福岡県北九州市八幡東区の内科クリニックである「中央町おだクリニック」は令和3年4月1日に前院長の井手誠一郎先生からバトンを引き継ぐ形で小田桂士医師によって継承されました。
リニューアル以降も、前院長時代から行っていた在宅医療に力を入れ、地域の患者さんに寄り添った診療をされています。今回は、小田先生の在宅医療に関する想いや、コロナ禍を乗り切った在宅医療のコツについて伺ってきました。
故 井手誠一郎先生の後を継承することになった経緯
ーー前院長である故 井手誠一郎先生との関係性を教えてください。
多くの医師が研鑽を積む過程で、技術や知識の向上のために先輩医師である“師匠”から指導を受けていると思います。私自身も医学部を卒業して以降、尊敬できる多くの師匠と出会い、その時々でたくさんの指導をしていただきました。
その中で、在宅医療の基礎を教えてくださったのは、前院長である井手誠一郎先生でした。先生とは自宅がご近所というご縁もありましたが、私が初期臨床研修医の時に、地域医療の一環として(旧)井手消化器呼吸器外科医院で研修を受けたことがきっかけで、親しくさせていただいていました。
ーーどういった形でバトンを引き継ぐことになったのですか?
井手先生はとても気さくな方で、趣味であるヨットの話やグルメの話をして周りをいつも和ませてくれる一方で、仕事においては職人気質で医師としての姿勢にこだわりや信念を持っており、納得のいく高いクオリティの仕事をやり遂げようとする気概を持っておられました。
そんな先生からある時、クリニック継承の話をいただいたんです。
私自身、北九州市出身であり、医師として地域の方々のお役に立つことは本望でした。
また、もともと私自身、在宅医療に興味があったこともあり、外来・在宅医療を熱心に行われていた井手先生のお声掛けはとても光栄でした。「尊敬する先生の意志を継ぎ、地域の方々に在宅医療で貢献したい」そう思って、井手先生からバトンを引き継ぐことを決断しました。
継承以降の院内の経営について
ーー継承されて電子カルテを導入されたとのことですが、導入の経緯についてお聞かせください。
当院は、井手先生が開業されてから私が継承する現在まで在宅医療をメインで行っています。訪問診療時に、電子カルテを活用することでタブレット端末で患者さんの情報を「いつでも誰でもどこにいても」簡単に見返しやすい点が魅力だと感じ、導入に踏み切りました。
たとえば、電子カルテで患者さんの容態や所見などを記しておくことで、お休みしたスタッフや非常勤の医師が後からそれを確認する際に、いつでも簡単に確認できます。夜間にもすぐに確認が可能ですので、情報共有のツールとして最適だと捉えています。
紙カルテだと、その人特有の書き方によって情報が読み取れない時がある。一方で電子カルテであれば、誰でも情報が読み取りやすいというメリットがありますね。また「書く」よりPCで打ち込んだ方が情報の記録がスピーディーに行える点も魅力です。
ーー電子カルテを導入する際、工夫していたことなどはありますか?
心がけたのは「継承してからすぐに導入しない」ことでした。当院にはベテランのスタッフが多数おり、電子カルテに馴染みのないスタッフが複数名いました。
そんな環境で新しいことにチャレンジすると、スタッフに負荷がかかってしまいます。
ですので、継承した当初は井手先生時代のルールを徹底的に踏襲しました。診療時間や受付の対応、訪問診療時のルールなど、今までと同じ業務を遂行し、まずは院内スタッフとの関係構築に努めました。
関係が構築できた段階で、少しずつ訪問診療のルールや院内のルールなどを変えていき、私の考えを丁寧にスタッフに伝えていきました。こうすることで、無理なくスタッフが働く環境が作れたと思います。
電子カルテを導入したのも、継承してから1年が過ぎた頃でした。本当はすぐにでも導入したかったのですが、スタッフに負荷をかけたくなかったのと、関係構築することが先決と考えていました。
「なぜ電子カルテが必要なのか」これをしっかりスタッフに理解してもらうために時間をかけて関係構築し、私の価値観を理解してもらう。この取り組みが重要だったなと今思い返しても感じています。
患者さんの想いに寄り添った在宅医療へ
ーー在宅医療に力を入れているとのことですが、それには何か理由があるのでしょうか?
もともと井手先生が20年以上前から積極的に在宅医療に従事していたことも関係しています。先生は、患者さんにとことん寄り添うタイプの医師でした。患者さんに求められたらどんな時も駆けつける、バイタリティ溢れる方だったんです。そんな井手先生の想いがあり、(旧)井手消化器呼吸器外科医院時代から在宅医療に力を入れていました。あとは私自身、自宅で最期を望む患者さんの想いに寄り添いたいと思ってました。病院やクリニックに通院するとなれば、通院のための移動や待ち時間で患者さん自身に負担がかかります。一方で、在宅医療ならその心配はありません。
「患者さんにとって最適な選択ができるようにサポートすること」
在宅医療は、ここに貢献できる手段として適しているんです。
ーーコロナ禍でも在宅医療を続けることに抵抗はなかったでしょうか?
全く無かったですね。むしろ患者さんのニーズを満たせるという意味で、在宅医療をやってきて本当に良かったと思っています。実際、コロナの感染を気にして医療機関に行きづらくなった患者さんが大勢いました。そういった患者さんのサポートができたのは、在宅医療をやっていて良かったと思えるポイントの1つですね。
コロナ禍を乗り切るコツとは
ーー在宅医療に加え、外来診療もやっているとのことですが、実際に継承してみて感じた困難などはありますか?
開業前は、特に診療面以外の手続きなどが煩雑でかなり苦労しました。このあたりの手続きは業者に委託していたとはいえ、打ち合わせに時間を取られるため、苦慮しましたね。
開業後は、人事労務の問題でなかなか慣れない点が多かったです。
ーー人事労務とは、採用などの面でしょうか?
そうですね。こちらが求める人物像と、応募者の人物像がマッチしていないことも多く、なかなか採用できないケースもあって…。たとえば訪問診療の業務内容が、応募者自身が想像していたものと異なっている点でマッチしないことがありました。
そこで当院では応募者の方とのミスマッチを防ぐために、そして実際の業務をより理解してもらうために「1日同行」を提案しています。採用前の段階で1日の仕事に同行していただき、業務内容を理解してもらうんです。
朝の訪問診療時から立ち会っていただき、夕方まで同行していただきます。これをすることで、実際の業務をより理解していただきやすくなり、結果としてミスマッチがだいぶ減りましたね。
ーー採用時はどのようなポイントを重視しているのですか?
まずは経験とスキル、そして人柄ですね。患者さんの想いに寄り添ってくれる人物であるかをみています。あとはICTのリテラシーがあるかも重視していますね。
ーーICTを重視している理由はどういったところにあるでしょうか?
たとえば当院の場合、クラウド型の電子カルテを導入しています。訪問診療していると、診療先でタブレットやスマホなどで患者さんの情報をすぐに見たい時があるのですが、そういった時にクラウド型の電子カルテと連携して運用すれば、スムーズに診療ができるんです。
患者さんを診る際に必要な情報がすぐに確認できるのは非常に重要と捉えています。
患者さんの情報を迅速に確認することで診療時間の短縮につなげることができ、結果として患者さんの負担軽減につながります。さらには診療滞在時間の短縮にもつながるので感染対策に貢献できる。
こういった運用にスムーズに馴染んでいただくためにも、ICTのリテラシーは必須と捉えています。
ーー外来診療時の場合、さまざまな場面でコロナの影響を受けることが想定されますが、このあたりはどのように工夫されていたのでしょうか?
感染対策を徹底し、安心して外来通院してもらえる仕組みを考えました。
院内では、空間的・時間的な隔離を行い、専用の診療スペースで診察を行いました。
あとは空気清浄機などを積極的に導入し、患者さんが安心して来院していただけるような工夫を徹底しています。
故 井手誠一郎先生から教わった3つの教え|①朝の訪問診療を大事にする
ーー現在注力されている在宅医療を行う上で、前院長である井手先生から教わったことを実践し、とても大事にされていると伺いました。ぜひ詳しくお聞かせ願えますでしょうか?
井手先生とは、(旧)井手消化器呼吸器外科医院の継承前、継承後も一緒に外来診療や往診を行い、マンツーマンで多くのことを学びました。その内容は非常に濃密で限られた紙面で述べるには足りませんが、先生が特に大事にしていた3つの事を共有させていただきたいと思います。1つ目は、“朝の訪問診療(往診)を大事にしなさい“ということです。
当院の1日は、外来開始前の7時半からの訪問診療で始まります。状態の不安定な患者さんを中心に訪問診療を行うのですが、この時間帯の訪問診療は、井手先生曰く「病態の変化に素早く対応するために重要」とのことでした。
共働き家庭であり子育て中の我が家にとっては、タフな働き方ではあったのですが、妻の協力と理解のおかげで今でもこのルーティンを継続できています。もちろん朝方に訪問診療の時間を確保することで、数多くの患者さんの訪問診療を担当できるという利点もあります。
故 井手誠一郎先生から教わった3つの教え|②多職種連携を大事にする
ーー2つ目に大事にしていることを教えてください。
2つ目は、“多職種連携を大事にしなさい”ということです。在宅医療を行うには、ケアマネージャー、訪問看護、リハビリ、介護、福祉用具調整など多くの医療従事者と関わり、連携を密にすることが求められます。
先生の携帯電話には数多くの事業所や関係者の電話番号が登録されており、気になることがあれば、いつも慣れた手つきで電話をかけていました。近年はICTツールが医療・介護の現場でも導入され、リアルタイムで患者さんの情報のやり取りを行うことが可能になっていますが、先生はあくまで直接会話して情報交換を行うことにこだわり、自ら地域のネットワークを構築することで多職種連携を実践されていました。
私自身、現在はICTの導入に関しては積極的ですが、オフラインで直接会って多職種の方々とコミュニケーションをとることも欠かさず行っています。「中央町おだクリニック」としてチームで連携することが「患者さんに寄り添った診療」に貢献できると信じています。
故 井手誠一郎先生から教わった3つの教え|③患者さんの生きがいに常に耳を傾ける
ーー最後に、3つ目に大事にしていることを教えてください。
3つ目は、“患者さんの生きがいに常に耳を傾けなさい”ということです。在宅医療の現場では、治らない病気を抱える方が少なくありません。患者さんが主体となった意思決定は尊重されるべきと先生はよくおっしゃっていました。しかし実は先生こそが、治らない病気と対峙しながら診療を継続されていたんです。
先生とは、診療の合間に何度か話し合い、診療を制限されてはどうでしょうかと提案させていただいたのですが、医師としての仕事を全うしたいという意志は最期まで変わりませんでした。先生は、実際にお亡くなりになる前日までお仕事をされていたんです。
私としては、本当にこれで良かったのかと自問自答する日々を過ごしていましたが、その先生らしい姿を見て医療関係者だけなく、患者さんも皆さん口を揃えて「井手先生らしい最期だったね。」と言うのを聞き、先生が伝えたかったことを自ら体現されていたのだと、今になって気付かされました。
ーー患者さんの「自宅で最期を迎えたい」という想い(生きがい)に耳を傾けること。
それこそが、先生が在宅医療に力を入れる理由だったのですね。
そうですね。私は、これまで大学病院や総合病院で働いてきた経験しかなく、スピリチュアルな表現は極力避けてきました。しかし、在宅医療に従事するようになり、誰しもがいつかは死と向き合わなければならず、改めて人生とは有限だということに気づかされます。
“その人らしく生きる”とは何か。
難しいテーマで、正解にたどり着けない日々を過ごしていますが、これからも在宅医療を通して患者さんと一緒に考え、多職種連携でサポートできればと考えています。一方で、在宅医療を行っていく上では、継続性も重要であり主治医が体を壊してはいけません。継続して地域の在宅医療に従事するには、自分にできることの範囲を見極める事も大事だと思っています。
今後クリニック開業を検討されている先生へ
ーー今後、開業を検討している先生方になにかアドバイスはありますか?
今後、地域にどのようなニーズがあるかを確認された方がいいと思います。
もちろん、若い方が多い地域なのか高齢者が多い地域なのかも重要だと思います。
私も呼吸器内科専門医として大学病院に勤務していましたが、私の開業地である北九州市は特に高齢化が進んだ地域であり、多くの患者さんが単一疾患で収まることはありません。
実際、在宅医療に重点をおいた医療提供も必要とされています。ある程度幅広く対応できる体制をとることで、患者さんのニーズを満たせるのではないかと考えています。
取材協力 中央町おだクリニック 院長|小田桂士 医師
製鉄記念八幡病院で初期研修を行い、産業医科大学病院・呼吸器内科 外来医長、東証一部上場企業の専属産業医として経験を積む。主に呼吸器疾患(気管支喘息、肺炎・気管支炎、COPD、肺がん、間質性肺炎)およびアレルギー疾患の診療に従事。
現在は生活習慣病の治療に加え、訪問診療に力を入れながら、地域の患者さんに寄り添ったクリニック経営を行っている。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2023年7月時点の情報を元に作成しています。
取材協力 中央町おだクリニック 医師 | 小田桂士
製鉄記念八幡病院で初期研修を行い、産業医科大学病院・呼吸器内科 外来医長、東証一部上場企業の専属産業医として経験を積む。
主に呼吸器疾患(気管支喘息、肺炎・気管支炎、COPD、肺がん、間質性肺炎)およびアレルギー疾患の診療に従事。
現在は生活習慣病の治療に加え、訪問診療に力を入れながら、地域の患者さんに寄り添ったクリニック経営を行っている。
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執筆 医療ライター ゆし
医療機器メーカー(東証プライム市場上場)の営業職に約9年間従事。薬機法管理者資格、YMAA認証マーク取得。クリニック開業サポート・医院継承サポート実績あり。
日々、多くの医師やコメディカルと関わり合いながら仕事しています。
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