医療を提供するうえでは、医師法や医療法、薬事法、あはき法(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律)、柔道整復師法などの法律を遵守する必要があります。そのなかから今回は、医師法に的を絞り、医師法違反の事例として過去にどういったものがあるのかを説明します。
医師法とは
医師法とは、医師の任務、免許、試験、業務、卒後臨床研修、義務、罰則などについて規定している法律です。医師法第17条において、「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定められていることから、医師でない者も取り締まりの対象となっていることがわかります。
では、ここでいう「医業」の定義はというと、「当該行為をおこなうにあたって、医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ、人体に危害を及ぼし、または危害を及ぼすおそれのある行為(=医行為)」を、反復継続する意思をもっておこなうことであるとされています。
医師法に違反するとどんな罰則を受けることになる?
続いては、医師法に違反するとどんな罰則を受けることになるのかをみていきましょう。
医師以外の者の医業禁止、名称の使用制限
試験に対する不正行為
無診療治療の禁止
医師は、自ら診察しないで治療をして、もしくは診断書もしくは処方せんを交付して、自ら出産に立ち会わないで出生証明書もしくは死産証書を交付して、または自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。これに違反すれば50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の3第1項)
異状死体の届出義務
医師は、死体または妊娠4か月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならず、これを怠れば50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の2第1項)
処方箋の交付
医師は、患者に対して治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には、患者または現にその看護に当たっている者に対して処方せんを交付しなければならないが、これに違反すれば、50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の2第1項)
診療録の記載および保存
医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならず、これに違反すれば50万円以下の罰金に処せられる。また、この診療録は5年間保存義務があり、これに違反しても同様に50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の2第1項)
再教育研修
処分を受けた医師または再免許を受けようとする者が、医師としての倫理の保持または医師として具有すべき知識および技能に関する研修を受けなかった場合は、50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の2第2項)
処分の際の調査
「心身の障害によって医師の業務を適正におこなうことができない者として厚生労働省令で定めるもの」「大麻、麻薬またはあへん中毒者」「罰金以上の刑に処された者」「医事に関して犯罪または不正行為のあった者」のいずれかに該当することから処分を受けることとなるも、処分に当たって必要な陳述をせず、報告をせず、もしくは虚偽の陳述もしくは報告をして、物件を提出せず、または検査を拒み、妨げ、もしくは忌避した者は、50万円以下の罰金に処せられる(医師法33条の2第3項)
医師法違反の事例
医師法に違反した事例は、「医師でないのに医業をなした」という理由を含め、さまざまに存在します。また、医師でない者が医業をなしたことを、ともに仕事をしている医師が把握しているというパターンもあります。そのなかから、一般に知られているものをピックアップしていきます。
医師が医師法に違反した事例
まずは、医師が医師法に違反した事例から紹介します。
届出義務違反
1999年に起きた「都立広尾病院事件」は、医師法違反の事例のなかでもよく知られているものです。どんな事件かというと、看護師が患者に対して、生理食塩水と間違えて消毒薬を点滴したため死亡した事件で、遺族からの「医療ミスがあったのではないか」という抗議を受けて、患者の死亡から11日後に病院が警視庁渋谷署に届け出を出したというものです。
これは、医師法21条の「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」に違反することとなります。
しかも、翌月にこのことが報道されると、病院側が記者会見で「非公表は遺族の意向であった」と虚偽の説明をしたことも問題となりました。
医師でないのに医業をなした事例
続いては、医師でないのに医業をなした事例です。
臨床工学技士がカテーテル操作をおこなった
2023年、『鳥取県立中央病院』において、2019年10月から2020年3月までの6か月間にわたって、医師の資格を持っていない臨床工学技士が、患者の心臓内に挿入されたカテーテルの操作をおこなっていたことが明らかになりました。正確には、心臓内科の医師が治療をおこなう際、カテーテルの位置を調整する「補助操作」をおこなわせていたというものですが、厚生労働省は、医師以外の医療行為を禁じた医師法に抵触するおそれがあるとしています。
当該の医師は病院の調査に対して、「医師の指示があれば臨床工学技士が操作してもいいと思っていた」と話しており、当時の院長は、医師の人数が足りなかったとして、「やむを得ないときは臨床工学医師が操作しても差し支えない」と判断していたとのことです。
無免許でワクチン接種問診をおこなった
2021年7月26日、茨城県水戸市にて、70歳の無職の女性が医師法違反の疑いで再逮捕されました。女性は、施設長として勤務していた介護老人保健施設で、入所者に対して、新型コロナのワクチン接種前に健康状態などを尋ねる問診や、接種の可否の判断をおこなった疑いが持たれています。「問診だけなら問題ないのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、問診は医療行為であって、医師でないとおこなうことが認められていません。
しかもこの女性は、偽造された医師免許証を入手後、同介護老人保健施設の施設長に就任して、偽の医師免許証の写しを使用したなどとして偽造有印公文書行使の疑いでも逮捕・起訴されています。
無免許で健康診断をおこなった
問診のみならず、無資格で健康診断をおこなったケースもあります。2021年6月23日、兵庫県神戸市垂水区で、58歳女性が医師法違反の疑いで逮捕されています。女性は無免許でありながら、大阪府内の企業において健康診断で問診をしたり、インフルエンザの予防接種が受けられるかを判断したりした疑いです。健康診断をおこなった翌年、精神科常勤医の募集に応募した際、募集していた病院側が、医師免許証が偽物であることに気づいて発覚しています。
無資格で医療行為をおこなった
2019年6月、千葉県鎌ケ谷市の元団体職員の男性が、看護師と偽って関東の複数の福祉施設に勤務していたことが明らかになりました。さらに同月、千葉県内の福祉施設において、メスを用いた床ずれの切除や局部麻酔などの医療行為をしたとして再逮捕されています。
無資格で診察をおこなった
2015年6月22日、実在の眼科医になりすまして23の府県をまたいで複数の眼科医に勤務して、延べ1万人前後を診察して約2,000万円を稼いでいた男性が逮捕されました。男性の手口は、実在する意思の医師免許のコピーを入手して医師紹介事業者に登録して働き口を得るというものでした。
無資格でPCR検査をおこなった
2021年10月21日、兵庫県明石市でリハビリ指導などをおこなう診療所を経営する鍼灸師の男性が、医師免許がないのにPCR検査をおこなったことで逮捕されました。男性がPCR検査をおこなった相手は3人。また、別途、知人男性2人に対して薬の処方箋を交付した疑いでも逮捕されていますが、前者に関しては「コロナ禍で少しでも貢献したかった」、後者に関しては「頼まれて断り切れなかった」と話したといいます。
特別養護老人ホームの元施設長が無資格で医療行為をおこなった
2021年10月15日、兵庫県神戸市の特別養護老人ホームの元施設長の男性ら2人が、無資格で衣装行為をおこなっていたとして書類送検されました。入所者の男女8人に対して、胃にチューブで栄養や薬を補給する「胃ろう」や、たんの吸引を無資格でおこなった疑いが持たれています。書類送検された2人は、「人手が足りなくて無資格でおこなった」と話したということです。
無資格で医療脱毛をおこなった
近年増えているのが、エステ店経営者や従業員による医師法違反です。2023年6月21日、大阪市西区のエステみでの経営者および従業員が、医師免許がないのに皮膚に強い光を当てて脱毛をおこない、女性客にやけどを負わせたとして書類送検されています。エステ店での脱毛を巡る事故はこれ以外にもたびたびニュースで取り上げられていることから、消費者にとっても関心の高い事例であるといえるでしょう。
医師免許無しで美容整形手術をおこなった
2023年2月21日、医師免許を持っていないのに美容整形の手術を施したことから、兵庫県加西市に住むベトナム国籍の女性が逮捕されたことがわかりました。逮捕された女性は、自宅で女性の顔にヒアルロン酸やボトックス注射などの医療行為をした疑いが持たれており、「約20人に美容整形して100万円くらいかせいだ」と明かしています。また、女性は技能実習生として日本に暮らしていましたが、「技能実習だけでは稼げなかった」と話しているということです。
無免許で美容整形手術をおこなった
2021年11月12日、医師免許を持っていないのに美容整形手術を施したことから、東京都在住のベトナム国籍の男女2人が逮捕されました。2人は、大阪市内のホテルの客室でベトナム人国籍の女性2人に二重まぶたの整形手術を施した疑い。そのうちの1人がまぶたの腫れを訴えて警察署に相談したことから容疑が明らかになりました。美容クリニックでは一般的に20~30万円の手術を数万円でおこなっていたことから、一定のニーズがあったとみられています。
看護師がクリニックから持ち出した医療機器や薬剤を使ってエステサロンを営業した
群馬県太田市の皮膚科医院の院長が、同院勤務の元看護師を相手に、クリニックから持ち出した医療機器や薬剤の費用などの損害賠償を求める民事訴訟を起こしています。元看護士は、自宅でエステサロンを開業して、医師の処方箋がなにもかかわらず薬剤を処方していたということです。院長が起こした民事裁判が、元看護士の謝罪および賠償金支払いによって終結したことが、同院の2023年のブログに記されています。
無資格でタトゥー施術をおこなった
大阪府吹田市の彫り師の男性が、2015年までに、医師免許がないのに客にタトゥーを入れたとして医師法違反の罪に問われたことは大きな話題となりました。ただし、この裁判では、彫り師の男性は結果的に無罪であると認められています。
1審の大阪地裁は、タトゥーを入れる行為は医療行為に当たると判断して有罪判決を下しましたが、2審の大阪高裁は医療行為ではないとして逆転無罪となりました。さらに裁判は続き、2020年9月16位日、最高裁において、「社会通念に照らして、医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く、医行為には当たらない」と結論づけられ、最終的に無罪となりました。
医師免許保持者でも気を付けるべきことはたくさんある
事例を並べて見ると、無資格で医療をおこなって罰せられる件数が圧倒的に多いように思われますが、事例のラストでピックアップした届出義務違反をはじめ、医師免許保持者であっても気を付けるべきことはたくさんあります。たとえば診療録の記載および保存などは、そのつもりがなくともうっかり違反してしまうこともあり得るので、十分注意するようにしてくださいね。
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、2024年3月時点の情報を元に作成しています。