待ち時間をできるだけ短くし、より多くの患者様に質の高い医療を届けることはクリニックにとって永遠の課題です。しかし、待ち時間の改善は簡単ではありません。取り組んでいるものの結果が出ないというケースも多いでしょう。今回紹介する「秩父いなば眼科クリニック」は、診療の質の向上と併せて画期的な待ち時間改善策を導入し、大きな成功を収めていることで注目のクリニックです。具体的な改善策や導入の背景を、同クリニックの稲葉雅之事務長に伺いました。
待ち時間改善に取り組んだきっかけ
――待ち時間の改善に取り組んだきっかけを教えてください。
稲葉事務長 私どものクリニックは2015年6月に開業しました。当初は様子見的に無難な経営を心掛けましたが、患者様のご来院人数が伸び悩み、クリニックとして何か特色を打ち出さないとなかなか厳しい状況と分かりました。そこで、小生の妻である当クリニックの院長が主体となって、説明力の向上など診療の質をより一層向上させる取り組みを何より第一に進めました。それに付随して、小生の方で「患者様の待ち時間を徹底して短縮する」という取り組みも始めたのです。
――なぜ「待ち時間」をターゲットにしたのですか?
稲葉事務長 2~3月の花粉症シーズンになって、急に多くの患者様が押し寄せたことが一つのきっかけです。普段は患者様が少なかったため、急にたくさんの患者様がいらっしゃったことで慌ててしまいました。後手後手に回ることも多くご迷惑をお掛けすることもありました。このときの経験が、待ち時間を徹底的に短縮しようという考えにつながりました。
加えて、小生が以前は鉄道会社の職員だったことも大きな理由です。待ち時間対策は多くの医療機関が取り組んでいらっしゃることですが、診療の「時間管理」という面で突き詰めた取り組みというのは、当方の院長やスタッフ、関係業者様などに確認してみても、聞いたことがないとのことでした。そこで、小生は前職では電車の運行管理やそれに関連する技術開発の業務を担当していたので、鉄道会社時代のノウハウを応用すれば、より効率よく時間管理ができるのではと思いました。
――元職の経験も待ち時間を改善しようという考えに至った要因なのですね。
待ち時間改善の4本柱
――どのような方法で待ち時間を改善されたのでしょうか?
稲葉事務長 「4つの柱」を設けて待ち時間の改善に取り組みました。1つ目の柱が「管制塔を作る」ということです。つまり、院内で時間を管理する「タイムキーパー」のようなポジションを設けました。そこで用いるデータを作るために、クリニックの診察進行状況を記録しました。ある患者様は何時何分に来て、視力検査は何時何分から始まったのか、帰られたのは何時なのかなど、事細かにまとめたのです。
次にこのデータを「2分半」を最小の時間単位に設定した上で、鉄道の運行ダイヤグラムのような図にしました。
これにより、診療の進行状況を「見える化」できます。これらの膨大なデータやダイヤグラム図は全ての待ち時間対策の基礎となります。
――2つ目の柱は何でしょうか?
稲葉事務長 2つ目は「予約システムをきめ細かく管理すること」です。予約システムは既存のものを15分刻みで利用していますが、患者様個々の症状や処置内容、処置時間ごとに徹底して事細かく分類し、予約システム上で色分けして登録しました。
その上で、収集したデータから得た「患者様それぞれの癖」を踏まえ患者様の動きや心理を予測した予約管理を始めたのです。これは、元プロ野球監督の故・野村克也氏のいわゆる「ID野球」の考え方を応用したものです。
例えば、「いつも予約の30分前に来る」という患者様の場合、予約時刻の30分前を真の予約時刻と当院内で勝手に読みかえ、その30分前を空けておけば、来院されたらすぐにご案内できます。このようなキメ細かい工夫は今現在も無数に蓄積し続けていますが、要は、「どのようにすれば効率的に診療できるのか」を徹底的に考え抜いて予約をお受けすることで、診療がよりスムーズに進みます。
――徹底してデータを取っているからこそ、先回りして準備ができるようになるのですね。
他に見ない「混雑予想」のシステム
稲葉事務長 3つ目は「リアルタイムで診療状況のいわば交通整理を行う」です。データを用いることで、ある程度その日の進行状況が読めるようになります。しかし、実際は来院が遅れたり、診察が長引いたりします。予測と違った状況になるわけです。そこで元の予定を柔軟に変えて先に別の検査を受けていただくなど、時々刻々の状況に応じた臨機応変な対応をすることで、診療がスムーズに進みます。それこそID野球的ですが、野球でベンチから監督やコーチがサインを送るように、小生が院長に適宜お願いをして、またはスタッフに明に暗に指示や合図を出して、状況ごとに進行を変えています。
――時間のずれをうまく調整し直す、ということですか。
稲葉事務長 そうですね。時間に余裕ができた場合は、次回行う予定だった検査をその日のうちに前倒しで行うなど、時間を無駄にしないようにしつつ、できるだけ前の方の診察の終わりと次に診察に入る方の視力検査等が終わるタイミングを合わせています。こうした普段のデータ収集や診察状況の予測をベースに、「混雑予想表」を作りました。これが4本目の柱です。
――他では見ないシステムですね。
稲葉事務長 東京ディズニーランドが年間統計を基にした混雑予想を出していますが、これを参考にしました。ただ、当クリニックの混雑予想は、天気予報のように時々刻々と変わるのが特徴です。併せて、鉄道の運行情報と同様にして、診療の進行状況をTwitterでも時々刻々発信しています。これらは、今現在は専用のシステムを開発して、10分・15分刻みで時間ピッタリに自動更新しています。
――これらの情報を参考にすれば、混雑も回避できそうですね。
稲葉事務長 時間帯ごとに細かく予測することは、患者様にもメリットが大きい一方で、クリニック側の事情・状況に合わせた来院の制御ができます。混雑すると予測されている時間帯にわざわざ行く人は少なく、空いていると分かれば行こうという気持ちになりますよね。ご来院のタイミングをある程度コントロールできるわけです。
ただし、これは患者様からのご理解とご協力があって初めて実現できることです。そのための平素からの地道な努力は欠かせません。1日の中で、空いている時間、混雑する時間はどうしても生まれてしまいますが、来院具合を一定にできれば、混雑する時間も逆に空いている時間も減り、患者様の待ち時間も極限まで短縮でき、スムーズな診療が行えるようになります。
待ち時間が5分以内で済んだ率は98%にまで上昇
――待ち時間はどれくらい改善されたのでしょうか?
稲葉事務長 診療途中の間の待ち時間が5分以内で済んだ率(ただし、あくまで2分半単位に丸めた公称値であり、院内に他にお待ちの患者様がおらず、すぐに検査・診察に入れた場合と比べた場合の差分値に基づく割合)は、待ち時間改善に取り組んだ当初は比較的空いていて調子の良い日でも60~70%ほどでした。そこから毎日毎日、休診日も費やして何年も工夫と改善、研究を地道に粘り強く重ね続けたことで、ある程度の混雑が続く中でも安定して98%程度を維持できるまでになりました。取り組みを始めたのが2016年4月で、そこから5年間で大きく改善したといえます。
――待ち時間の改善はクリニックにどんな影響を与えましたか?
稲葉事務長 一つは患者様の増加です。あくまで上述のとおり診療の質の向上との相乗効果としてですが、まずは手探りで初歩的な取り組みを始めた直後から患者様のご来院人数は2割も増えました。2019年4月には取り組みの開始前と比べて2倍になり、コロナ渦の現在でもさらに伸び続けています。手前味噌ながら患者様からお褒めの言葉をいただく機会も増え、おかげさまでクリニックの経営状況を大きく改善することができました。
スタッフの稼働率も高効率を維持することで、給与水準も世間相場よりかなり高めにでき、人事面でも好循環を生んでいます。何より、当院にお越しの患者様、近隣地域住民の皆様のおかげで経営が成り立っていますので、出せた結果を還元する配慮も欠かさないようにしています。
また、コロナ禍の現在では回転率の大幅な向上にもなる当方の取り組みは、院内の「密を避ける」という意味で思わぬ効果を発揮しました。実際、そうした点が診療の質の向上と併せご評価されたいただけたのか、コロナの影響を最小限に抑えることができました。
――これだけ大きな改善を行うのは、スタッフの意識や行動も変えていく必要があると思いますが、その点はどのように取り組まれたのでしょうか?
稲葉事務長 診療の質の向上は院長の熱心な指導が効果的でしたが、一方で待ち時間の取り組みの方は最初は手探り状態だったので、何かカリキュラムを作って指導していくといった形ではありませんでした。そのため、改善を進めていく中で、いろいろ試しながら、効率の良い方法を確立する形でした。
――ノウハウがない状態だったのですね。
稲葉事務長 これまでにない取り組みということもあり、当初はスタッフも内心は懐疑的だったかもしれません。しかし、多少強引ながらも先導して進め、結果を出すことで、取り組みへの理解もより一層得られるようになったと感じています。
現在では、小生が患者様の無料送迎(車の運転)等のために一時的に院内にいない状況でも、スタッフが自律的に検査や診察の終了タイミングを合わせてくれるなど、患者様をご案内する順序の整理を自主的に行ってくれるまでになりました。何よりそういった院長やスタッフの理解と全面的な協力のおかげで、人的なノウハウとしては概ね完成形と言えるまでに磨き上げることができました。今現在は、次の段階として、小生が担当している管制塔的な役割をAI(人工知能)を使って自動化する技術開発も精力的に進めています。
――綿密なデータという基盤があったからこそ、理解もしやすかったのかもしれませんね。最後に、これから開業を目指す医師の皆様にメッセージをお願いします。
稲葉事務長 まず何より、医師でない小生が大変僭越ながら、このように先生方にお話させていただく機会をお許しいただいたことに感謝申し上げます。当方院長ならびに小生ともども、開業を志す先生方をはじめ、特にコロナ渦で奮闘しておられる全国の医療関係者の皆様方に、心からエールをお送りさせていただきます。
その上で、私ども自身が痛感したことですが、特に大都市部ではクリニックが飽和状態、一方で地方部では人口減少が顕著です。何か競合他院との差別化、もしくは通院需要の新規開拓を図れる戦略がないと、特にコロナ渦、アフターコロナ下の開業は、なかなか厳しいものがあると思います。その意味で、診療の質の向上とともに、待ち時間の改善は本当に絶大な効果があります。
もちろん、それ以外にも眠っているアイデアはまだまだあるとも思います。いずれにしましても、普通のことを普通にやっているだけでは限界があります。上述の待ち時間改善もそうですが異業種のコラボなど、医療の常識を敢えて打ち破る、覆す発想がその先には必要ではないかと考えています。
最後に全くの蛇足ながら、私どもとしては、全国の先生方、他院様の先進的な取り組みに積極的に学ばせていただくとともに、上述の当方の取り組みを知っていただき、何某かのお役に立てればという強い思いもあります。もし、当方に少しでもご興味を持っていただけましたら、交流・情報交換などさせていただければ幸いです。
――ありがとうございました。
診療の質の向上に付随して独自の待ち時間対策を打ち出すことで成長した「秩父いなば眼科クリニック」。待ち時間の面で改善の軸となった4本の柱など、独力で全て取り入れることはそう簡単ではありませんが、自クリニックの改善の可能性は見えたのではないでしょうか?
取材協力:秩父いなば眼科クリニック
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この記事は、2021年5月時点の情報を元に作成しています。