在宅医療(訪問診療)のクリニックを開業したいと考えている医師にとってもっとも気になることは、「失敗しないかどうか」でしょう。もちろん、在宅医療のクリニックに限らずどんなクリニックにもいえることではありますが、一般的なクリニックと比べて数が少ないぶん、開業に必要な準備や注意点などを把握しづらいかもしれません。そこで今回は、在宅医療を提供するクリニックの開業を成功させるために覚えておきたいことを解説していきます。
在宅医療(訪問診療)の開業資金・平均年収について
まずは、在宅医療(訪問診療)クリニックの開業資金や平均年収について解説していきます。
在宅医療(訪問診療)の開業資金と資金調達について
在宅医療(訪問診療)クリニックを開業するためには、概ね1,500万円~2,000万円必要といわれています。この金額は、一般的なクリニックと比べると遥かに安い金額です。たとえば、内科の開業資金の目安は6,000万円といわれていますし、主な診療科のなかでも開業資金が少なくて済む泌尿器科や皮膚科でさえ、開業資金の目安は3,000万円といわれています。
参照:クリニックの開業資金の目安は? 診療科別、地域別、自己資金割合も解説
では、なぜ主な診療科での開業と比べて安く抑えることができるかというと、基本的に訪問先で診療や処置をおこなうため、広い敷地が必要ないからです。また、受付スタッフなども不要なぶん、人件費も低くなるため、運転資金も安く見積もることができます。
しかし、他の診療科と比べて安いとはいえ、1,500万円~2,000万円という金額は決して安い金額ではありません。そのため、すべてを自己資金で賄うのは難しい場合があるでしょう。その場合、金融機関などの融資を受けることになります。たとえば自己資金を200万円用意できたとしたら、少なく見積もって1,300万円程度融資を受ける必要があるということになりますが、補助金や助成金を活用すれば、融資の額を減らすことも可能です。
具体的には、国や地方公共団体が開業時に必要な資金を補助してくれる「創業補助金」などがあります。クリニックの開業予定地によっても利用できる補助金や助成金は異なるので、開業を希望している地域でどんな補助金・助成金を活用することができるのかを、事前に調べてみることも役立つでしょう。
在宅診療医の平均年収は
融資を受けた場合、どのくらいで返せるのかの見積もりを出すためにも、平均年収も知っておきたいところです。
在宅医療医の平均年収は、1,500万円以上とされています。ただし、2,500万円以上とするデータも存在することから、エリアや働き方によって大きな差があることも考えられます。いずれにしても、少なくとも1,500万円以上と考えられるため、うまく資金繰りできれば、予定より早く返済が終わる可能性も高いのではないでしょうか。
開業を成功させるための在宅医療(訪問診療)のポイント
続いては、開業を成功させるために抑えておくべきポイントを解説していきます。
在宅医療(訪問診療)取にどのように取り組むのかを明確にする
まず大切なのは、在宅医療(訪問診療)への取り組み方を決めることです。
大まかなところからいうと、「在宅医療を専門におこなう在宅療養支援診療所を開業するのか、訪問診療を中心に取り組む在宅療養支援診療所を開業するのか」を決める必要があります。
ただし、詳しくは後述しますが、「在宅医療を専門におこなう在宅療養支援診療所」として開業するためには、「看取り実績が20件/年以上」などの要件を満たしている必要があるため、実績の有無などによっては、「在宅医療を専門におこなう在宅療養支援診療所」として開業することはできません。
なお、「在宅医療」とは、患者の自宅で医療行為をおこなうことです。在宅医療には、「訪問診療」と「往診」が含まれますが、前者は、月に1~4回など診療費を設けて、定期的かつ計画的に訪問する形態をいいます。一方の「往診」は、患者の急な体調不良などに対応して臨時的におこなうものです。
訪問診療を中心に取り組む場合、介護士や訪問看護ステーションのナースなど、他職種との連携が重要になります。
在宅医療を専門におこなうクリニックの開設要件
在宅医療を専門におこなうクリニックを開業するためには、厚生労働省が定めた開設要件を満たしていることが不可欠です。開設要件は以下の通りです。
(1) 無床診療所であること
(2) 当該保険医療機関において、在宅医療を提供する地域をあらかじめ規定して、その範囲(対象とする行政区域、住所など)を被保険者に周知すること
(3) (2)の地域の患者から往診または訪問診療を求められた場合、医学的に正当な理由などがないのに断ることがないこと
(4) 外来診療が必要な患者が訪れた場合に対応できるよう、(2)の地域内に協力医療機関を2か所以上確保していること。ただし、地域医師会(歯科医療機関にあっては地域歯科医師会)から協力の同意を得ている場合にはこの限りではない
(5) (2)の地域内において在宅医療を提供して、在宅医療導入に係る相談に随時応じることおよび当該医療機関の連絡先などを広く周知すること
(6) 診療所の名称・診療科目などを公道などから容易に確認できるよう明示したうえ、通常診療に応需する時間にわたって、診療所において、患者、家族などからの相談に応じる設備、人員などの体制を備えていること
(7) 通常診療に応需する時間以外の緊急時を含め、随時連絡に応じる体制を整えていること
参照:厚生労働省保険局医療課長「在宅医療のみを実施する医療機関に係る保険医療機関の指定の取扱いについて」
在宅専門クリニックの施設基準
また、在宅医療専門のクリニックは、一般的なクリニックの施設基準に加えて、以下の施設基準を満たしている必要があります。
(1)在宅患者の占める割合が95%以上であること
(2)5か所/年以上の医療機関からの新規患者紹介実績があること
(3)看取り実績が20件/年以上または15歳未満の超・準超重症児の患者が10人以上であること
(4)(施設総管の件数)/(在総管・施設総管の件数)≦0.7であること
(5)(要介護3以上の患者+重症患者)/(在総管・施設総管の件数)≧0.5であること
参照:厚生労働省「地域包括ケアシステム推進のための取組の強化」
自院の理念を明確にする
在宅医療と訪問診療の違いや、それぞれのサービスを提供するためにどんなことが必要であるのかを理解したうえで、自院の理念を明確にすることもとても大切です。
「自分はなぜ在宅医を目指したいのか」「在宅医として自分に何ができるのか」「在宅医療を通じて地域にどのように貢献していくのか」を改めて考えることで、自院の理念が固まってきます。
自院の理念が明確になれば、患者からどんなクリニックであるのかを認識してもらいやすくなると同時に、自院が目指すべき方向性がクリアになるというメリットも得られます。
他院との差別化を図り、自院の強みを利用者・潜在的利用者に伝える
理念を明確にすることと同様に大切なことが、他院との差別化を図ることです。たとえば、「在宅医として困っている人をひとりでも多く支えていきたい」という思いが強く、それを理念として掲げたとしても、患者からは、「その点は他のクリニックも同じなのでは?」と思われて当たり前です。
そのため、他院との違い=自院の強みを明確にして、それをしっかりと患者や患者予備軍に伝えていくことも大切です。
では、具体的にはどのような特徴があれば他院との差別化につながりやすいかというと、「24時間対応可能」「「人工呼吸器・気管切開・胃瘻などが必要になった重度障害の患者にも対応可能」などの在宅医療に取り組む姿勢や、具体的なこれまでの実績などが大きなアピール材料となります。
在宅医療の診療報酬システムをよく理解する
在宅医療クリニックとして成功するためには、在宅医療の診療報酬システムをしっかりと理解しておくことも大切です。なぜかというと、システムを十分に理解できていないと、診療報酬を取り損ねることがあるからです。
高額な診療報酬の特徴
在宅医療における診療報酬体系は、提供した「診療報酬項目」を積み上げていく出来高算定構造です。そのため、患者の状態に応じておこなう医療行為や患者への指導、訪問看護師などへの指示書をはじめとする書類作成などをおこなうたびに、基本報酬に点数が加算されていくことになります。
なお、基本報酬とは、「在宅患者訪問診療料(訪問診療料)」「往診料」および「在宅時医学総合管理料」または「施設入居時等医学総合管理料」です。
体制や実績による加算の重要性
指示書作成などの加算のほかに、指定の体制を整えていることや、実績があることでも点数が加算されます。たとえば、自院単独または他院もしくは訪問看護ステーションとの連携によって24時間訪問看護を提供できる体制の確保等の基準を満たして届出しているクリニックは、月に1回に限り、「在宅患者訪問看護・指導体制充実加算」を算定可能です。
地域包括ケアシステムの重要性
在宅医療の集患のためには、地域包括ケアシステムの重要性を理解しておくことも不可欠です。なぜかというと、在宅医療を提供するうえでは、ケアマネジャーや相談支援専門員をはじめとする多職種と密に連携をとることが大切だからです。
そのため、まずは開業を予定しているエリアの地域包括ケアシステムがどのように構築されているのかを知り、そのなかで自院はどんな役割を果たすことができるのかを考えることが大事です。
参照:日本医師会 第1回在宅医療シンポジウム「在宅医療が支える暮らし~住み慣れた地域のなかで~」地域包括ケアシステムと在宅医療
医師のライフワークバランスを考慮した体制
クリニックとしての成功のみを考えて開業および経営をおこなうと、いずれクリニック経営にもひずみが生じる可能性が高いといえます。どんな仕事に就いている人にもいえることですが、年齢を重ねるたびに体調やできることが変わってくるので、「5年後の自分にはどんなことができるのか?」「10年後はどのくらいのペースで働き続けるのが適切なのだろう?」「子どもたちが巣立つまでにどのくらいお金が必要なのだろう?」などに目を向けながら、ライフワークバランスを考えていくことがとても大切です。
ライフワークバランスに目を向けることなく、5年後も10年後も今と同じように働いている前提で計画を立てると、失敗する可能性が高くなります。
開業に必要な資金
開業資金の目安については冒頭で伝えましたが、ギリギリの資金だと心に余裕を持って開業することができないので、資金調達のために早めに動いたり、自己資金もしっかり貯めておいたりすることが大切です。
ホームページの重要性と差別化
他院との差別化の重要性については前述の通りですが、それを患者や潜在患者に知ってもらうためのもっとも有効な手段がホームページです。SNSや広告を駆使したとしても、最終的にはホームページで詳細を確認してもらえるような体制を整えておくことがとても大切です。
ホームページを作成するうえでは、先に解説した通り、理念や自院の強みが伝わりやすいよう、わかりやすい文章を作成することのほかに、デザイン性やUIにもこだわりたいところです。どんなにいいことを書いているホームページであっても、文章が長すぎたり、見にくかったりすると、せっかく訪問してくれた人が途中で離脱する可能性が高まります
在宅医療と訪問診療のキーワード
ホームページには、SNSや広告からの流入のほか、キーワード検索で辿り着くケースもあります。そのため、在宅医療や訪問診療を必要としている人に少しでも多く訪問してもらえるよう、キーワードに工夫する必要があります。「在宅医療」「訪問診療」のキーワードはもちろん、たとえば小児の在宅診療にも力を入れているなら、「小児訪問看護」「小児在宅診療」などのキーワードも盛り込むなど、利用者のニーズを考えながらキーワードを増やしていきましょう。
成功している医師の事例
先に解説した通り、在宅医の平均年収は最低でも1,500万円を超えているとされています。そのため、1,500万円以上の差引利益を出せていれば、ある意味、成功している(少なくとも失敗はしていない)ということになります。
たとえば、経理の各項目が下記のような費用感だと、差引利益が18,510,000円となるため、成功している部類に入るといえるのではないでしょうか。
項目 | |
保険診療収入 ※自由診療なし | 50,000,000 |
診療材料等原価 | △1,440,000 |
医業総利益 | 48,560,000 |
項目 | |
常勤看護師 | 4,400,000 |
常勤事務員 | 3,600,000 |
法定福利費 | 1,500,000 |
福利厚生費 | 350,000 |
地代家賃 | 1,800,000 |
減価償却費 | 750,000 |
交際費 | 450,000 |
利子割引率 | 100,000 |
その他 | 900,000 |
経理合計 | 30,050,000 |
まとめ
在宅医療・訪問診療のニーズは今後も増えていくことが予想されるため、ポイントを抑えて開業すれば成功する可能性が極めて高いといえます。まずは、この記事で紹介したポイントは必ずクリアできるよう、しっかり時間をかけて準備を進めることを考えてみてくださいね。
特徴
対応業務
診療科目
特徴
対応業務
その他の業務
診療科目
この記事は、2022年4月時点の情報を元に作成しています。