2026年5月29日、参議院本会議で「健康保険法等の一部を改正する法律」が可決・成立しました。この改正の柱のひとつが、いわゆるOTC類似薬の保険給付見直しです。湿布や保湿剤、胃腸薬など約77成分・約1,100品目について、薬剤費の25%が患者の追加負担(特別料金)となる仕組みが2027年3月から始まる見通しです。
処方の中身、患者への説明、窓口の会計オペレーション——影響は診察室から受付まで広く及びます。本記事では、OTC類似薬の定義から制度の全体像、診療科別の影響、そして開業医が今から着手すべき準備までを整理します。
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OTC類似薬とは?定義と「市販薬」との違い
OTC類似薬とは、OTC医薬品(市販薬)と有効成分・投与経路が同一で、1日最大用量も異ならない医療用医薬品を指します。「OTC」は Over The Counter の略で、薬局のカウンター越しに処方箋なしで買える薬のことです。
ここで押さえておきたいのは、OTC類似薬はあくまで医療用医薬品だという点です。市販薬そのものではありません。医師の処方箋がなければ受け取れず、これまでは通常の保険診療の枠内で給付されてきました。
| 区分 | 入手方法 | 保険適用 | 例 |
|---|---|---|---|
| 医療用医薬品(OTC類似薬) | 医師の処方箋が必要 | 保険適用(2027年3月以降は一部保険外) | ロキソプロフェン錠、ヘパリン類似物質外用薬 など |
| 医療用医薬品(それ以外) | 医師の処方箋が必要 | 保険適用 | 抗がん剤、生物学的製剤 など |
| OTC医薬品(市販薬) | 薬局・ドラッグストアで購入 | 保険適用外(全額自己負担) | 市販の解熱鎮痛薬、湿布 など |
同じ成分の薬が、処方箋経由なら3割負担で済み、ドラッグストアで買えば10割負担になる。この差が「市販品で代替できる薬にまで保険財源を投じるべきか」という議論を長年生んできました。今回の改正は、その差を縮める方向に舵を切ったものです。
制度見直しに至るまでのロードマップ
議論そのものは10年以上続いてきましたが、具体化したのは直近2年です。
| 時期 | 動き |
|---|---|
| 2025年6月11日 | 自民党・公明党・日本維新の会の3党がOTC類似薬の保険給付見直しで合意 |
| 2025年6月 | 「骨太の方針2025」に見直し方針が明記される |
| 2025年12月24日 | 大臣折衝で制度設計の方針が決定 |
| 2026年4月24日 | 健康保険法等改正案が衆議院厚生労働委員会で可決 |
| 2026年5月29日 | 参議院本会議で可決・成立 |
| 2027年3月(予定) | 施行 |
背景にあるのは、現役世代の社会保険料負担の重さです。医療費の伸びを抑え、保険料の上昇を緩やかにすることが政策目的として掲げられています。一方で日本医師会をはじめとする医療団体からは、受診控えや重篤疾患の発見遅れを懸念する声が繰り返し表明されてきました。
対象となる成分と患者負担の仕組み
対象は77成分・約1,100品目
対象として整理されているのは77成分・約1,100品目です。代表的なカテゴリーは次のとおりです。
湿布と花粉症の薬について、どの先発品が対象に当たるのかを薬剤名ベースで確認したい場合は、湿布や花粉症の薬が保険適用外になるのはいつから?で個別に整理しています。
- 解熱消炎鎮痛剤(内服・外用)
- 湿布などの貼付剤
- 抗アレルギー薬
- 保湿剤(ヘパリン類似物質など)
- 胃腸薬
- ビタミン剤
- 一部の外用ステロイド、抗真菌薬
日常診療で処方頻度の高い薬が並びます。整形外科、皮膚科、耳鼻咽喉科、内科など、ほぼすべての診療科が何らかの形で影響を受けると考えたほうが実態に近いでしょう。
「一部保険外併用療養」という枠組み
今回導入されるのは、対象薬剤を保険給付から完全に外すのではなく、薬剤費の4分の1(25%)を特別料金として患者に上乗せする仕組みです。残りは従来どおり保険給付の対象となります。
つまり「保険適用除外」という言葉が独り歩きしていますが、正確には部分的な保険外しです。この点は患者説明の場面で誤解が生じやすいため、院内で認識を揃えておく必要があります。
負担額のイメージ
薬剤費1,000円分のOTC類似薬を3割負担の患者に処方した場合を考えます。
- 従来:1,000円 × 3割 = 300円
- 改正後:(1,000円 × 75%)× 3割 + (1,000円 × 25%)= 225円 + 250円 = 475円
薬剤費が同じでも、患者の支払いは1.5倍以上に増える計算です。慢性疾患で保湿剤や湿布を継続処方しているケースでは、月あたりの負担増が無視できない水準になります。
配慮対象として除外される患者
負担増が生活を直撃する層には配慮措置が設けられます。現時点で示されているのは次の区分です。
- こども
- がん患者
- 難病など慢性疾患を抱える患者
- 低所得者
- 入院患者
- 医師が対象医薬品の長期使用を医療上必要と認める患者
最後の項目は臨床判断に委ねられる部分であり、運用の詳細は今後の省令・通知を待つ必要があります。ここが実務上の最大のグレーゾーンになる可能性が高いところです。
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診療科別に想定される影響
整形外科・ペインクリニック
湿布と内服鎮痛薬の処方量が多く、影響は最も大きい部類に入ります。慢性腰痛や変形性膝関節症で長期に湿布を処方しているケースでは、患者から「市販でいいのでは」という反応が返ってくる場面が増えるでしょう。
皮膚科
保湿剤(ヘパリン類似物質製剤)はアトピー性皮膚炎の基礎治療として不可欠ですが、対象成分に含まれます。「医療上必要」の判断根拠をカルテに残す運用が重要になります。
内科・小児科
胃腸薬、解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬が対象に入るため、風邪症状や花粉症での処方が影響を受けます。ただし小児は配慮対象に含まれる見込みです。
耳鼻咽喉科
抗アレルギー薬の長期処方が中心となるため、季節性アレルギー患者への説明が課題になります。
クリニックが今から着手すべき5つの準備
1. 自院の処方実績から対象薬をリストアップする
まずは現状把握です。レセコンや電子カルテの処方実績を直近1年分抽出し、77成分リストと突合します。「どの薬が、月に何件、どの患者層に出ているか」を数字で押さえておけば、施行後の窓口対応の負荷も、患者離れのリスクも事前に見積もれます。
2. 代替処方の方針を院内で決めておく
対象外の同効薬に切り替えるのか、市販薬での対応を勧めるのか、医療上の必要性を明示して継続処方するのか。医師ごとに判断がばらつくと、患者間で不公平感が生まれます。院内の標準方針を文書化しておくことをおすすめします。
3. 「医療上必要」の記録運用を整える
配慮対象の判断根拠は、後から説明を求められる可能性があります。カルテにどう記載するか、テンプレートを用意しておくと現場の負担が下がります。
4. 受付・会計オペレーションを見直す
特別料金は保険給付分と区分して徴収する必要があり、領収書の表記や会計フローに変更が生じます。レセコンベンダーの対応スケジュールを早めに確認しておきましょう。施行直前は問い合わせが集中します。
5. 患者向けの説明ツールを準備する
診察室で毎回口頭説明するのは非現実的です。待合室の掲示物やA4一枚の説明資料を用意しておけば、説明の均質化と診察時間の短縮の両方に効きます。
患者への説明で押さえるべき3つのポイント
- 「保険が使えなくなる」わけではない——薬剤費の25%分が上乗せになる仕組みであることを、金額例を示して説明する
- 配慮対象がある——こどもや慢性疾患患者など、対象から外れるケースがあることを伝える
- 自己判断での中断を避けてもらう——負担増を理由に必要な治療をやめてしまうことが最も避けたい事態です。相談してもらえる関係をつくっておく
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クリニック経営へのインパクトをどう見るか
短期的には、院内処方を行っているクリニックほど会計オペレーションの負荷が上がります。院外処方であれば負担増の説明は薬局側にも分散しますが、患者からの最初の質問は診察室で出るという点は変わりません。
中長期的には、受診行動そのものへの影響を注視する必要があります。軽症での受診が減れば外来単価は上がる一方で、患者数の減少がそれを上回れば収益は下振れします。自院の患者構成——慢性疾患の継続受診が中心か、急性期の一見患者が多いか——によって影響の出方は変わります。
制度が動く前に自院の数字を押さえておくことが、施行後の意思決定の精度を左右します。
よくある質問
Q. OTC類似薬はすべて保険適用外になるのですか?
いいえ。今回の制度は薬剤費の25%を特別料金として上乗せするもので、残りは保険給付が継続されます。完全な保険適用除外ではありません。
Q. 対象成分のリストはどこで確認できますか?
77成分の具体的な一覧は厚生労働省から示されます。施行に向けて省令・通知が順次発出されるため、厚生労働省のウェブサイトと関係団体からの情報を継続的に確認してください。
Q. 医師が「医療上必要」と判断すれば必ず対象外になりますか?
長期使用が医療上必要と医師が認める患者は配慮対象に含まれる見込みですが、判断基準や記録方法の詳細は今後の通知で示されます。現時点で確定的な運用を前提にした準備は避け、記録を残す習慣づけから始めるのが現実的です。
Q. 院外処方の場合、クリニック側の対応は不要ですか?
会計処理は薬局側で発生しますが、処方時点での説明責任はクリニックにあります。また代替処方の判断は医師が行うため、対応が不要ということはありません。
Q. 施行日は確定していますか?
2027年3月施行の見通しですが、詳細な施行日と運用ルールは今後の省令等で定められます。
まとめ
OTC類似薬の保険給付見直しは、2026年5月に法律が成立し、2027年3月の施行に向けて準備段階に入りました。対象は77成分・約1,100品目、患者負担は薬剤費の25%上乗せ、こどもや慢性疾患患者などには配慮措置が設けられます。
クリニックにとっての実務課題は、処方方針の統一・記録運用の整備・会計フローの変更・患者説明の準備の4点に集約されます。施行までまだ時間はありますが、レセコン対応や院内ルールの整備は直前では間に合いません。まずは自院の処方実績を洗い出すところから着手することをおすすめします。
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