
勤務医が独立して開業するにあたっては、開業資金の融資が必要な場合も多いもの。融資を受けるとなれば、5年先、10年先まで視野に入れて返済プランを立てる必要がありますが、それより先の未来まではなかなかイメージすることがないかもしれません。しかし、クリニックを開業するということは、自院をかかりつけとして頼りにしてくれる患者に対しての責任も負うことになるので、長期的な視点を持って未来を見据えていくことが大切です。そのひとつとして、長く運営を続けられたものの、自身が体力的に診察を続けるのが難しくなった場合にはどうすればいいかという課題があります。そこで今回は、開業医の引退年齢について考えていきます。
開業医師の高齢化が進行中
日本は、2007年に「超高齢化社会」を迎えています。「超高齢化社会」とは、65歳以上の高齢者の割合が人口の21%を超えた社会を指します。ちなみに、65歳以上の高齢者の割合が人口の14%を超えた社会のことは「高齢社会」といい、日本は1994年に高齢化社会に突入しているので、そこからさらに、65歳以上の高齢者の割合が増え続けたということになりま す。
超高齢化社会に突入したことで、多くの企業の定年が引き上げられていることは周知の通り。なぜなら、たとえば100歳まで生きるとして、定年が60歳のままだと、40年は収入がないということになりますが、それだけの期間を年金のみで暮らすことは現実的に難しく、多くの人が働かざるを得ないのが実態だからです。
なかには、「定年を迎えてやることがなくなって暇になった」という理由で再就職先やアルバイト先を探す人もいますし、「生涯現役でいたい」という理由で働き続ける人もいます。
これは医師にも当てはまることで、特に、病院に雇われている勤務医ではなく、自分で引き際を決められる開業医はこの傾向にあります。
また、超高齢化社会となり、医療を必要とする人の割合が増えたことによって、医師のニーズが高まっていることも、開業医の高齢化が進んでいる理由です。
70歳以上の現役開業医も多いのが実態
では、開業医の平均年齢はどのくらいかというと、厚生労働省が公表している「令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」の年齢階級別の人数が参考になります。
【クリニックの開設者または法人の代表者の平均年齢】
29歳以下 | 30~39歳 | 40~49歳 | 50~59歳 | 60~69歳 | 70歳以上 |
29人 | 1,312人 | 8,281人 | 18,208人 | 24,928人 | 17,602人 |
参照:厚生労働省「令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
開業医の平均引退年齢は?
引退年齢の平均値に関するデータは、別途存在するわけではありませんが、上記年齢階級別の人数を見る限り、開業医の年齢層としてもっとも厚いゾーンが60~69歳で、70歳以上なるとそこから7,000人以上減っているため、70を過ぎたら引退するケースが多いとわかります。
そこで、平均引退年齢を73歳と仮定すると、クリニックを畳むにしろ継いでくれる人を探すにしろ、遅くとも65歳前後には準備を始めるのが賢明であるといえるでしょう。
勤務医の引退は65歳〜70歳が一般的
翻って、勤務医の平均引退年齢はというと、65歳~70歳と考えられます。これには明確な理由があり、2013年に施行された雇用確保措置の法的義務化によって、希望者全員の65歳までの雇用が義務化されており、2021年に施行された「改正高年齢者雇用安定法」によって、70歳までの就業機会確保措置が努力義務化されているためです。
もちろん、65歳までの雇用を希望しない勤務医もいることが考えられますが、先に述べた通り、「引退後の人生が長い可能性が高い」「医師のニーズが高まっている」という2つの背景を考えると、多くの勤務医は、65歳~70歳で引退という選択をすることになるでしょう。
開業医として働く期間はどのくらい?
日本医師会が2009年に実施した「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」によると、承継ではない新規開業のクリニックに関して、医師が開業した年齢は平均して41.3歳とされています。
参照:日本医師会「開業動機と開業医(解説者)の実情に関するアンケート調査」
一方、引退年齢の平均は前述の通り70代であることから、仮に引退年齢を73歳とすると、開業医として働く年数は約32年ということになります。この数字を頭に入れたうえで開業計画を立てると、何歳までに何をすべきであるのかをよりはっきりとイメージできるかもしれません。
開業医が引退時に直面する可能性が高い3つの課題
開業時から引退を意識して計画を立てていなかった場合、いざ引退が現実味を帯びる年齢を迎えるころに、次の3つの課題に悩まされる可能性が高いといえます。
それぞれについて詳しくみていきましょう。
老後の生活資金
まず考えられるのが、老後の生活資金問題です。一般的に、「人生100年時代には老後2,000万円が必要」といわれますが、開業医が引退後も現役時代と同じ生活レベルを保つためには、2,000万円ではとても足りないでしょう。
そもそも、なぜ老後に必要な金額が2,000万円だといわれているかというと、夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの高齢夫婦無職世帯をモデルケースに、定年退職後30年生きることを想定して算出された金額が約2,000万円だからですが、この計算式においては、公的年金を含めた実収入=20万9,198円、標準的な生活を送るための生活費=26万3,718円が採用されています。
参照:金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
しかし、夫婦の一方が現役開業医である場合、生活費が月に26万3,718円におさまることは少ないのではないでしょうか。贅沢はしなかったとしても、たとえば、個人事業主としてうまくやっていくために続けていた付き合いを急に辞めることは難しく、お歳暮やお中元にお返しするために出費を余儀なくされることもあるでしょう。
また、引退のタイミングに関していうと、たとえば73歳になる年に引退したとすると、74歳になる年の確定申告においては、73歳の1年間の稼ぎに対して税金を払うことになるため、収入に対しての出費がドカンと大きくなります。
後継者問題
次に考えられるのが後継者問題です。地域医療の一端を担っているクリニックは、何科であれ一定数の患者を抱えているわけですから、特に医療機関が少ない地域などでは、急に辞められると路頭に迷ってしまう人が出てきます。
そうした患者が出ることを避けるためにも、早い段階で自院の後継者を見つけておくことが理想です。しかし、分の子どもに跡を継ぐ意思がある場合などを除いては、能動的に後継者を探しにいかなければならないことがほとんどで、希望者が現れたとしても、条件面で折り合いがつかないことも考えられます。
喪失感
これは開業医に限ったことではありませんが、いざ仕事を辞めるとなると、深い喪失感に襲われる場合があります。特に、仕事に生きがいを感じている人ほど、この傾向は強いでしょう。というより、仕事に生きがいを感じている人は引退など考えずに生涯現役でい続ける選択肢をとることが多いですが、体力的な限界や、視力などの問題で辞めざるを得ない場合もあるでしょう。
開業医の引退時の課題解決策
開業医が引退時に抱えがちな悩みを回避するために、事前にとっておける対策はいくつかあります。主な対策は次の通りです。
それぞれについて詳しくみていきましょう。
法人化する
クリニックを開業後、医療法人を設立しておけば、医師は個人事業主ではなく給与所得者になるため、引退時に退職金を受け取れることとなり、老後の生活資金の心配が軽減します。ただし、医療法人を設立するためには求められる要件を満たす必要があるため、医療法人化したいからといって必ずしもできるというわけではありません。
また、医療法人化することには少なからずデメリットもあるため、よく考えてから決断することが大切です。
資産運用に力を入れる
法人化せずに老後の生活資金を貯めたいなら、iDeCoやNISAでの貯蓄は視野に入れたいところです。また、投資信託や株式投資、不動産投資、貴金属積立などの手もありますが、いずれもリスクがゼロというわけではないので、リスク分散のこともきちんと考えながら資産を運用することが大切です。
M&Aを利用する
M&Aとは、Mergers(合併)とAcquisitions(買収)の頭文字を取った略語で、2つ以上の企業が1つになること(=合併)や、1つの企業や個人事業主が他の企業を買うこと(=買収)を意味します。
クリニックがM&Aを利用するとは、第三者承継をおこなうということを意味します。買い手候補は個人事業主の医師であることもあれば、近隣の医療法人や大手医療法人グループであることもあります。
経営者としては一線を退きながらも、医師としては働き続ける
M&Aを利用して自院を売却した後、一から勤務医として働くこともできますが、長年、自宅敷地内にあるクリニックで働いてきた開業医にとっては、どこかの医療機関に通うということ自体ハードルが高いかもしれません。その場合、自院はM&Aによって第三者に譲渡しつつも、そのクリニックの医師として、週に1~3日程度働かせてもらうというのも一手です。この選択肢をとれば、自院に長年通い続けている患者にも、「今までと同じ先生に診てもらえる」というメリットをもたらします。
M&A後のクリニックでの勤務医事例はある?
M&Aによって自院を譲渡した後、元々の院長がそのクリニックで働き続けるという事例は実際に存在します。
期限を設けずに働き続けるケースもあれば、「患者および新院長が経営に慣れるまで二人三脚で自院を守っていく」というスタンスで承継するケースもあります。後者のケースであっても、承継してくれる新しい院長と馬が合うなら、予定より長く働き続けることにしてもいいかもしれません。
引退“準備”は早めに進めておくのは得策
実際に引退する年齢が何歳になるにしろ、引退に向けての“準備”は早めに進めておくことが得策です。引退後に途方にくれないための対策として紹介したiDeCoやNISAの活用は、早い段階で着手すればするほど老後の資金が貯まりやすいですし、事業承継したいなら、時間をかけて、納得して譲渡できる相手を探すに越したことはありません。
また、「生涯現役でいたい」という場合も、「自分の身に何かあった場合」という想定で対策を取っておくことはとても大切です。開業医に限ったことではありませんが、誰しも、いずなんどき働けなくなるかはわからないため、対策を講じておくことで将来の不安を軽減することができます。
引退した場合、その後はどんな毎日を送ることができる?
生涯現役を目標とするのではなく、引き際は潔く、引退後は自分の時間を楽しみたいと考えているのなら、それはそれで、若いうちから、「自分らしく生きるにはどうすればいいだろう?」と考えておくことが望ましいといえるでしょう。大谷翔平選手が、高校1年生のときに現在を見越して目標設定シートを埋めていたことは有名ですが、大谷選手に限らず、将来の夢を詳細まで思い描いて書き出していれば、その夢はとても叶いやすいとされています。なぜかというと、自分の頭のなかにあるイメージを言語化できるまでクリアにできれば、無意識のうちにもその夢の実現に向かって自分自身が動き出すためです。
たとえば、引退後は時間を自分のために使いたいと考えている場合も、ただなんとなく「1年に1回くらいは旅行に行けたなあ……」とぼんやりと思い浮かべているより、「75歳までに中南米を制覇して、80歳になる年までにアジアの国を全部まわろう!」と決めているほうが、目標を実現できる可能性は高いということ。しかも、一つひとつの目標を達成するたびに新たな目標が芽生えることも考えられるので、豊かな人生を送るためにも、今後の人生設計についてもしっかりと考えていきたいですね!
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この記事は、2024年12月時点の情報を元に作成しています。