師の働き方改革2024年4月までの手続きガイド」)
医師にも時間外労働の上限規制が適用される
規制適用の背景
一般的な企業においては2019年4月から働き方改革関連法案が施行されていますが、医師の働き方改革は2024年4月に施行されています。これには、日本の医療が、医師の長時間労働によって支えられてきた背景があります。医師の労働環境を整備することで、医療の質と安全を確保するとともに、持続可能な医療提供体制を維持していくために、医師の時間外労働の上限規制が行われました。
新規制の影響
医師の働き方改革により、医師の労働時間の適切な把握が求められます。労基法では法定労働時間は1日に8時間、1週間に40時間と定められていますが、「1つの場所で」とは定められていません。医師によくある兼業・副業については、合計で何時間勤務しているかを把握する必要があります。
当法人の顧問先の医療機関でも、今までは医師の自己申告で労働時間を管理していましたが、医師の働き方改革に伴って、適切な労働時間を把握するためにクラウド型の勤怠管理システムが導入されました。副業先の医療機関については自己申告とせざるを得ませんでしたが、合計の適切な勤務時間を把握することができるように対応されています。労働時間の記録を正確に行うだけでなく、時間外・休日労働が上限を超えないように、後述の連続勤務時間制限や勤務間インターバルも踏まえて管理することも求められますので気を付けましょう。
宿日直許可とは
医師の働き方改革に伴い、当法人でも宿日直許可の申請依頼が増えました。
宿日直勤務とは、医師が夜間や休日に職場で待機し、非常時の対応や見回り、緊急の連絡受理などの軽易な業務に従事する勤務形態を指します。通常の業務を行うわけではなく、主に待機が中心です。宿日直の時間は、労働基準監督署長の宿日直許可を受けた医療機関の場合、その許可の範囲で、労働基準法上の労働時間規制から適用除外とされることが背景となっています。なお、下の図のように、除外とならない業務もありますし、宿日直許可を受けた医療機関であっても、宿日直中に通常の労働が発生した場合には、労働時間として取り扱うことが必要ですので、改めてご留意ください。これから申請をされる場合は、就業規則等に記載すべき内容もあるため、事前に宿日直許可に詳しい社労士に相談することをおすすめします。
医師の追加的健康確保措置の実施
2024年4月の医師の働き方改革により、月の時間外・休日労働100時間未満という上限を超えて働く医師に対しては、追加的健康確保措置の実施が義務化されています。
面接指導・就業上の措置
面接指導の流れ
月に100時間以上の時間外・休日労働が見込まれる医師に対し、実際に100時間以上になる前に、睡眠や疲労の状況等について確認を行い、必要な情報を面接指導実施医師に提供し、面接指導まで実施します。面接指導に基づき報告書や意見書が作成され、事業者に報告されます。報告を受けて事業者は必要に応じて就業上の措置を講じることとされています。
なお、必要な面接指導が実施されていない場合には、医療法では、医療法第25条第1項に基づく立入調査で実施状況が確認され、指導や改善命令の対象となり、改善命令に従わない場合は罰則の対象とされています。労基法では、労働基準法第141条第3項違反として労働基準監督署による指導や罰則の対象とされています。どちらの場合も罰則の内容は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金とされています。
就業上の措置の具体例
就業上の措置としては、当直・連続勤務の禁止や、勤務時間の調整、勤務日数の調整、就業の禁止などが含まれます。例えば、過労が疑われる医師には、勤務時間を短縮したり、一定期間の休暇を与えたりすることが検討されます。厚労省の「長時間労働医師への健康確保措置に関するマニュアル(改訂版)」では、以下の例が記載されていますので参考にしてください。
(引用|厚生労働省「長時間労働医師への健康確保措置に関するマニュアル(改訂版)」)
連続勤務時間制限・勤務間インターバル
2024年4月からの医師の働き方改革の施行に伴い、連続勤務時間の制限と勤務間インターバルが、月の時間外・休日労働100時間未満という上限を超えて働く医師に対して、上述の「時間外労働の上限規制の具体的内容」で記載したA水準では努力義務化、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準では義務化されています。
連続勤務時間制限
医師の連続勤務時間には制限が設けられています。具体的には、追加的確保措置として28時間を超える連続勤務を禁止し、適切な休息を取ることが求められます。これにより、長時間労働による疲労蓄積を防ぎます。
勤務間インターバル
終業時刻から次の始業時刻までの間に、一定の休息時間を確保する仕組みが勤務間インターバル制度です。追加的確保措置としては勤務間インターバル9時間が設定されています。
(引用|厚生労働省「医師の勤務間インターバルの仕組みについて」)
代償休息
代償休息とは、追加的確保措置の1つで、A水準では努力義務、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準では義務とされており、連続勤務時間制限や勤務間インターバルの確保ができなかった場合に、代わりに確保する休息のことをいいます。
代償休息の具体的な実施方法
例えば、ある医師の事前に予定されている勤務が、午前8時始業、午後11時終業とされ、午後11時から翌朝8時まで9時間の勤務間インターバルとしていた場合があるとします。この勤務間インターバル中に3時間の緊急対応が発生した場合には、3時間を代償休息として、翌月末日までに勤務間インターバル以外の時間帯に付与する必要があります。
(引用|厚生労働省「医師の勤務間インターバルの仕組みについて」)
代償休息の効果的な付与
代償休息の付与方法として、疲労回復に効果的な休息付与の観点から、「代償休息を生じさせる勤務の発生後、できる限り早く付与する」こととされています。代償休息は有給での付与を義務付けられたものではなく、付与の方法も実際に労働した時間を下回る方法でなければ、分単位の付与や15分、30分、1時間単位に切り上げて付与すること等も可能とされています。事務的な対応を踏まえて、どのような取扱いとするのが良いかを検討の後に、就業規則に明記しておきましょう。
医療機関勤務環境評価センターの設置
医療機関勤務環境評価センター設置の背景と目的
設置の背景
医療機関勤務環境評価センターは、医療機関の労働環境を評価し、改善を促進するために設置されました。これにより、医師の働き方改革を実効性のあるものとするための基盤が整えられます。
(引用|医療機関勤務環境評価センターHP「医療機関勤務環境評価センターの組織図」)
医療機関勤務環境評価センターの役割と機能
労働環境の評価
医療機関勤務環境評価センターは、医療機関の労働環境を評価し、改善点を明確にします。評価結果に基づき、具体的な改善策の提案や支援がされます。評価の対象としては、医師の労働時間短縮の取り組みの評価を希望する全ての医療機関が該当しますが、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準の都道府県による指定を受ける際に医療機関勤務環境評価センターの評価を受ける必要があるため、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準の都道府県による指定を受けようとする医療機関がメインといえるでしょう。
改善のための指導と助言
医療機関勤務環境評価センターは、医療機関に対して改善のための指導や助言を行います。これにより、医療機関が自らの労働環境を見直し、改善するための具体的な指針を得ることができます。なお、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準の都道府県による指定の有効期間が3年と定められているため、医療機関勤務環境評価センターの評価についても3年に1回受ける必要があります。
医師の働き方改革に向けた具体的な対策方法
労働時間の適正な把握と管理
労働時間管理の重要性
労働時間の正確な把握と管理は、働き方改革の基本です。医師の労働時間を適切に管理することで、長時間労働を防ぎ、労働環境の改善を図ります。
具体的な管理方法
厚生労働省のガイドラインでは、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適切に記録することとされ、原則的な方法としては、使用者自らが現認することや、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録することとされています。様々な方法がありますが、当法人では集計のしやすさ、タイムリーな状況把握という観点から、クラウド型勤怠システムをお勧めしています。このような適切な管理方法を導入することで、正確な労働時間の把握が可能となります。
変形労働時間制の導入
変形労働時間制のメリット
変形労働時間制を導入することで、繁忙期と閑散期の労働時間を調整し、効率的な勤務体制を実現します。これにより、医師の労働負担を均等にすることが可能です。
導入の手順
まずは現状の労働時間を確認し、変形労働時間制を導入すべきかどうかを判断しましょう。導入の際には、対象の期間や労働時間等の必要な項目を決め、就業規則の変更や労使協定の締結、必要に応じて労基署への届出が求められます。詳細は以下の厚生労働省の資料をご確認ください。
タスクシフト・タスクシェアの検討
タスクシフトのメリット
タスクシフトとは、医師の業務の一部を他の医療職種へ移管することを指します。例えば、看護師や薬剤師が診療補助や投薬指導を行うことで、医師の負担を軽減します。
タスクシェアのメリット
タスクシェアとは、医師同士が業務を分担することや他の医療職種と業務を分担することを指します。これにより、一人の医師に過度な負担がかかるのを防ぎ、全体の業務効率を向上させます。タスクシェアにより、医師が休息を取りやすくなると同時に、医療サービスの質も向上します。
タスクシフトやタスクシェアについては、以前掲載した「医者の休みが多い診療科は?効果的に休みを増やす方法」にて事例を交えて解説していますので、ご確認ください。
まとめ
本コラムでは「【2024年施行】医師の働き方改革とは?事務長が知っておくべきポイントをわかりやすく解説」というテーマで詳しく解説しました。2024年4月からの施行を踏まえて対応されていた事務長も、改めて確認いただく機会になれば幸いです。労務管理でご不明な点については、社労士にご相談いただくことをおすすめします。次回は、看護師側の立場で、クリニックへの入職を希望する看護師の志望動機などについて掲載いたします。是非ご確認ください。
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2024年7月時点の情報を元に作成しています。
執筆 社会保険労務士法人アミック人事サポート代表社員/社会保険労務士/医療労務コンサルタント | 高橋友恵
2004年アミック労務管理事務所を開設。2010年に株式会社日本医業総研にて人財コンサルティング部マネージャーとして人事コンサルティング・接遇講師・院内業務改善コンサルティング等を実施後、2016年に社会保険労務士法人アミック人事サポートを設立。医療機関特有の人事労務に精通し、これまで350件の関与実績がある。
他の関連記事はこちら