「ドクハラ」——ドクターハラスメントは、法律上の定義がある言葉ではありません。
医師や医療者の言動によって患者が精神的な苦痛を受けることを指して、報道や患者側から使われるようになった呼び方です。定義がないぶん、「何がドクハラか」は受け手の感じ方に大きく左右されます。
クリニックを運営する立場では、ここを曖昧にしたままにすると2つの問題が起きます。言われのない指摘に萎縮することと、本当に直すべき言動を見逃すことです。
そしていま、もう1つ押さえておくべきことがあります。2026年10月1日から、逆方向——患者からスタッフへのハラスメントについて、事業主に対策が義務づけられます。
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何がドクハラと呼ばれるのか
患者側から挙げられることが多いのは、次のような場面です。
- 質問しても「専門的なことだから」で説明を打ち切られた
- カルテやモニターだけを見て、一度も目を合わせなかった
- 生活習慣について「だから悪くなるんです」と責める言い方をされた
- 他の患者やスタッフに聞こえる場所で病名や検査結果を口にされた
- セカンドオピニオンを希望したら不機嫌になった
- 体型・年齢・家族構成に診療と関係のない言及をされた
共通しているのは、医学的な内容そのものではなく「伝え方」と「場」です。
3つに分けて考える
すべてを「ドクハラ」とひとくくりにすると対処できません。院内で扱うときは、次の3つに分けてください。
① 医学的に必要で、伝え方の問題でもないもの
- 生活習慣の改善が必要だと明確に伝える
- 希望された検査・処方を、適応がないため行わないと説明する
- 予後について、厳しい見通しを含めて伝える
これは直す対象ではありません。医療法第1条の4第2項は、医療を提供するにあたり適切な説明を行い、理解を得るよう努めることを求めています。必要な説明をしないほうが問題です。
ただし「必要なことを言った」で終わらせず、伝える順番を変えるだけで受け取られ方は変わります。先に相手の困っていることを聞き、そのうえで説明する——順番が逆になると、同じ内容が非難に聞こえます。
② 医学的には正しいが、伝え方に問題があるもの
ここが実際にもっとも多く、そして改善できる領域です。
| 受け取られ方 | 言い換え |
|---|---|
| 「だから言ったでしょう」 | 「前回から何か変わったことはありましたか」 |
| 「気にしすぎです」 | 「その症状で心配になりますよね。今の所見では〜」 |
| 「ネットの情報は当てになりません」 | 「その情報、どこで見られましたか。実際のところは〜」 |
| 「専門的なので説明しても」 | 「大事なところだけ3つに絞ってお話しします」 |
内容は1文字も変えていません。変えたのは、否定から入るか、相手の状態から入るかだけです。
③ 直すべき言動
- 診療に関係のない属性への言及(体型・年齢・職業・家族構成・国籍)
- 他の患者に聞こえる場所での病名・検査結果の口頭伝達
- セカンドオピニオンや転院の希望に対する不利益な扱い
- 侮辱的な表現
ここは「伝え方」ではなく、なくすべき行為です。とくにプライバシーが守られていない場での発話は、患者本人が「ドクハラ」と表現するかどうかに関わらず、個人情報の取り扱いとして問題になります。
クリニックで起きやすい構造的な原因
個人の資質の話にすると再発します。構造として見てください。
① 1人あたりの診療時間が短い
外来が詰まるほど、説明は削られ、言葉は短くなります。短い言葉は断定的に響きます。「3分診療」で起きる摩擦の多くは、悪意ではなく時間です。
② 説明の場所がない
診察室に仕切りがない、待合から声が漏れる——これは設計の問題で、医師個人には直せません。
③ 事前に情報が渡っていない
初診時に検査の流れや費用の目安が渡っていないと、すべてを診察室で口頭で処理することになります。説明が足りないと感じられるのは、多くの場合ここです。
④ 記録と説明が分離している
医師がモニターを見ながら話すのは、記録を同時に取っているためです。「目を見てくれない」という不満の実体はここにあります。入力の負荷が下がれば、視線は患者に戻ります。
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院長・管理者がやること
- ①〜③のどれに当たるかを、事例ごとに仕分ける仕組みを作る。投書やアンケートを「クレーム」でひとくくりにしない
- 説明用の資材を用意する。検査の流れ、費用の目安、生活指導の要点を紙かタブレットで渡すだけで、診察室での説明時間が確保できる
- 待合と診察室の音の分離を確認する。改修が難しければ、番号呼び出しやマスキング音で緩和する
- 記録の負荷を下げる。テンプレート、定型文、音声入力など、視線を患者に戻せる方法を検討する
🔴 2026年10月1日から、患者からの迷惑行為への対策が義務になる
ここは経営者として必ず押さえてください。方向が逆のハラスメントの話です。
2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務となります。施行は2026年10月1日です(指針は2026年2月26日に公布済み)。
カスタマーハラスメントは、顧客・取引先・施設の利用者など事業に関係する者による言動で、社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境を害するものと整理されています。クリニックの患者もここに含まれます。
事業主に求められる措置は次の4つです。
| # | 措置 |
|---|---|
| ① | 方針の明確化と周知・啓発(毅然と対応すること、労働者を守ることを明示する) |
| ② | 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する |
| ③ | 相談があったときに、迅速・正確に事実関係を確認し、被害者への配慮と再発防止の措置をとる |
| ④ | プライバシーの保護と、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止 |
規模の小さいクリニックでも事業主であることに変わりはありません。受付・看護師が矢面に立つ場面が多い業種なので、窓口を「院長」と一言決めて掲示するだけでも、①②は形になります。
応召義務との関係
「患者を断れないのでは」という懸念があります。
医師法第19条第1項は、診療に従事する医師は正当な事由がなければ診察治療の求めを拒んではならないと定めています。ただし厚生労働省は、応招義務の解釈を整理した通知(令和元年12月25日 医政発1225第4号)で、患者の迷惑行為が診療しないことの正当な理由になり得るという考え方を示しています。
「応召義務があるから何をされても受けなければならない」わけではありません。院内で線引きを決め、記録を残すことが前提になります。
よくある質問
Q. ドクハラで訴えられることはありますか。
「ドクハラ」という法的な請求類型はありません。問題になるとすれば、名誉毀損や不法行為、あるいは説明義務違反として争われる形です。医療法第1条の4第2項の説明は努力義務ですが、診療契約上の説明義務は別に問題になり得ます。
Q. 患者アンケートで指摘を受けました。どこまで対応すべきですか。
上の①〜③の仕分けが先です。③なら直ちに直す。②なら言い換えを共有する。①なら、伝える順番と資材で受け取られ方を変える。①をすべて受け入れて診療内容を曲げるのは、別の問題を生みます。
Q. スタッフが患者から暴言を受けています。何から始めればよいですか。
2026年10月の義務化を待たず、①方針の明示と②窓口の設置から始めてください。厚生労働省がカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを公開しており、そのまま流用できる項目があります。
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まとめ
- ドクハラに法的な定義はない。問題になるのは医学的内容ではなく「伝え方」と「場」
- ①必要な説明/②伝え方の問題/③直すべき言動の3つに仕分けてから対処する
- 原因の多くは個人ではなく構造(診療時間・音の分離・事前資材・記録の負荷)
- 🔴 2026年10月1日から、患者からスタッフへのカスハラ対策が事業主の義務になる。方針の明示・相談窓口・事実確認と配慮・不利益取扱いの禁止の4つ
- 応召義務は「何をされても受ける義務」ではない。厚労省通知で迷惑行為は正当な事由になり得ると整理されている
参考
特徴
対象規模
オプション機能
提供形態
診療科目
この記事は、時点の情報を元に作成しています。
