「年収106万円を超えると社会保険に入らなければならない」。
パートの医療事務や看護師から、こうした相談を受けたことがある院長・事務長は多いはずだ。
この「106万円の壁」の根拠になっていた、短時間労働者の賃金要件(所定内賃金が月額8.8万円以上)が、2026年10月1日に撤廃される。
2025年6月に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号)に基づく見直しで、厚生労働省と日本年金機構が2026年10月の撤廃を案内している。
ただし、10月1日を境に全国のクリニックでパート職員の社会保険加入が一斉に始まるわけではない。
パート職員が加入対象になるかは、勤め先の規模(厚生年金保険の被保険者数)で決まり、その基準は2027年10月から10年かけて段階的に引き下げられる。
この記事では、自院が「いつ」対象になるのかを開設主体と職員数で判定し、それまでに何をしておくかを整理する。
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106万円の壁撤廃で何が変わるのか
まず、パート・アルバイトなど短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入要件がどう変わるかを確認する。
| 要件 | 2026年9月まで | 2026年10月から |
|---|---|---|
| 週の所定労働時間 | 20時間以上 | 20時間以上(変更なし) |
| 雇用の見込み | 2か月を超える | 2か月を超える(変更なし) |
| 学生でないこと | 必要 | 必要(変更なし) |
| 所定内賃金 | 月額8.8万円以上 | 要件なし |
| 勤め先の規模 | 被保険者数51人以上など | 51人以上など(2027年10月から段階的に縮小) |
週の所定労働時間やひと月の所定労働日数が、正職員の4分の3以上のパート職員は、もともと賃金や規模に関係なく社会保険の対象だ。
今回の見直しで影響を受けるのは、それより短い時間で働く「短時間労働者」になる。
10月1日に加入者が急に増えるわけではない理由
厚生労働省は、撤廃の時期を「全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断」するとしてきた。
最低賃金1,016円で週20時間働くと、月額はおおむね8.8万円に達する。
2026年4月以降は全都道府県で最低賃金が1,016円以上になったことを踏まえ、2026年10月1日が撤廃の時期とされた。
つまり、すでに規模の要件を満たす職場では、週20時間以上働くパート職員は賃金要件も満たしているのが通常だ。
10月1日の撤廃は、実務上は「106万円を気にする必要がない」ことを明確にする変更といえる。
なお、最低賃金の減額特例の適用を受ける人で月額8.8万円未満の人(特定減額特例対象者)は、当分の間、原則として被保険者にしない扱いが設けられている。
「130万円の壁」は残る
週20時間未満で働き、社会保険の加入対象にならないパート職員については、年収130万円以上になると配偶者の扶養から外れ、国民年金と国民健康保険の保険料が発生する。
厚生労働省も、この点は変わらないと説明している。
職員への説明では、106万円と130万円を混同しないように注意したい。
企業規模要件の縮小スケジュールと職員数の数え方
パート職員が加入対象になるかどうかを決めるのは、勤め先の規模だ。
年金制度改正法により、この規模の基準は次のように段階的に引き下げられる。
| 勤め先の規模(厚生年金保険の被保険者数) | パート職員が加入対象になる時期 |
|---|---|
| 51人以上 | すでに対象(2026年10月からは賃金要件もなし) |
| 36〜50人 | 2027年10月 |
| 21〜35人 | 2029年10月 |
| 11〜20人 | 2032年10月 |
| 10人以下 | 2035年10月 |
「51人」は職員の頭数ではない
ここでいう人数は、パートを含めた職員全員の数ではない。
フルタイムと、フルタイムの4分の3以上の時間で働く職員の数(厚生年金保険の被保険者数)で数える。
また、1年のうち6か月以上、基準を超えることが見込まれるかで判断する。
数える単位は、開設主体によって異なる。
- 医療法人:同じ法人番号に属する全ての適用事業所の被保険者数を合計する(分院や併設の介護事業所も含む)
- 個人開設のクリニック:適用事業所ごとの被保険者数で数える
自院の正確な被保険者数は、日本年金機構の「事業所検索システム」でも確認できる。
また、基準の時期を待たずに、労使の合意に基づいて短時間労働者を加入させる「任意特定適用事業所」になることもできる。
クリニックは対象か:開設主体と職員数で判定する
クリニックの場合、判定は2段階で考える。
最初に、そもそも社会保険の適用事業所かどうか。
次に、パート職員が加入対象になる規模かどうかだ。
ステップ1:社会保険の適用事業所か
| 開設主体・規模 | 社会保険の適用 | 備考 |
|---|---|---|
| 医療法人 | 適用事業所(人数にかかわらず) | 法人は職員1人でも適用 |
| 個人開設・常時5人以上 | 適用事業所 | 「医療」は法定17業種に含まれる |
| 個人開設・常時5人未満 | 適用事業所ではない | 任意で加入することは可能 |
個人事業所の適用対象は2029年10月から全業種に広がるが、これは法定17業種以外(飲食サービス業など)が対象の見直しだ。
「医療」はもともと法定17業種に含まれるため、個人開設のクリニックの扱いはこの見直しでは変わらない。
常時5人未満の個人事業所は、見直し後も引き続き対象外とされている。
ステップ2:パート職員が加入対象になる時期
| 自院の状況 | 対象になる時期 | この秋にやること |
|---|---|---|
| 医療法人全体で被保険者51人以上 | すでに対象 | 賃金を理由に加入を外している職員がいないか確認 |
| 被保険者36〜50人 | 2027年10月 | 対象者の洗い出しと職員への説明を開始 |
| 被保険者21〜35人 | 2029年10月 | 採用時の労働条件の考え方を決める |
| 被保険者11〜20人 | 2032年10月 | まだ対象外。制度の方向性を職員と共有 |
| 被保険者10人以下 | 2035年10月 | まだ対象外。130万円の壁の相談には従来どおり対応 |
| 個人開設で常時5人未満 | 対象外(任意適用は可能) | 現状の扱いを継続 |
被保険者数が20人以下のクリニックでは、パート職員が規模の要件で加入対象になるのは2032年10月以降だ。
一方、分院展開している医療法人は、法人全体の被保険者数で判定するため、1院ごとの規模は小さくても早く対象になりうる。
なお、個人開設のクリニックでは、健康保険を医師国保とし、厚生年金保険のみ加入している場合もある。
自院がどの制度に加入しているかによって手続きの窓口が変わるので、あわせて確認しておきたい。
スタッフの社会保険の選び方は「クリニックスタッフに用意すべき社会保険は?」でも解説している。
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いつまでに何をするか:準備のスケジュール
対象になる時期の1年前から準備を始めると、職員の働き方の相談や採用計画の見直しに余裕を持てる。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 2026年10月まで | 自院の被保険者数と対象時期を確認する(法人は全事業所を合算) |
| 対象時期の約1年前 | 週20時間以上・4分の3未満のパート職員を一覧にする |
| 対象時期の約半年前 | 対象職員へ説明し、働き方の希望(時間を増やす/週20時間未満にする)を聞く |
| 対象時期の約3か月前 | シフトと人員配置を見直し、保険料負担を予算に反映する |
| 対象時期の直前 | 雇用契約書・労働条件通知書の所定労働時間を更新する |
| 対象時期 | 被保険者資格取得届を提出する |
パートの医療事務・看護師への説明
説明が遅れると、手取りが減ったという不満や急な退職につながりやすい。
対象になる時期、保険料が発生すること、保障が手厚くなることをセットで伝える。
説明の文例
当院では、〇年〇月から、週20時間以上勤務しているパート職員の方も健康保険・厚生年金保険の加入対象になります。
これまでの「年収106万円」の基準は2026年10月でなくなり、今後は週の所定労働時間が20時間以上かどうかで判断されます。
加入すると保険料が給与から差し引かれますが、将来の年金が基礎年金に上乗せされ、病気やけが、出産で休んだときの手当も受けられるようになります。
働く時間を今後どうしたいか、〇月〇日までに希望をお聞かせください。
配偶者の扶養に入っている職員は、配偶者の勤務先の家族手当や配偶者手当の対象から外れる可能性がある。
厚生労働省の特設サイトでも、家族に相談する際にこの点を伝えるよう案内している。
手取りの変化は、厚生労働省の「手取りかんたんシミュレーター」で職員自身が試算できる。
シフト設計で押さえておきたい3点
加入対象になるかは、実際に働いた時間ではなく「所定労働時間」で判断するのが原則だ。
- 所定労働時間を1か月単位で定めている場合は、1か月の所定労働時間を12分の52で割って週あたりに換算する
- 所定が週20時間未満でも、実際の労働時間が2か月連続で週20時間以上となり、その後も続く見込みなら、3か月目から加入対象になる
- 契約期間が2か月以内でも、更新が予定されている場合などは、2か月を超える雇用見込みがあるとして対象になる
「週20時間未満に抑える」選択をする職員が増えると、午前・午後の受付や外来看護の人数が足りなくなる。
逆に、加入を前提に勤務時間を延ばしてもらえれば、採用コストをかけずに人手を確保できる。
パート看護師の時給水準や働き方の考え方は「クリニックのパート看護師の平均時給はどのくらい?「年収の壁」をうまく活用する方法も」も参考にしてほしい。
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社会保険料の事業主負担:試算の考え方
保険料は、標準報酬月額(毎月の給与を区切りのよい幅で区分した額)に保険料率を掛け、原則として事業主と職員で折半する。
社会保険の報酬月額には、通勤手当なども含まれる点に注意する。
| 保険 | 保険料率 | 備考 |
|---|---|---|
| 厚生年金保険 | 18.3% | 事業主負担は半分の9.15% |
| 健康保険 | 加入先で異なる | 協会けんぽは都道府県ごとに料率が異なる |
| 介護保険 | 加入先で異なる | 40歳以上65歳未満の職員が対象 |
たとえば、時給1,200円で週20時間働くパート職員の場合、月額はおおむね10.4万円になる。
厚生年金保険の事業主負担は、10.4万円×9.15%で月9,500円ほどだ。
健康保険の料率を仮に10%とすると、事業主負担は月5,200円ほどになる。
あわせて月1.5万円前後、年間では1人あたり17〜18万円程度の負担増を見込むことになる(賞与がある場合は別途)。
厚生労働省の特設サイトにある「社会保険料かんたんシミュレーター」で、自院の人数と給与を入れて試算しておくとよい。
使える支援策(2026年9月時点)
保険料負担を軽減する特例的な措置
年金制度改正法では、従業員数50人以下の企業などで、企業規模要件の見直しなどにより新たに加入対象となる短時間労働者のうち、標準報酬月額12.6万円以下の人を対象に、3年間、保険料負担を軽減する措置を設けている。
事業主が負担割合を増やして職員の負担を軽くし、事業主が追加で負担した分は、その全額を制度全体で支援する仕組みだ。
利用の手続きや開始時期の詳細は、厚生労働省・日本年金機構の今後の案内を確認してほしい。
キャリアアップ助成金(短時間労働者労働時間延長支援コース)
パート職員を新たに社会保険に加入させ、週の所定労働時間の延長や賃金の増額に取り組んだ事業主への助成だ。
令和8年度版の案内では、1年目の取組で1人あたり小規模企業(常時雇用する労働者30人以下)50万円、中小企業40万円などとされている。
取組の前日までに「キャリアアップ計画」を労働局へ提出する必要があるため、加入のタイミングが決まったら早めに相談する。
2023年に「年収の壁・支援強化パッケージ」で設けられた社会保険適用時処遇改善コースは、令和8年度のキャリアアップ助成金のコース一覧には掲載されていない。
過去に計画を提出して取組中の場合の扱いは、管轄の労働局に確認してほしい。
このほか、年金事務所に申し込むと、適用拡大の準備や職員への説明について専門家の派遣を受けられる。
準備のチェックリスト
- 自院の開設主体(医療法人/個人開設)を確認した
- 厚生年金保険の被保険者数を、法人全体または事業所単位で数えた
- 自院のパート職員が加入対象になる時期を確認した
- 週20時間以上・4分の3未満のパート職員を一覧にした
- 所定労働時間が週単位で決まっていない職員を、週あたりに換算した
- 対象職員に説明し、働き方の希望を聞いた
- 事業主負担の保険料を試算し、予算に反映した
- キャリアアップ助成金の計画提出のタイミングを確認した
- 雇用契約書・労働条件通知書の所定労働時間を見直した
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よくある質問
Q1. 被保険者が10人ほどのクリニックでも、2026年10月から週20時間以上のパート職員を社会保険に入れる必要があるか
規模の要件を満たさない限り、2026年10月の賃金要件撤廃だけで加入義務が生じるわけではない。
被保険者数10人以下の勤め先で、パート職員が規模の要件によって加入対象になるのは2035年10月とされている。
ただし、労使の合意に基づいて任意特定適用事業所になれば、それより前に加入させることもできる。
Q2. 医療法人で本院と分院がある場合、職員数はどう数えるか
医療法人の場合、同じ法人番号に属する全ての適用事業所の被保険者数を合計して判断する。
1院あたりの規模が小さくても、法人全体で基準を超えれば、全ての事業所のパート職員が対象になる。
個人開設の場合は、適用事業所ごとの被保険者数で判断する。
Q3. 週20時間未満で働くパート職員への影響はあるか
週の所定労働時間が20時間未満であれば、原則として社会保険の加入対象にはならない。
ただし、実際の労働時間が2か月連続で週20時間以上となり、その後も続く見込みなら3か月目から対象になる。
また、年収130万円以上になると配偶者の扶養から外れる点は、これまでと変わらない。
まとめ
106万円の壁の根拠だった月額8.8万円の賃金要件は、2026年10月1日に撤廃される。
一方で、パート職員が加入対象になる時期は勤め先の規模で決まり、2027年10月から2035年10月にかけて段階的に広がる。
医療法人は法人全体、個人開設は事業所ごとに、厚生年金保険の被保険者数を数えることが判定の出発点だ。
被保険者数が20人以下なら、まだ対象外にあたる。
それでも、職員の働き方の希望を聞き、シフトと人件費を見直すには時間がかかる。
対象時期から逆算して、1年前には準備を始めておきたい。
参考
- 厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00021.html
- 厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」 https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/
- 厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト 適用拡大Q&A」 https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/qa/
- 厚生労働省「年金制度改正法の主な改正内容」 https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/001537487.pdf
- e-Govパブリック・コメント「厚生年金保険法施行令等の一部を改正する政令案について(概要)」 https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000314745
- 日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html
- 厚生労働省「キャリアアップ助成金」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
- 厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和8年度版)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11910500/001687993.pdf
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この記事は、時点の情報を元に作成しています。
