開業して数年たつと、地域の保育園や介護施設から「嘱託医を引き受けてもらえないか」という打診が届くことがあります。
診療の合間に対応できるのか、報酬はどの程度か、責任はどこまで負うのか——判断材料がないまま返事をするのは避けたいところです。
本記事では、嘱託医の定義と法的な位置づけ、施設ごとの業務内容と報酬の目安を整理したうえで、クリニックを運営しながら引き受ける場合の判断軸をまとめます。
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嘱託医とは
期間を定めて特定の業務を担う医師
嘱託医とは、医療機関・介護施設・保育園・学校・企業などにおいて、特定の業務を担うために期間を定めて勤務する医師を指します。
契約形態は雇用契約の場合と業務委託契約の場合があり、施設によって異なります。労働法上、「嘱託」は有期労働契約の一種として扱われるのが一般的で、「1年契約・週1日勤務」といった条件を契約書で定め、更新を前提に継続する形が多く見られます。
特徴は、勤務日数と業務内容が限定されていることです。常勤医のように日々の診療全般を担うのではなく、健康診断・健康相談・衛生指導といった特定の役割を、月数回あるいは年数回のスパンで果たします。
非常勤医師・産業医との違い
| 区分 | 位置づけ |
|---|---|
| 嘱託医 | 特定の業務を担うため期間を定めて契約する医師。業務範囲が契約で限定される |
| 非常勤医師 | 勤務日数が常勤に満たない医師の総称。担当は外来・当直など診療業務が中心 |
| 産業医 | 労働安全衛生法に基づき事業場の労働者の健康管理を担う医師。専属と嘱託がある |
境界は厳密ではなく、実務では重なる部分もあります。「嘱託産業医」は嘱託医であり産業医でもあるという関係です。判断のポイントは呼称ではなく、契約書に書かれた業務範囲と勤務条件です。
嘱託医が求められる主な職場
保育園・幼稚園
保育所には、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準により、保育士・嘱託医・調理員の配置が義務づけられています。園医とも呼ばれます。
主な業務は次のとおりです。
- 入所時および年2回以上の定期健康診断
- 日常的な健康相談・保健指導への助言
- 感染症発生時の対応方針の助言
- 保健計画・衛生管理についての相談対応
児童福祉施設の健康診断は、学校保健安全法に規定する健康診断に準じて行うとされています。園の規模にもよりますが、健診は半日程度、相談対応は随時というのが一般的な負荷感です。
学校
学校保健安全法第23条により、すべての学校に学校医を置くことが義務づけられています。医師の中から任命または委嘱され、保健管理に関する専門的事項に従事します。
業務は健康診断、就学時健康診断、健康相談、保健指導、学校保健委員会への参加など。学校の年間行事に合わせたスケジュールになるため、繁忙期(4〜6月の健診シーズン)とそれ以外の差が大きいのが特徴です。
介護施設
特別養護老人ホームなどの高齢者施設では、入所者の健康管理と療養上の指導のために医師を置くことが基準で定められています。ただし常勤であることまでは求められていないため、実務上は地域の医師と嘱託契約を結び、定期的に訪問診療・回診を行う形が広く取られています。
業務は定期回診、入所者の状態評価、看取りの方針についての相談、看護職員への指示・助言など。保育園や学校と比べて医療的な判断を求められる場面が多く、緊急時の連絡体制まで含めた取り決めが必要になります。
企業(嘱託産業医)
労働安全衛生法により、常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任義務があります。1,000人未満の事業場では専属である必要がないため、地域の医師が嘱託産業医として月1回程度訪問する形が一般的です。
業務は職場巡視、衛生委員会への出席、健康診断結果に基づく就業判定、長時間労働者・高ストレス者への面接指導など。産業医研修の修了など、要件を満たす必要がある点が他の嘱託医と異なります。
報酬の相場
報酬は施設の種類・地域・訪問頻度によって幅がありますが、目安は次のとおりです。
| 職場 | 報酬の目安(日額) |
|---|---|
| 介護施設・学校医 | 3〜6万円 |
| 産業医 | 5〜10万円 |
| 健診センター | 3〜5万円 |
週1日勤務・日給5万円であれば月20万円前後、年間240万円程度が一つの目安になります。週2日なら約480万円、週3日なら約720万円という計算です。
ただし保育園・学校の嘱託医は、年額固定の委嘱料として設定されるケースも多く、日額換算では上記より低くなることがあります。健診シーズンに業務が集中する一方、年間を通した拘束は軽いという性質を反映した設計です。
金額だけで判断せず、年間の実働時間で割り戻して考えることをおすすめします。
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クリニック院長が引き受けるときの判断軸
メリット
1. 収入源の分散
保険診療の収入は診療報酬改定の影響を直接受けます。嘱託医の報酬は改定の影響を受けにくく、収益構造に別の柱を持てるという意味があります。
2. 地域での認知と患者導線
園医・学校医を務めることは、地域の保護者に医院を知ってもらう最も自然な接点になります。介護施設の嘱託医であれば、入所者やその家族との関係が診療につながることもあります。広告ではなく、地域での役割を通じた認知という点で、質の高い接点です。
3. 地域医療への貢献という実感
診療報酬に直結しない部分ですが、開業医が地域で果たす役割として意味を持ちます。
デメリット・注意点
1. 診療時間との調整
最大の課題はここです。健診や回診は平日日中に行われることが多く、外来を閉めるか、代診を立てる必要が生じます。休診にすれば当日の診療収入は減るため、報酬と機会損失を比較したうえで判断する必要があります。
年間スケジュールを先に確認し、自院の診療体制で吸収できるかを見てから返事をするのが現実的です。
2. 責任範囲の明確化
嘱託医は施設の職員に対して助言・指導を行う立場ですが、どこまでの判断を求められるのかは契約次第です。とくに介護施設では、急変時の対応や看取りの方針決定について、事前に取り決めておく必要があります。
契約前に確認しておきたい項目は次のとおりです。
- 業務の範囲(定期業務/臨時対応の線引き)
- 訪問頻度と1回あたりの想定時間
- 緊急時の連絡体制と、時間外対応の扱い
- 医師賠償責任保険の適用範囲(自院の保険で当該業務がカバーされるか)
- 契約期間と更新・解約の条件
3. 契約形態の確認
雇用契約か業務委託契約かによって、社会保険の扱いや報酬の税務処理が変わります。業務委託であれば報酬は事業所得(または雑所得)として扱われるのが一般的で、源泉徴収の有無も含めて事前に確認しておくと後の処理が楽になります。
引き受けた後の運用
嘱託医の業務は、日々の診療とは別に記録が発生します。健診結果、健康相談の内容、施設への助言事項——これらを紙で個別に管理していると、翌年の健診時に前年の所見を探すところから始めることになります。
自院の記録と嘱託先の記録を、同じ運用の中で扱えるようにしておくと、継続的な健康管理の質が上がり、年ごとの引き継ぎも軽くなります。電子カルテを使っている場合は、嘱託業務の記録をどう残すかを最初に決めておくとよいでしょう。
よくある質問
Q. 嘱託医と非常勤医師は何が違いますか?
非常勤医師は「勤務日数が常勤に満たない医師」という働き方の区分、嘱託医は「特定業務を期間を定めて担う医師」という役割の区分です。重なる場合もありますが、嘱託医のほうが業務範囲が契約で明確に限定されている点が特徴です。
Q. 開業しながら嘱託医を兼務できますか?
可能です。実際に、地域の保育園・学校の嘱託医を開業医が務めるケースは広く見られます。ただし訪問日は診療時間の調整が必要になるため、年間スケジュールを先に確認してください。
Q. 標榜科と異なる施設の嘱託医になれますか?
法令上、標榜科による制限はありません。ただし介護施設のように高齢者の慢性疾患管理が中心となる場では、対応できる範囲を事前にすり合わせておくほうが双方にとって安全です。
Q. 嘱託医の報酬はどう課税されますか?
契約形態によります。業務委託契約であれば事業所得または雑所得、雇用契約であれば給与所得として扱われるのが一般的です。医療法人で受ける場合と個人で受ける場合でも扱いが変わるため、顧問税理士に確認することをおすすめします。
Q. 途中でやめることはできますか?
契約期間と解約条件によります。ただし保育園・学校・介護施設はいずれも医師の配置が基準上求められている施設であり、後任が決まらないと施設側が困る立場にあります。辞退の可能性がある場合は、契約時に期間と通知期限を明確にしておくことが双方のためになります。
まとめ
嘱託医とは、施設や企業において特定の業務を期間を定めて担う医師です。保育園・学校・介護施設・企業と職場は幅広く、いずれも法令上の配置が前提となっているため、地域には常に一定の需要があります。
報酬は日額3〜10万円程度が目安ですが、保育園・学校では年額の委嘱料方式も多く、年間の実働時間で割り戻して評価することが大切です。
クリニックを運営しながら引き受ける場合、判断の中心になるのは金額ではなく診療時間との両立です。訪問が平日日中に集中する以上、休診による機会損失か、代診の手配かという選択は避けられません。
そのうえで、地域での認知と収入源の分散という長期的な効果を含めて評価すると、判断はしやすくなります。打診を受けたら、まず年間スケジュールと業務範囲を書面で確認するところから始めてください。
参考
- 学校保健安全法 第23条
- 児童福祉施設の設備及び運営に関する基準 第33条
- 労働安全衛生法(産業医の選任義務)
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
