クリニックを開業する前に整えるべきもののひとつとして、従業員の「就業規則」があります。
おそらく1診体制での開業の場合、採用するスタッフは5名にも満たないクリニックが多いでしょう。しかしその場合でも「何かあったときのために就業規則を作っておいたほうがいい」と、社会保険労務士の高橋 友恵さんは話します。
今回は、開業医から寄せられた労務管理に関する質問に対し、社会保険労務士法人アミック人事サポート代表社員、社会保険労務士、医療労務コンサルタントの高橋友恵さんに解説していただきました。
1時間単位の有給休暇も、条件が揃えば取得は可能
開業医からの質問
「有給休暇を、午前休や午後休という分け方ではなく、もっと細かく取得できないかと相談されたことがあります。たとえば3時間だけなど、柔軟に付与することは可能なのでしょうか?医療事務から要望を受けたことがあります」
ーー上記のように、細かな時間単位での有給休暇は取得可能なのでしょうか?
- 高橋
- 条件さえ揃えば可能です。
有給休暇は法律上、1日単位でも半日単位でも時間単位でも良いと示されています。(参考:労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第三十九条第四項 )
だから逆に、「1日単位でしか有給休暇が取得できない」と定めることもできます。
3時間など細かな区切りの場合、時間単位の年次有給休暇と呼ばれるものが適用されるのですが、就業規則にその旨を書いて、先生と従業員の労使協定(従業員の代表者1人との協定)を締結すれば可能です。
ーーそもそも、就業規則を作っていないクリニックも多い印象ですが
- 高橋
- そうですね。労働基準法では、「パートも含めて10人以上の従業員がいる場合、就業規則を作らなければならない」と定められています。(参考:労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号))
ただ、10人より少ない従業員数のクリニックさんでも作っておいた方が良いです。色々なトラブルが起き、院長なりの主張をしたとしても「じゃあそれは就業規則に載っていたのか」が注目されます。
例えば、スタッフの働き方に不満があり、院長の意向で、そのスタッフの配置転換を命令しても、「不当だ」と主張されても、就業規則がない以上は戦えなくなります。
- 就業規則を作ることによって、クリニックを守ることもできるし、スタッフさんも安心しますよね。「ちゃんと従業員の働き方を考えているクリニックなんだ」との印象から、スタッフの定着にも繋がるので、従業員の人数が1人だとしても作っていただけると良いと思います。
時間単位の有給休暇を設けていないクリニックが多い理由は?
ーー就業規則を作っているとしても、時間単位の有給休暇を設けているクリニックは少ない気がしますが、実際はどうなのでしょう。
- 高橋
- そうですね、おそらく時間単位の有給休暇を管理することが難しいからだと思います。
年次有給休暇は、勤続年数に合わせた付与日数が定められていますよね。
- 高橋
- そのなかで例えば一人の従業員が時間単位の有給休暇をとり、残日数が9日と3時間となったとします。そして他の従業員の残日数は7日と5時間…といったように、それぞれの細かな時間管理をしなければなりません。
もちろん、時間単位の有給休暇が取得できるクリニックは、従業員にとっては非常に魅力的だと思います。家庭の事情で数時間だけ外出できたら便利ですよね。
スタッフの定着にも繋がる利点である一方で、管理できない場合の方が多いので、時間単位の有給休暇を取得できるクリニックが少ないのでしょう。
時間単位の年次有給休暇を整備予定のクリニックは、助成金も視野に
- 高橋
- 時間単位の年次有給休暇は管理が大変ですが、これにより使える助成金もありますので、うまく絡めて活用する選択肢もあります。
「働き方改革推進支援助成金労働時間短縮・年休促進支援コース」
生産性を向上させ、労働時間の縮減や年次有給休暇の促進に向けた環境整備に取り組む中小企業を支援するもの。参考:厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」
※こちらは2021年度の内容で、すでに締め切られています。2022年度については今後の動向を厚生労働省のサイト等で確認することをおすすめします。
ーーどのように時間単位の年次有給休暇と助成金を絡めることができるのでしょうか。
- 高橋
- 助成金の対象となるための成果目標で、時間単位の年次有給休暇が関係しています。
<成果目標> ※下記より1つ以上選択肢、達成を目指して実施すること
(1)36協定の、時間外・休日労働時間数を減らす、月60時間以下、又は月60時間を超えたら月80時間以下に上限を設定し、所轄労働基準監督署長に届け出る
(2)病気休暇、教育訓練休暇、ボランティア休暇、新型コロナウイルス感染症対応のための休暇、不妊治療のための休暇の中から1つ以上選択し、新たな特別休暇として設定する
(3)時間単位の年次有給休暇の規定を新たに導入する
また、以下のいずれかの取り組みを1つ以上行うなど、いくつかの条件はあります。
<支給対象となる取り組み>
1労務管理担当者に対する研修
2労働者に対する研修、周知・啓発
3外部専門家(社会保険労務士、中小企業診断士など) によるコンサルティング
4就業規則・労使協定等の作成・変更
5人材確保に向けた取組
6労務管理用ソフトウェアの導入・更新
7労務管理用機器の導入・更新
8デジタル式運行記録計(デジタコ)の導入・更新
9労働能率の増進に資する設備・機器等の導入・更新(小売業のPOS装置、自動車修理業の自動車リフト、運送業の洗車機など)
※研修には、業務研修も含みます。
※原則としてパソコン、タブレット、スマートフォンは対象となりません。
引用元:厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)
ーークリニックが取り組める内容にはどのようなものがありますか?
- 高橋
- 自動精算機や電子カルテを導入したことで、診療や会計に関する業務効率化できる場合は「9労働能率の増進に資する設備・機器等の導入・更新」に該当すると思います。
また、勤怠管理システムなどを導入すれば「6労務管理用ソフトウェアの導入・更新」「7労務管理用機器の導入・更新」なども関係しますね。
ーーどの程度の金額が助成されますか?
- 高橋
- 条件がいくつかあるので一概には言えませんが、従業員の給与アップなどを行うことで最大200万円助成される場合があります。
>詳細は厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)へ
- ただ、先述した通りこちらは2021年度の内容で、すでに締め切られています。2022年度の情報はまだ出てはいませんが、おそらく引き続き支援があると想定されますので、これから労務環境を整えたいクリニックは、今の内から助成金の申請に向けて準備しておいても良いかもしれません。
また、今回質問をいただいていた時間単位の年次有給休暇について、「院長が管理しきれないのではないか」とも話しましたが、勤怠管理システムを導入することで管理にかける時間や手間は大きく減ります。
助成金やITシステムを組み合わせて、スタッフが働きやすいクリニックを作り上げてほしいですね。
特徴
対応業務
診療科目
この記事は、2022年4月時点の情報を元に作成しています。
取材協力 社会保険労務士法人アミック人事サポート 代表社員 高橋 友恵
社会保険労務士法人アミック人事サポート
代表社員/社会保険労務士/医療労務コンサルタント
2004年アミック労務管理事務所を開設。
2010年に株式会社日本医業総研にて人財コンサルティング部マネージャーとして人事コンサルティング・接遇講師・院内業務改善コンサルティング等を実施後、2016年に社会保険労務士法人アミック人事サポートを設立。医療機関特有の人事労務に精通し、これまで300件の関与実績がある。
他の関連記事はこちら
執筆 CLIUS(クリアス )
クラウド型電子カルテCLIUS(クリアス)を2018年より提供。
機器連携、検体検査連携はクラウド型電子カルテでトップクラス。最小限のコスト(初期費用0円〜)で効率的なカルテ運用・診療の実現を目指している。
他の関連記事はこちら