クリニックの運営は院長ひとりではできません。看護師や事務スタッフなどでよい人材を確保したいと考えるのは、どのクリニックでも同じです。しかし、労働人口減少の影響か、クリニックで「思うように人材確保が進まない」という声が都市部を中心に報告されています。
「開業時にスタッフが足りないのは困る、よい方法は?」
「いつごろからスタッフ募集をかければいいの?」
「採用したスタッフがミスマッチにならないような対策は?」
開業準備で忙しい時期に、一緒に準備を進めてくれる優秀なスタッフがいれば百人力。しかし人数不足のままでは、採用に気をとられて他の準備に遅れが出てしまうかもしれません。
そこで本記事では、人材採用の基本的な考え方と困難に陥らないための予防策について解説します。
開業を検討している先生はもちろん、人材採用が思うように進まないクリニックでもぜひ参考にしてください。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年6月26日現在です。
回答者:村口 正樹氏(一般社団法人 日本医療デザインセンター 理事・医院開業コンサルティング)
関西学院大学社会学部卒業後、大手證券会社、外資系生命保険会社を経て医療経営に特化したコンサルタントとして独立。経営顧問、開業支援を20年以上続けてきた。相模原市や町田地区の介護医療圏多職種連携の場をコーディネートも行う。「医療現場の課題を、デザインで解決する」ため、日本医療デザインセンターの理事としても活躍中。
数百以上のクリニックで開業にかかわってきた実績のある村口氏に、最近の市場動向や対策をお聴きしました。
人材不足はさらに加速する可能性
都市部ではすでにクリニックのスタッフ採用で、応募が集まらない状況が起きています。
--環境の変化を感じられますか。
村口:はい。東京23区内で、人材募集を行っても全然応募が集まらなかったケースもあったと聞きます。私も20年以上、数百件の開業支援を行ってきましたが開業時点で人が集まらなかったというケースは一度もありません。それは「クリニックで求人募集すれば一定の応募があるのが当然」だったからですね。働き手の減少の影響か、看護師も受付も、確実に応募数が年々減っている実感はあります。応募が少ないということは「よい人材」に巡り会える可能性が下がってきているということです。
--募集してみて人が集まらないとなると、あわててしまいそうですね。
村口:募集開始の時期を考え直す必要がありますね。求人広告を出すのは開業の2カ月前というのがだいたいの目安でした。転職先を探している人材としても、職場探しのタイミングとしてよかったからですね。「募集さえすれば人は集まる」時代は、募集開始が多少遅れたとしても、問題はありませんでしたが今後は早くから募集を考えたほうがよいですね。
「顔の見えている間柄」の縁故採用を優先する
費用と時間をかけて採用するも、雇用のミスマッチがあると早期退職につながる可能性もあります。その点、相性のよい人材を確保する手法として縁故採用は有効です。言葉の響きからネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれませんが「人となり」が分かっている間柄ならミスマッチが起こる確率を減らせるでしょう。
--「価値観の合う人をどう雇うか?」というのがよく言われるテーマですね。
村口:価値観がすべて、と言ってもいいくらいだと考えます。人柄の善し悪し、看護スキルなど、いろんなポイントがありますが、まずは院長との相性が悪い人では務まりません。そして、面接で初めて会った人の価値観を30分程度で見抜くのは、ほぼ不可能だと思います。一緒に働いてみて、しかも何かトラブルがあったときに初めて「その人が大切にしている価値観」「どのようなところが感情のスイッチなのか」が分かってくるからです。
--とすると、以前からの知り合いから希望者を探したほうがいいですね。
村口:そうですね。最近、開業する院長には縁故採用だけで済ませるケースが多いです。院長自身の知り合い、一緒に働いた経験のあるスタッフは人柄が分かるでしょう。それに、自分は直接知らなくても採用したいスタッフの知り合いは安心感がありますよね。
職業選択の自由があるので、従業員となるスタッフがどこで働くかを選ぶかはその人の判断にゆだねられます。ただし退職のタイミングなどで、従来の勤務先とトラブルにならないように注意しなければなりません。とくに院長とスタッフが同じ病院に勤めている場合などは、病院に残るスタッフへの配慮を忘れないようにしましょう。
「人脈がない人」でもできる工夫
--「そんな知り合いのスタッフが身近にいない」とおっしゃる先生も多いのではないでしょうか。
村口:はい、「いない」という院長のほうが多数派かもしれませんね。フルタイムで病院と
自宅を行き来しているだけで、ほとんど知り合いが増えていないというドクターも多いでしょう。それでもいろんな工夫のやり方はあるので、以下の手段を試してみることをおすすめします。
友人・知人に開業の計画を知らせる
村口:開業を考え始めたタイミングで徐々に知らせ始めてください。いつ開業するかが具体的に決まっていなくても構いません。「開業する時期になったらまたお知らせするけど、あなたに手伝ってほしい気持ちがある」ということを伝えるのです。早くから知らせていることそのものが、信頼の証でもありますよね。
--ただし、勤務先病院の上司などに人づてで伝わる可能性もあります。働きづらくなる、募集の声をかけづらくなる恐れもあるので、ある時期までは口外しないようにコントロールするのも忘れないようにしてください。
SNSのつながりを利用する
村口:開業コンセプトや医療の方針をSNSやnoteなどで発信するのもひとつの手です。「こういう医療をやるために開業します。一緒に働きたいという方はメッセージをください」と書けば、価値観に共鳴してくれる人が集まりやすくなりますね。知り合いの整形外科の院長に、看護師や理学療法士、作業療法士などスタッフ10名以上をTwitterのフォロワーから巡り会えたという例もあります。
--実名のアカウントで運用すると、いわゆるリアルの知人や上司にも伝わる可能性があります。匿名やハンドルネームを活用するのが良いでしょう。
遠方で暮らす人にもダメもとで声をかける
村口:現在の勤務先と開業エリアが離れている場合は、開業エリアの通勤圏内に知り合いが少ないため採用に苦戦するかもしれません。確率は低いですが「引っ越してでも働きたい」と言ってくれるケースも少なからずあります。関西出身の院長が、東京で開業した事例でもたまたま関西の知り合いが「東京への移住を考えていた」ことから、マッチングしたのですね。遠方の知り合いにもダメもとでも、声をかけましょう。また、その人の親しい知り合いが近くに住んでいる可能性だってあります。
それでも公募が必要なときのポイント
あくまでも縁故を活用した採用プランを優先しつつも、それでも公募が必要な場面もあるでしょう。広告媒体や自院のホームページを使って公募、面接するときの注意点をチェックしましょう。
Q.給与などの条件提示のポイントはありますか?
村口:最終的に「来てほしい」と思える方が見つかったら、どこまで給料を出すかは院長の判断事項になりますよね。私がよくおすすめするのは、基本給のベースは上げず、諸手当などで差をつける方法ですが、ご自身でリクルートされたい場合、先方の基本的考えは、給与が増えるよりは、「手取りが減らない」が処遇面での最低条件だと考えていただいてもよろしいかと思います。
Q.経営に夫人なども加えて、採用にも関わらせるべき?
村口:働き手から敬遠される可能性が高いので、私は身内の方を加えたほうがいいかと質問されたら「夫人が事務長的役割であれば基本やめておいた方がいい」とお答えしています。
一方で、効果的なかかわり方として、
- 給与や有給計算やクリニックの口座管理などテレワークでも可能な裏方業務
- 心遣い役としてスタッフの誕生日会やクリニックイベントの段取り
- 院長のスケジュール管理など秘書のような役割
これらをスタッフにもオープンにやっていただく形であれば、円滑なクリニック運営の助けになるでしょう。
Q.採用の際に、注目しておくべきポイントがあれば教えてください。
村口:WebやDXに関する情報や知識に精通している人材を、ぜひ確保してください。現在は病院、クリニックともにほとんどいませんが、今後ますます必須となるでしょう。Web広告の運用などを外部の専門家に任せる場合でも、施策が正しいか、費用対効果があるかをクリニック側で判断するには一定の知識や経験が必要です。ホームページのアクセス解析などWebマーケティングに関心のある人材を採用したり、既存スタッフのスキルアップのために必要な研修費用もサポートしたりすると良いでしょう。
専門知識を持つ人材はリモートに頼る方法もある
スキルや経験のある人材の確保が難しくなる中で「リモート医事サービス」という新たな選択肢も広がりつつあります。
医療事務の受託会社の大手2社ソラスト、ニチイ学館ではそれぞれ
を展開しています。
導入している医院によると、専門知識を持った人はリモートで確保し、物理的な対応が必要な受付、会計などは専門知識のない人材でまかなう作戦を取っています。
今後、採用が困難な場合には、このようなソリューションの導入が助けとなるでしょう。
よい人材を採用するより、育成する気持ちをもつ
今後も労働人口が減って、よい人材であればあるほど、採用は一層困難になることが予想されます。
また即戦力がほしいのは当然ながら、スタッフ同士の価値観を合わせるのがより重要です。スキルは働きながらでも向上が図れるため、価値観があう人材の採用を優先しつつ、長い目でスタッフを育成する発想がこれからの時代は特に求められるでしょう。
過去の知り合いの顔を思い浮かべ、早めの採用スタートをおすすめします。
この記事は、2022年8月時点の情報を元に作成しています。
執筆 執筆者 藤原友亮
医療ライター。病院長や医師のインタビュー記事を多く手がけるほか、クリニックのブログ執筆やSNS運用なども担当。また、法人営業経験が長く医療機器メーカーや電子カルテベンダーの他、医師会、病院団体などの取材にも精通している。
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